第40話「Sハイツ303号室」「名無し堂」1

 最近、妙に家庭を持てと実家方がうるさい。


 まず両親。

自分たちが比較的若くして所帯を持ったからとはいえ、俺にその生き方を求めないで貰いたい。

 次に祖父母。

ひ孫が見たいと何段階かすっ飛ばした話をしてくるのは正直、困惑しかない。

 最後は妹。

彼女の一人も居ないのかと、はやし立てる。


"「お兄ちゃんさ~ 愛を知らないよね~ 愛を~ 老後寂しそ~」"

 人生初彼氏ができたので調子に乗っているのだ。

心外、実に心外。

一番頭にきたやつ。

なんならあれですが? 

出会いから別れまで経験している分、交際経験なら貴方より上ですが? 何か?

といった心境だ。

…白い羽が思い出される。

根元が癖になる臭いだったな、そういえば…

いや… 

止めよう。

なんか最近多い。

しみったれた過去の情念は捨てるべきだ。

 とにかく、人の将来に自分達の理屈と都合で口を出してくる実家勢にはうんざりしている。


 …とは言うものの…

寂しい老後、それはそれで嫌だ。

俺自身のこれからに対する、正直なところだ。


 "「いやぁ〜 やっぱりウチで作ってる呪詛用釘N19は格別ですね!」"

 先の案件で憑かれた際に増えた無駄知識。

孤独死した人間の体液を利用して錆を付着させたキモいグッズ。

ろくでもない憑依体験だったが、自身の終末期に目を向ける強烈なきっかけでは有る。


 俺は、衰えに衰えた老体で孤独を愛せる様な人間なのだろうか?

老衰を体験できる歳でもないので、インフルエンザに苦しんだ時の状態をもとに考える。

 一点、寒い。

 一点、思う様に飲食できない。

 一点、寂しい。

正直なところ、独り老いた日々をしのぐというのは辛そうだ。

マジむり系。

俺は孤独を愛せない。


…ふと視線を逸らした先、朗らかな空をバックに舞う花風が、小汚い事業所の窓辺を彩る。

漂う春の香り、というわけにはいかず各々が淹れた煎茶、紅茶、コーヒーでしっちゃかめっちゃかなのだが、それでも薄桃色の華やぎは思考を彩る。

 そう、

そうだな、

欲を言うなら…

枕もとに桜が舞う中、子々孫々に看取られるなんていうシチュエーションが良いな…


アイカ「シシシシっ゙! 

ほらぁ、かわっちさぁ? そこでいいの?

いいの~?

…王手! 王手! 

しかも詰みでした! 残念! 

詰み♪ 詰み♪ 詰み♪」

 パンパンと手を打ちながら煽る様があまりにうざったい。

ウザすぎて、俺自身の展望を詰み♪ 詰み♪ と、馬鹿にされている様に錯覚する。

人の散り際と春の訪れ的なそれに感じ入っていたのに台無しだ。


 相変わらずのチビ社長。

…いや、少し変わった。

澤部監修の下、モコモコしたガウンを買ってきたせいで裸族度合いに拍車がかかっている。

慣れてきたのか素っ裸でもガウンを引っ掛けていればセーフだと思っているらしい。

一昔前の洋画じゃなかろうに、

色々と全開で職場をうろつく様はチビの変態だ。

来客時もあれで対応するのだろうか?

面白そうだから誰か来ねぇかな。


川部「がぁあああ!!」

 

アイカ「ああああああああ!?」


"ガジャァァァヅ!!!"

