第42話「Sハイツ303号室」「名無し堂」3

 酷い二日酔いだ。

まさか平日まで引きずるとは思わなかった。

体が重い。

いつもの表札がいつも以上に歪んで見える。


「おはようございます。。」


アイカ「おはよっ! …朝からなんだね!? 

随分、調子が悪そうじゃないか!!」


すっかり違和感を感じなくなった露出狂がころころと賑やかな表情を向けてくる。

マッチングアプリ経由で酔い潰されて来ましたとは言い難い。

この露出狂、割に純情なのだ。


「すみません… 休日に呑み過ぎまして…」


ホテルの代金諸々、謝罪を入れようにも愛想を尽かされたか連絡もつかない。

…近年稀に見る情けなさだ。


アイカ「みっともないな~ 学生陣もそろそろ来るんだからしゃきっとしたまえ! しゃきっと!」


 ガウン一つ引っ掛けて歩き回る分際で何を言うかとは思うが。

話したくない。見たくない。

気持ち悪い。

チビつながりでイカがフラッシュバックする。

イカ、イカ、イカ、イカ、

ポヨポヨとしたあの腹の中はアルコールと咀嚼されたイカ料理のグチャグチャで一杯なのだ。

 一杯。 

イカだけに。


変な想像をしたせいで酸っぱいものが喉を迫り上がってきた。


「うっ…トイ"レ"行って"きます"っ!」


アイカ「さっさと行ってきたまえよ! 全く! だらしない!!」


昼時、

いつもいちゃついている二人には悪いが例のソファで横になること数時間、騒がしい中でも何やかんや落ち着くものだ。

視界は明瞭だし、変な想像で気分が悪くなったりしない。

菓子や惣菜の匂いで吐き気を催すこともない。

現にコンビニで買ってきた白粥もすんなり入りそうだ。

眠れずとも休息するという姿勢が大事なんだろうな、うん。


澤部「え~!? 佐藤さんお昼お粥だけなんです? 大丈夫ですか?」


堀部と暑苦しい距離で弁当を機嫌良く広げている。

交換日記ならぬ交換弁当を作り合う良い仲だ。

さっさと結婚すりゃいいのに。


「大丈夫です。 

あえてこれだけ何ですよ。 

いきなり固形物入れたら吐きそうだし…」


川部「ギャハハ! 爺の病院食!」


こいつはいっつも駄菓子を山の様に買ってくる。


武部「川部~ 酔潰れた時の辛さはよく分かるだろ?」


コンビニ弁当仲間の武部君。

思えばちょくちょく気を回してくれるいい奴だ。


川部「知らね~ もう忘れたわ」


堀部「あれは …辛かった」


武部「いや本当。 忘れてんの川部だけだわ」


川部「先しか見てねぇから! そこんとこ凡人とは違うんだわ」


武部「へいへい、凡人凡人」


アイカ「凡人結構だが、しかしだね~? 

