第41話「Sハイツ303号室」「名無し堂」2

山下「は~い! はいはい!! 二次会行く人~?」

 

チビイカが音頭をとる。

ピョンピョン跳ねる度にゴスロリが宙に舞い、さながら海中を舞泳ぐイカの耳、ヒレ、エンペラだ。


 すこぶる良かった。

テーブルの上をイカ系メニューまみれにされた時は流石にどうかと思ったが、これがどうして酒によく合う。

季節物のホタルイカ系全般も良かったし、締めの海鮮ブイヤベースが特に絶品だった。


「はい! は~い! 佐藤行きまーす!」


つまりは気分が良い。

心地良い春の夜風に吹かれてまだまだ呑める気がする。

万能感が抑えようもなく溢れるのだから、しょうがない。

いつものやつだ。


山下「イエーイ! 佐藤君ハイタ~ッチ!!」


「タ~ッチ!! イエーイ!!!」


田瀬さん「はい! はい! は~い!! 私も行きま~す!」


「「「ハイタ~ッチ!! イエーイ!!!」」」


名物のオリーブビールを浴びる様に呑んでから田瀬さんも気分が良い様で大変よろしい。

何より初めより断然声が大きくなって聞こえる。

かわいい。素晴らしい。


山下「よ~し! それじゃ~! 二次会は~!

呑み放題対決だ~!!」


「「「イエーイ!!!」」」


なんだかよろしくない流れな気もするけれど、どうにかなりそうな気がするから、

どうでも良い。


 …ポイ捨ての癖に律儀に並べられた空き缶や、プラ屑ゴミ群の滑稽さを笑いながらチビイカを追いかけていると、

何やら騒がしくなってきた。


?「痛い~ 痛いって~ ミナちゃん。

通報したからね、ほら」


芝居がかった口調で頬を赤く腫らした男。

スニーカーだけやたら豪華だ。

なんかピカピカしている。

紫色のグラサンだっさい。


ミナ「ふざけんじゃねー! 

金借りてんのはお前だろ!?

ヘラヘラヘラヘラ! 返さないじゃん! 言い訳ばっか! 死ね! マジ死ね!」


 ミナと呼ばれた方はなんか気合が入っている。

赤が多くてやる気十分という感じだ。

威勢で見たらこっちの方が強そうだな。


?「ミナちゃん酔ってる? あんまり暴れたらダメだよ? 

前科付いて働けなくなっちゃうよ?」


無言で女が赤いハンドバッグから何か取り出した。

と、思ったら誰とも知れない悲鳴が上がって人が散る。

 …見やすくて良いな。

見慣れた丸っぽくも尖ったフォルム。

万能包丁じゃないか。


山下「うわ~ 何か邪魔」

 ようやく事態を把握したのかピョンピョンするのを止める。


あ、やばい動きがやばいミナちゃんが振り上げている。


田瀬さん「本当、邪魔ですね」


「いや! いやいや! ダメですよあれは!」


緊張感が一気に染み込んできた。

大学時代のコンパで似た様な事はあった、

過去情報がフラッシュバックする。

あの時はフォークだったが。

タックルだ! 半身でのタックルしかない!

身体が電気的に前傾姿勢を取る。


ミナ「はぁあああああああ!?」


 振り上げ動作を急に止めたミナちゃんが絶叫にも近い素っ頓狂な声を響かせた。

緊急発進しかけた俺の身体が田瀬さんにぶつかる。

弛緩した豊満な筋肉の柔らかさをつい意識してしまった。


田瀬さん「あっ! 佐藤さん… ぁのぅ…

モウスコシフンイキノイイトコロノホウガコジンテキニハウレシイカナッテ」


「はい!?」

やべぇ聞き取れない。


ミナ「包丁! どこ! 包丁!!」

 

「あぁ! そうだ! 危ないですよ! 包丁持ってんですよ! あの人!」


田瀬さん「ダイジョウブダトオモイマスヨ。

ソレヨリナンデイマノデホカノヒトノハナシニナルンデスカ、ワタシノコトジャナインデスカサトウサン?」

 酒のせいか遠くなった耳のせいで何言っているか分からん。


「え、ええそうですね?」

 取り敢えず返事しとこう。


田瀬さん「ヒドイヒトデスネ」


「はい!? ヒトデ?」


リスニングに気を取られていたら何かが倒れる音が聞こえた。

?