 ちょっとした轟音を立てながら将棋板と駒が、床に跳ねる。 

あのじゃじゃ馬が、躊躇なく払い落としやがった。

俺のだぞ…


堀部「…」

 あまりの惨状に目を背けた先、このうるさい中でドールウィッグを黙々と仕上げる巨漢が一人。


澤部「ねぇ~ 次の週末はさぁ、スイーツバイキング行きたいな~ リーダー」

 最近、このカップルが来るとチビ社長のベッド兼ソファは占拠される。


堀部「…あぁ、いいな 

…フルーツタルト …腹一杯食べたい」


澤部「もぉ~ リーダー食いしん坊~」

 このカップル、膝枕するのは彼氏の方だ。

澤部いわく弛緩した太い筋肉が良い柔らかさなんだそうだ。


 …いかんな、俺のこれからについて考えよう。

 前回、大規模な霊現象の人為的発現なる悪質性が発覚し三部会預かりの、気持ち良い決着とはいかなかった。

しかし、報酬により一生高等遊民できそうな懐具合になったのは確かだ。

眼前に広がるこのグズ垂れた環境と資金力を踏まえて結論を出すのであれば、自ら外に機会を求めるべきだということなのだろう。


 「フッ…」

 進むべき方向に確信が持てると茶が旨い。

それにしても目は疲れたし、色々なやかましさで意欲が削がれる。

脳内はもはや生涯設計でいっぱいだ。

…コントローラーを置く。


武部「ヒヒヒヒヒ! 佐藤さん~? 諦めないで下さいよ~ まだワンチャン有りますってぇ~」

 そんなニヤケ顔で言われても嫌味にしか聞こえん。

ゲームになると人が変わるなこいつ。

ディスプレイ上では俺の分身が、メタメタにコンボを決められたり無駄なモーションで煽られたりしている。

あれはもう助からん。うん。


…ふと、画面から窓に目を移すともう日暮れだった。


アイカ「はい! 終わり! 終わり!

帰った帰った!」

 将棋を指していたと思ったらパイプ椅子にやおら立って帰宅を促す。

あれをやって過去に四、五回はひっくり返っているが、懲りないようだ。


「はい! お疲れ様でした~

帰りましょう! 帰りましょう!」

 合わせて帰宅を促す。

最近も待機ばかりだなしかし。


川部「あぁ!? 勝ち逃げかよ!」


アイカ「ご家庭に無断で時間引き延ばすとこっちが怒られんの! バカっち本当馬鹿!」


 廃病院島はかねてから悪評高かったようで、そういう現場を研修先にするとは何たる事かというお叱りを多々頂いた。

学生陣の親御さんからだ。

結果的に学生陣の研修は、時間外及び事業所外での活動に際して逐一書類での同意が必須となった。

 特異な界隈とはいえ、危険そうなことはやはり親心的にNGなのだろう。

てっきり血も涙も温情もない掟が支配しているイメージだったからそこは少し、俺的に安心している。


川部「バカは余計だチ~ビ! 

おら! チビ! チビ!」

 ガバ開きなガウンの裾を、ピラッピラ叩く。

ピラピラ何が見えようがお構い無しだ。

 "いつも通りの馬鹿だな"  

としか思わないあたり、そろそろ俺の認識もヤバいのかもしれない。


澤部「お疲れ様でした~

ねぇ、ねぇ、ちょっと駅前のファミレスで春のスイーツフェアやってたし帰り皆で寄ってこ?」

 流石、裏リーダー澤部。

誘導もお手のもの。


堀部「…うぬ …良いな」


武部「お~フェア! 

久しぶりに全種食いいきますか!

あ、佐藤さん! 明日は佐藤さん持ち込みのターンですからね!」


「OK、OK」

 やり込んだマイナーなやつでボコっちゃる。


川部「チビ! 盤面誤魔化すんじゃねぇぞ! 写真撮ったからな! 」


アイカ「あぁ~ はいはい。 よく分かったからはよ帰れバカっち」


川部「うっせチ~ビ。 明日は勝つ」


アイカ「バ~カ。 諦めるまで負かしてやろう」


川部「チ~ビ!」


アイカ「バ~カ!」

 大体、帰り際は罵倒に始終する。

前みたいに暴力を伴わなくなったあたり、一種のコミュニケーションに昇華したのだと思う事にする。


…何時も通り学生陣を見送って、片付けを済ますと俺も終業だ。

チビ社長がフライングして米を炊くから無駄に腹が減ってくる。

最近、炊飯器と米のランクをこれ以上ないくらいに上げてウハウハならぬ、飯ウマウマとのことだ。

炊き立てに鮫皮でおろした本ワサビをのせ、たまり醤油を垂らして食うのが最高なんだとか…

 …とっとと帰ろう。

些か空腹で頭が疲れているようだ。


「それじゃあ俺もお暇します。

お疲れ様でした」


アイカ「お疲れ~」

 大したことをしていなくても終業時は何故か必ずテンションが上がる。

不思議な現象だ。


 さて、俺自身の将来と再び向き合おう。

待機時間中の検討により、マッチングアプリが良さそうだとの結論に至る。

なんせ個々のニーズに合わせて会えるというのが良い。

早速、休日に備えて評判の良いアプリでコンタクトを…


"ニャ~"


「え!?」

壁! 壁にもたれよう!