社会人としては失格だぞ! さすっち君!」


自宅も兼ねているのを良いことにカセットコンロで鶏肉を焼き始めている。


アイカ「ん~? 気になるかね? 取り寄せた地鶏のハーブソテーだ! 美味しそうだろう!」


「いや、はい。 すみませんでした」


アイカ「あぁ、毎回それぐらい素直なら最高なんだがね!」


やたら良い香りのする肉を焼く片手間に端末をいじっていた彼女が突如として喜声を上げる。


アイカ「おぉ! 依頼が来ているじゃないか! 諸君!! 二件も!!」


#県V市U町


 一つは市営住宅の一室。

居住していたカップルが蒸発してしまったので部屋の原状回復を業者に頼むも、作業員が手をつけるなり失神する事例が多発。

睡眠不足、過労、極度の緊張、集団催眠等それらしい原因は想定されるものの不明。

日を改めてみてもやはり発生し、スケジュールは暗礁に乗り上げつつある。

泥酔したかのように千鳥足でふらついた上、緩やかに崩れ落ちるという奇妙な共通項により、深刻な事故に繋がっていないという点は幸いだろう。


 もう一つは宗教施設。

ざっくり言ってしまえばお堂だ。

何を祀っていたのか誰も分からないほどに寂れてしまったので、周囲の林ごと潰して新しい市営住宅にしようということで無事着工に至る。 

が、凄惨な事故や不可解な関係者の失踪が同時多発的に発生。

こちらもやはり日を月を、年を改めようが続発。

関わる人間が多いせいか被害者の数は異様に多く、やはり原因は不明といった具合。

ただ、被害内容の子細に関してこちらは幸いもクソもない。

生存者ゼロの凄惨な事故内容と、関係者の不可解な行方不明を伝える数多くのデータが添付されている。


 二件いずれも目処は立たず。


なんせ "真っ当な" 原因究明はどれもこれも、ごくごく個人的な事情の積み重ねが招いたと結論づけたのだ。

不幸の驚くべき偶然の連続として表向きサラッと処理されてしまった。

そして何時もの様に世間の実の所はそれで納得しない。

 古臭い、儀礼的引き継ぎと化していた部署を叩き起し、因習めいた扱いの "そういう" 方面へのアプローチを再開するのも無理からぬことだろう。

愚痴っぽく書き添えられた依頼に至るまでの経緯には同情する。


…総合すると最近の難件解決により評判上々、完全成功報酬を掲げる我が社に転がり込むべくして転がり込んで来た案件と言った所だろうか。


アイカ「よし! 市営住宅の方は学生諸君主体で頑張って貰おうか!

私とサムは社堂の方に行くけれども、

歩いて一時間かからない様な距離だし、お祖父様に監視と緊急時の手助けはして貰うので安心して取り組んでくれたまえ!

さすっち君は学生陣のフォローを中心で頼むよ。 

何か有ればすぐ私に連絡してくれ!」


川部「面白そうなとこ独占反対~」


こいつの場合、取り敢えず上からの意見には噛み付くのが習性みたいなものなのだろう。


アイカ「実力はそれなりに買っているからこそ付きっ切りでなく任せているわけだからな! 

かわっち君!

内容に文句が有るのならそもそも親御さんを説得してからにしてもらいたい!」


川部「チッ! こっちの絶対す~ぐ終わるやつ。

座学で出てくるレベルじゃん。

狭いし燻煙して終わりだって〜の!

つまんね~」


アイカ「その分、仕事のクオリティを上げたまえクオリティを!

宗旨が違うのはわかるが害虫駆除みたいに祓うばかりでなくたまにはこう、寄り添った上でだね…

だいたい、文明の発達が数多の崇敬と超常を撲滅したなんて定説が幅を利かせて久しいがね? 

危機感が足りんよ! 危機感が! 

事実! 

手に負えない体験はしてきているだろうに!」


川部「でもそっちの方が面白そうなのは事実じゃん。

ズルいです~」


アイカ「この前みたいなイレギュラーも有るしこれで良いって話なの!!」


川部「え~」


小さい方は頭に血が上ると偉ぶった話し方が難しくなるということを最近発見した。

暴力沙汰になりそうな感じがする。


「あ~ それじゃどうしましょう? 早く終わったらどこかで時間潰して貰いましょうか? 俺が近場の駅まで送りますんでホテルでもとって貰ってそのまま観光でも」


堀部「そういえば博物館があったな…

ミニチュアの…」


澤部「ジェラート美味しいってお店も有るよ? 行きたいよね~ リーダー~」


武部「おら、駄菓子ミュージアムも有るぞ。 断然さっさと終わらせて遊ぶ方が良いな」


ネット検索ですぐに説得材料を重ねられる良い時代だ。

察しが良くて助かる。

昼飯直後に喧嘩の仲裁とか、

変なところで吐き気をぶり返して地獄絵図をぶちまけるのは御免だ。


川部「しゃ~ねぇな~!」


アイカ「何だそっちの方が楽しそうじゃないか…」

 

「まぁまぁ、終わったらこっちはこっちで酒蔵めぐりでもしましょうよ。 運転は俺がやりますし」


アイカ「中々良いプランじゃないか! よろしく頼むよさすっち君!」


 "私は潤滑油の様な人間です!"