 いつの間にかダサいグラサンとミナちゃんが倒れている。

いや、

いやいや、それよりおかしい。

なんでこんな街中で茨のツタが絡みついているのか?

 ?

気味悪さから咄嗟に反らした視線を戻すも、青々と繁っていたそれは跡形もなくなっている…

 …あぁ、そうだ、包丁取り上げないと。


山下「はい! はい! は~い! 気を取り直して行こう! 皆~!」


素っ頓狂に明るい声が行動を阻む。


「いや、でもあれ… 倒れてますけど?

あと包丁が有るんですよ!」 


山下「ん~~? しょうがないにゃあ…」


何年前かすら思い出せないスラングを口ずさみながらピョンピョンと倒れている二人にしゃがみ込むも、少しもぞもぞやってからこちらに戻ってきた。


山下「呑み過ぎてぶっ倒れてるだけ! 

警察来るらしいし大丈夫! 大丈夫!

包丁は消えてたね! どっか飛んだんでしょ!大丈夫! 現場保存! 現場保存!」


「えぇ? 本当に大丈夫何でしょうか?」


山下「大丈夫! 大丈夫! ワタクシ、医師免許有りますし!

佐藤君は心配性だな~ ハッハッハッハ!」


「え…」

別の事が心配になってきた。


田瀬さん「ネェヤマシタサン… サトウサンワタシノコトドウデモイインダッテ… サイテイジャナイデスカ、サイテイデスヨネ。

ワタシトイッショニイルノガキョウナノニ… サイテイデスヨネ…」


山下「アッハハハハハ! 佐藤君! 

振られちゃったね~!!!

残念会の二次会さぁ行こう~!」


「はい!?」

 何か呪文を囁いていると思ったが、いきなり過ぎる。

どうして… 田瀬さん…


やたら睨みつけてくる田瀬さんに俺は脳機能が溶けて行くのを感じた。

 ピョンピョン跳ねるイカの触腕にぐいぐいと引っ張られながら、俺は深夜の街底にわけもわからず沈むのだ。


 時間無制限呑み放題宴会プランが有名な某チェーン店。

週末に予約無しの飛び込みでOKが出たあたり、運の尽きというやつだろう。


サワー系とハイボール系を制覇し焼酎系に移っての二品目。

ほろ酔いの魔法が切れたらしい、アルコールを臭いと認識し始めた。

もう嫌だ。

何故か一線を超えると、思考やら感覚やらが無駄に冴えてくるのは何なのだろう?

どうでもいい情報群が狭い脳細胞を駆け回る様が不快。


山下「やっぱりこういう一般的な姿焼きには七味マヨだよね~」

 ニコニコと、口のまわりをマヨまみれにしながらイカにかぶりつく。

そしてついでとばかりに目の前に置かれたアルコール分25%、"赤雪島" の湯割りをガブガブと干している。

既に食したツマミの量だけでも相当な筈だが、なぜペースが落ちないのか?

腹のなかどうなってんだ?


 …湯気を立てる目の前のグラスを放置して横になりたいがそうもいかない。


田瀬さん「…」

 山と積まれたフライドポテト&オニオンのパーティー盛りを片手でつまみながら、なめ取る様に例の湯割りを流し込む彼女。

こちらを随分前から変わらず睨んでくる。

わざわざ対面に座って睨んでくる。

この人怖い。

愛想尽きたならもういいじゃないか…


「ちょっと… お手洗い行ってきます」

 頼んだ手前、目の前の一杯だけでも何とか呑んで終わりにしよう。

今時、学生でもこんな馬鹿な呑み方はしない。

浮かれ過ぎていた。

経験則、出せば何だかんだ一杯くらいは入るぎりぎりの段階だ。


山下「お~っ!? 佐藤選手脱落~?」


うるせぇ、一周回って正気に戻っただけだ。


山下「えへへへへっ! 