 危ない!

…肝が冷えた。

危うく踏み抜くところだ。

階段で猫が寝ている。

夕闇に紛れていてこりゃ分からん。

無駄に黒い。

黒猫だ。


"ニャ~、ニャ~"


随分、鳴いてくる。

近所の人間が餌付けでもしているのだろうか?

まぁ良い。

一安心だ。

足元の暗がりから帰路を向く。


 一歩踏み出すと世界は華やいでいた。

温めの風が吹き、薄桃色の花弁を運ぶ。

眼前にはマジックアワーコントラスト。

チラチラ灯る街灯が輝石の様な瞬きを夕景に添える。

夜に近付く春の空というやつもこれでなかなか…


?「ふふッ!」


「へっ!?」

 後にした暗がりから、かみ殺す様な笑い声が…

…?

やはり黒猫が、階段で寝そべっているだけだ。

いよいよ空腹で頭がヤバいらしい。

早く帰ろう。



待ちに待った休日。

俺はこの日に備えてマッチングに奮闘した。


"最近生活に変化がなくてつまらないですよね"

 から、

"よかったら変化を求めて、最近流行りのバルに行ってみませんか?"


 と、無茶を承知で積極的にいったのが功を奏したらしい。

不穏な職業紹介のせいか、振られて振られて3人目とのやり取りでマッチング成立というのは中々奇跡的じゃなかろうか?


そうした奇跡体験に浮足立つこと約束の一時間前、目的地着。

修学旅行前の小学生ばりに興奮している。


…何やかんやと頑張って時間を潰してようやっと十分前あたり。

来てくれた。


 ヘッドホンから若干、漏れ出る重低音。

Death&Death と、バンド名がでかでか入った黒Tシャツ。

とても好きなバンドなんだそうだ。

田瀬 美菜莉(タセ ミナリ)さん。

なんと俺と同い年。

運命感じちゃう。

ビートに合わせて微かに揺れるブロンドと、彫りの深い顔に少し物憂げな大きな瞳がとてもチャーミング。

 プロフィール写真では比較対象がなく気が付かなかったが、

俺の頭の直径くらいには太い四肢と、俺より10センチはでかそうな巨躯は予想外。

看取ってくれそうな逞しさを感じるし、図体の割に合わず包まれたい願望を持つ俺的には最高のサプライズだ。



…問題なのはその傍ら。

明らかに友人くらいの距離で引っ付いているもう一人。

確かにマッチング初で、直接会うのは少し怖いから友達も連れて来ますとは田瀬さんから聞いてはいた。


?「ぅむ松前、深みが違う…」

 まさか諸々嘘吐いてまで子連れで来るわけがないと仮定すると、あの低身長のゴスロリはその友達なのだろう。 

まるで人形のようだ。

格好も相まって造り物めいた様に整っている。

そして、ブツブツ言いながらイカの姿干しにむしゃぶりついて居る。


?「もう一杯」

 ゲソをもしゃもしゃと咀嚼しながらおもむろにバッグを開く。

その無駄に高そうなゴシック調のバッグはパッケージを満載していた。

プラ包装、桐箱、瓶、缶…

もしかして全部海産物なんだろうか?

慣れた動作でプラ包装のチャックを開くと、イカの姿干しをずるずると引き出す。

 濃厚な磯の臭いが、彼女達の周囲を人避けバリアの如く包んでいる。


…とりあえずは田瀬さんと話そう。


「あの~」

 重低音で聞こえ無いだろうから眼の前で手を振る。


田瀬「ひゃっ!」

 途端にビクッと半歩ほど後ろに下がると、その物憂げな瞳を俺におずおずと向けて来る。

…? 割りと気弱なんだろうか?