定型文の様な事故アピールが俺自身を繰り返しながら急に脳内を浸し始めた。

俺が俺が俺を俺の中でかしこまりながら、"私"などと称しながら自らを臭い臭い機械油に例えるのだ。

連なりが気持ち悪い。

苦く酸っぱい味がやはり喉をせり上がってくる。


「トイ"レ"行って"きます"っ!」



 縁起の悪そうないつもの時間、大中小ゾロゾロと俺達六人は市の会議室に通される。

建設部住宅政策課特殊事例係 係長 

増井洋次(マスイヨウジ)氏は渋い顔で俺達を迎えた。


増井「改めて断っておきますが、終息を確認できるまで報酬の振込はできませんからね。

そこのところはくれぐれもよろしくお願い致します」


 心霊だの除霊だの、この間までおとぎ話と捉えていた様なことに大金を払うのだから無理もない。

トゲトゲしいまでの警戒を感じる。

机上中央の菓子盆から饅頭だけ選り分けている我が社のチビ社長を凝視しているようだが…

 地産の牛乳をふんだんに使ったホワイトチョコレートで黄身餡の饅頭をコーティングし、鶏卵に見立てた名物。

カワイイ、美味しい、と昨今バズっているのは分かるがあんまりな挙動である。


 増井氏の視線に気が付くと包装を剥がしながら我らがチビ社長はまくしたて始めた。


アイカ「当然のことですね! 結果も出さずに金を出せとは、そりゃあ詐欺でしょう!!

我々、殊そこに関してはしっかりとしているつもりです。 

年単位となると正直厳しい所ですが、一ヶ月でも半年でも十分な期間を取って見極めしていただくのは我々としても本望なのですよ!

何なら、その見極めをまた別の他所様に依頼していただくというのでも結構です!」


 吸いもしない自慢のパイプを思い出した様に取り出すと見せつける様に空いている片手で弄ぶ。

もう片手には勿論、剥きかけの名物饅頭が白い頭を覗かせている。

前々から身体のかゆくなる様なことばかりしてはいたわけだが今回、特に酷い。

薄ら寒い格好すら付いていないじゃないか。

 そう思ったが…

増井氏の眉間からいつの間にかシワが消えていたので手の平を返すことにする。

ちょくちょく痛い行動に走るのも警戒を解くためだったりするのだろうか?


増井「であれば早速303号室と、林を囲っているフェンスの鍵をこちら、お渡し致します。 

作業終了後、直接私にご返却をお願いします」


小さくため息を吐いてから饅頭にパクつく様子に諦めて俺に鍵を渡してきた。


「場数はそれなりに踏んでおりますので、どうぞご安心下さい」


303号のタグが付いたディンプルキーと、虎ロープをストラップ代わりに通されたデカいピンシリンダーキー。

 あれ? 警備員とか居るわけじゃないのか?

実態が危険だからといって管理に金をかける必要性が出てくるわけでもないのか…

この界隈の手付かず具合は改めて不安になる。


増井「それではどうぞよろしくお願い致します」


アイカ「ええ! ええ! どうぞ大船に乗ったつもりでお待ち下さい!!」


饅頭をこぼしながら身を乗り出さんばかりの姿勢でもって割り込んで来るチビのせいなのか、

はたまた単なる心労か、

二回目の小さなため息が聞こえた。



なんてこと無い。

どこかで見たような、程々に自然を残した土地に囲まれた公営住宅街だ。


 Sハイツ三階。

どこからか味噌汁やら、カレーやらの匂いが漂ってくる夕刻。

303号室前にたむろする俺達6人はローカルな平日終わりの風景に馴染める筈もなく浮いている。

 作業着一名、

近所では見かけないだろう制服が四名、

極めつけに取って付けたような似非探偵服が一名。

見る人が見ればもしかしたら、筋骨隆々のパンツ一丁だったり、紙の様に白い不穏な着物姿だったりも見えるのかもしれないがそこは知らん。


アイカ「なんかカレーが食べたいな」

 …気持ちは分かるがついさっき市中のファミレスで腹ごしらえをしたばかりだ。


川部「チビは食い盛り」


アイカ「なんか言ったかなバカっち君?」


川部「さぁ~?」


武部「ま、一仕事するぞって気分にはならねぇな。

ビーフカレーが良い」


澤部「今度、カレー弁当やってみよう? 