んじゃ~さ、連ションしよう! 連ション!」

 下品なイカ36歳が、いそいそとやたらリボンの付いたパンプスを履いて肩を組んでくる。

というより、肩にしがみついて来てやしないか…

やたら重いんだが。 

そしてウェーブした髪束が首筋に当たって痒い。 


「連ション言いますけどね? ほら、ここでお別れです」

 そんなんだぞイカ。

今時セクハラに性差は存在しない。

昔ながらの赤青、二分割が俺達を綺麗に分けてくれることだろう。


山下「やだな~ 佐藤ちゃん。 

ちゃんと付いてますよ? アハハッ!」


「嘘だぁ!?」


山下「見てみる~? えへへへへっ!」


取り敢えず…

歩いた勢いで活発になってきた膀胱を空にしない事にはこちらが社会的に死にかねない。

青の標識をものともせず、引続きしがみつくイカを引き剥がして小便器に直行。

迫り上がってくる感覚に慌てながらもファスナーを下ろして一息…

 と、思ったがイカが近付いてきてモノが強張る。

どうしてくれる、変に緊張して出ないじゃないか!


山下「うぃ~っす! 隣~」

 マジかよ、来やがった。

慣れた仕草でワンピースをクルクルとたくし上げると顎で抑える。

大の成人男性のそれとは到底思えないポヨポヨした腹を晒しながらドロワーズを…


山下「おっ! やっぱり興味津々?」


「あっ! いえ… 失礼しました」


いっけね、マジで社会的に死にかねない。

どちらだろうが知らん。

勝手にやっとけセクハライカ。


山下「ヘヘヘッ! 別に良いんだけどな~ 佐藤ちゃんなら~ えヘヘヘヘヘッ!」


…実のところかなり気にはなったが、こういう油断が後々訴訟沙汰になったりするご時世だ。

好奇心に殺されるわけにはいかない。


 出すもの出したらやはり余裕が出てきた。

一杯くらいはいける。


山下「佐藤選手復活~! イエーイ!! 

頑張れ~!」


田瀬さん「…」

 空にしたフライの大皿を前に、やはり無言で睨んでくる。

まぁ、初マッチングで一時楽しく呑めただけ上等だろう。


「イ、イエ−−ィ…」

 縮み上がった心情を誤魔化す為に、冷えかかった例の湯割りを一息にあおる。

…なんて事はない。

見込み通りうまく干せた。


山下「ヒューッ! 佐藤ちゃんやるぅ~!

それじゃ次だね! 次々!」

 イカが間髪入れず注文端末を引き寄せる。

いや、もういい。

こんな下らない勝負は俺の負けでいい。

終わりにしよう。


「あの~」


田瀬さん「オナカモイッパイニナッタンデオワリニシマスカ」

 

「えっ!」

 相変わらず聞こえない…?

?

意識が…


「あっ… ちょっと…」

 目が霞む、思考が面倒だ。

畳に伏せると妙に心地良い。


田瀬さん「ハイハイオヤスミナサイ」

 やっぱり何言っているのか分からない。

帰りには、

起こすだろ、

どうせ…



 手を握って引き留めてくれたその時に、今回こそは運命の人って感じた。


AZSさん「ミナリんさ~ 思い込んで燃え上って勝手に鎮火するタイプだよね~」


背中に感じる鬱陶しい温もりも、数刻前なら愛おしかった筈なのに…


「別に良いんですよ。

そういう私らしさの果てに添い遂げたいなって感じ何です」


AZSさん「ふ~ん。 ま~良いけどさ~?

佐藤ちゃん、よかったの? ワタクシ的には今までの中じゃかなり当たりだと思うけど?」


「それじゃAZSさんが付き合ってみれば良いじゃないですか」


AZSさん「え~? それはほら… 

相手の事考えちゃうとさ~ ちょっと気乗りしないじゃん」


ここまで流れてきてまで、名前も中途半端に捨てられないAZS(アズサ)さんらしい。


「私からするとAZSさんは臆病ですね。

もうちょっと突っ込むべきですよ」


AZSさん「アッハハハハ! そ~う? 反省しま~す」


予約していたホテルに入ると大の男を担いで来る女が珍しいのか、フロントの小娘が一瞬たじろぐ。

私は、小ぢんまり可愛くなりたかった。


「あの、ツインとシングル三人で予約していました田瀬です」


小娘「すみません! 