リーダーぁ?」


堀部「…新感覚」


こちらを不安そうに扉の隙間から覗う近所の方々が二、三、四… 

スマホを構えている方も見えるじゃないか。

デジャブがすごい。


「え~ はいはい、取り敢えず部屋に入ってみましょうか!」


その他一同「「「「「…賛成~」」」」」

 ここは示す前に察して貰いたいところだ。


303号室、

吊り下げられたコップブラシ、何の遠慮もなく室内干しされた下着類、何個か使われたトイレットペーパーのストック、乱れた並びのスリッパ、

やはり原状回復前ということもあって生活感が…


川部「お、普通に見っけ」


武部「呆気無え〜」


澤部「うそ? あ、普通に居る」


堀部「…居るな」


「いやいや、そんなすぐに見つかります!?」


 慌てて掛けた例のメガネ越し、弱々しい夕陽に透けて正座でうなだれて居る男が一人。

ベッタリと頭に貼り付いている毛髪や体表に吸い付くドレスシャツの具合からしてズブ濡れの様だが、敷かれているカーペットには水溜りどころかシミ一つ無いあたり気味が悪い。

そして蝶ネクタイというのは何だか、生活感の有るこの部屋には酷く不釣り合いな印象だ。

俺の少ない経験則からしても本件の原因臭い。


アイカ「ほーん、早く見つかったようで良かったじゃないか。

ま、どう対応するかは任せよう。

クオリティを上げていきたまえよ! クオリティを!」


川部「うっさ!

早く自分んとこ行けよチ〜ビ!」


アイカ「はっ! くれぐれも調子に乗って逃さん様に気をつけ給えよバ〜カ!」


川部「チ〜ビ!」


アイカ「バ〜カ!」

 猫の喧嘩の様な調子で何時ものやつが展開される。


「はいはい!! 社長! 行きますよ!」


放っておくと近所迷惑になりそうなのでさっさと部屋から押し出す。



アイカ「怨霊と呼ばれる様な脅威的な心霊がごく稀に崇敬を集めて神霊となる様なケースもあってだね…」

 

「あ、そろそろ着きますよ。 多分これじゃないですか?」

 どこかで聞いた様なチビ社長のうんちくを聞き流して前回から引き続きの爬虫類臭いレンタカーを走らせること数分。

もうほとんど見えなくなった夕陽と夜闇の赤暗い背景に警告色の連なりが浮かんで見えてきた。


アイカ「お〜? 何だ何だ、もうかい」


「なんか陰気臭いところですね。

人気が無いからなんでしょうけど」

 人が密集して住んでいるようなところからほんの少し足を延ばすだけでこの寂れ具合というのは中々のギャップじゃなかろうか。


敷き詰められた砂利をギャリギャリ言わせながらフェンスの入り口に寄せる。

こういうところは飛び石が怖い。

爬虫類臭いレンタカーをめぐる示談交渉とか絶対に御免だ。

そもそもどんな会社なんだよお祖父様。


アイカ「ふんふん、良いね。 

思ったよりも大自然って感じじゃない所が実に良い。

この分なら思ったよりも早く済むかもしれない」


「自信有りますね。

学生陣から呼ばれない限りはこちらで待機して居ますんで、何かあれば遠慮なく電話して下さい」


アイカ「そうかね? 後学の為に一緒に来ても良いんだよ?」


「いやいや、学ぶにしてももう少し安全そうなところにさせて貰いますよ」


アイカ「んも〜 つれないなぁ、さすっち君」


「勘弁して下さいよ」

 マジで勘弁してくれ、殺す気なんだろうか?


アイカ「しょうがないなぁ、小心者の助手というのも困りものだよ」


「はいはい、普通に怖いですからなんとでも言って下さい」


アイカ「む、あれだぞそれじゃあ!

本件が片付いたらアレだアレ、宅飲みってやつに付き合って貰うからな!」


「構いませんよ?

何ならウチを会場にして貰っても良い位です」


アイカ「ふ~んふ~ん、それじゃあまぁ…

楽しみにしていたまえよ!」


そそくさと助手席から飛び降りるとどこから出したか、いつものクソマズそうな色のペットボトルを仰ぐ。


アイカ「それとだねぇ! 

私が入ったら鍵はちゃんとかけておきたまえよ!」


「わかってますって。

クオリティを上げていくんでしょ?

ほら、フェンス開けましたよ」


アイカ「わっ、分かっていれば良いのだよ!」


チビながら流石と言うべきか、すっかり真っ暗くなった木々の茂るなかに躊躇もなくさっさと入って行ってしまった。

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