もう一度お願いできますでしょうか?」


「三人で予約していました田瀬です!」


小娘「申し訳有りません。 何度もすみませんが…」

 やれやれといった体でAZSさんが何時もの様に横から入ってくれる。


AZSさん「ツインとシングル予約していた大人三名の田瀬で~す!」


小娘「失礼致しました!

ご予約されていた田瀬様ですね!

少々お待ち下さい」


AZSさん「ん~~ ミナリん今度、発声練習とかしてみない? 世界変わるぜぃ?」


「そんなことで変われますかね?」


AZSさん「いけるいける! 自信持とうぜミナリん!

若いんだから!」


AZSさんは明るくて小さくて可愛くて、気が強い様に振る舞うけれど臆病な所もあって、そこがまた可愛くて、

やたらイカばっかり食べるのは微妙だけど

私の思い描くお姫様にすごく近くて、

羨ましいと最近思う。


指紋、毛髪、爪、唾液、血液、

三十分もかからず、指示に有った試料は全て採取できた。


「ありがとうございます。

ほとんどやって貰っちゃいました」


AZSさん「良いの良いの~

ミナリんが眠らせて運んで、私が集めるで役割分担何だから気にしない~」


何でもない様にラテックスを外しかけてふと止まる。

何だろう?


AZSさん「そういえばさ~ 

こっち来てから小耳に挟んだこと有るんだよね~」


「何ですか?」


AZSさん「男の人のアレから出てくるアレってイカ臭いんだって!!」


「はぁ!?」


AZSさん「んじゃぁさ、もしかしてイカ味したりするのかな!!? ほら! 

匂いは風味とも言うじゃん!!」


「何するつもり何ですかAZSさん…」


AZSさん「寝ている隙に搾り取れないかなって!」

 ラテックスを付けなおしている。

止めて。

お姫様はそんな事しない…


「それは… AZSさんが自分ので確認すれば良くないですか…」


AZSさん「あ~っ! 分かって無いな~ミナリん!

両性具有とは言ってもアレが出るとは限らないんだよ!! デリカシーがないな~!」


「…ごめんなさい」


AZSさん「それじゃ! ちょっくら別室行っといて、ちゃっちゃと試してみるから!」


…お姫様は多分、どこにも居ないんだ。


"ヴヴヴヴヴッ"


組織から渡されている端末が不意に鳴動すると、ガチャガチャベルトを外しにかかっていた手が止まる。


AZSさん「げっ! 良いとこなのにぃ」


ブツブツ言いながら部屋を出ていく。

何だか、涙が出てきた。

どこに行ってもお姫様は居ない…

世界は酷い、ヒドイ、ヒドイ、ヒドイ、ヒドイ…


AZSさん「あぁ~もう! 緊急招集だって!」


「ヒドイ、ヒドイ、ヒドイ…」


AZSさん「何か急に暗いな~ ミナリん!

どんなに酷くても世の中は待っちゃくれないんだからね! ほら! ほら! 南端で巨大透明ヤシガニの襲撃だって! ほら!」


そう。

酷い世の中は何時も私を置いていったし、除け者にした。

だから全部、眠らせてきた。


AZSさん「こ~ら! そろそろ動く! 何時も通りミナリんが止めてくれないと話にならない系だから!! 早く!」


「…私、必要なんですかね?」


AZSさん「必要だから急かしてんだからな~! も~!」


今日、駅でそうしていたようにいつの間にかお尻を叩いている。

弱すぎて全然、気が付か無かった。


「気が付か無かっただけなんですかね?」


AZSさん「気が付いたら動く!

遅れたら! 一緒に減給なんだぞ~!」


ああ、分かった。

やっぱり色々とこの世界も酷いのだろうけれど、


「ごめんなさい。 お待たせしました」


AZSさん「遅~い!」


ここなら少なくとも私は、きっと…

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