それもそうか、友達連れでマッチングという程なのだから有り得ることか。


田瀬「ぁぁの… アノ…」

 おずおずとヘッドホンを取ると何事かモゴモゴと… 聞こえない。

怖がらせてしまったか?


「いきなりすみません! アプリでやり取りしていました佐藤です! 今日はよろしくお願いします!」


?「ほ~ん? 張り切ってんじゃん。

ほれ、イカ食べる? 松前よ、松前」


 …例のゴスロリイカが横から滑り込んできて、割いたイカゲソを勧めてくる。

なんだコイツ。


「あ、どうも。 佐藤です」

 つい反射的にイカゲソを受け取ってしまったが、これも社交辞令のうちになるのだろうか?

 

?「ほ~ いける口! さては君もイカマニアだな?」

 社交辞令の範疇ではなかったようだ。

同じイカ狂い認定された。


「あの… こちらの、田瀬さんのお友達で?」

 このイカ狂いの紹介でもお願いしたいのだが、当の本人はポケっと呆けながらやり取りを見守るのみだ。

浮世離れした緩い感じが可愛い。

俺がイカゲソを受け取ったあたりの不思議そうな表情は特に良かった。


山下「そうで~す! 

マイベストフレンドミナリ~!

あと、名前ね。 名前。 

AZ… いや違った… アズサですアズサ。

山下(ヤマシタ)梓(アズサ)。 36歳。

今日はよろしくぅ!」


 …年齢までは聞いてねぇよ。

歳上かよ。

イカ食いながらダブルピースしてやがる。

変人だな変人。

うちの社長と同じ部類だ。

あっちは裸族、こっちはイカ狂い。

共通点はチビで遠慮がない。


「よ、よろしくお願いします。

それじゃあまぁ、ここではあれなんで…

行きましょうか。

予約もしていますし」


 イカ臭い。


山下「うっひょ~

美味しいイカ料理有るかな~?」


 まだ食うか。


田瀬「…」


…いつの間にかヘッドホンを付けて改札に向かっている。


「いやいや、田瀬さん! 田瀬さんも行くんですから! 帰らないで下さいよ!」

 

田瀬「…ぁ、ぁの」

 声ちっさ。


「どうしました?」


田瀬「ゎっ… 私もイイ、デスカ?… 

あッ、、アトチョット、テッ! ニギラレルトッ! ハズカシイ…」

 後半がサッパリ聞き取れない。


「すみませんね! ちょっと俺、耳が遠いもんで!

来てくれないと困ります! 来て下さい! お願いします!」


田瀬「あっ! ぁの…」


「なんでしょうか?」


田瀬「フっ! 不束者ですが! よっ! よろしくオネガイシマス…」


「はい!?」


 やばい。

変人ダブルバトルかもしれん。


田瀬「ぇヘヘ… イッテミタカッタンデス…」

 やたらはにかんでいる。

浮世離れにもある程度許されるラインが有る。

可愛いが、怖い。


山下「アッツ! アッツ! イチャイチャしてないで早く行こう! お二人さん! ほれ! ほれ!」


 うるせぇチビイカ。

ほれほれ! と、尻を撫でてくる。

…いや、なんか違う。

まさかそれで叩いているつもりなのだろうか?

確かに尻を叩くとは言うが…


田瀬「ャッ… ヤメテクダサイ…」

 何かこじらせ気味な彼女も尻撫でチビイカの餌食になっていた。


山下「ほ~れ! 早く!」

 ムキになってきたのかいつの間にか軽いパンチに変化していた。

シリナデチビイカの貴重な尻殴りシーンといったところか…


田瀬「ヤメテクダサイ…」


いかん。

見事な大臀筋に見惚れていた。

目線がイヤらしいのはダメ。ゼッタイ。

 しかしだ…

傍から見るとゴスロリのチビに大人二人が、並んで尻を殴られているわけだ。

俺は今年で28だ。


「早く行きましょうか」


シリナデチビイカの貧弱尻パンチをとりあえずかわす。

 早くも帰りたくなってきた。



程良い間接照明とカラフルなタイルアート。

店内の各所にあしらわれたプリザーブドフラワーがお洒落だ。

おまけに成り行きとはいえ、両手に花である。

…ただ、意欲が湧かない。

テンションが上がらない。


店員「すみませんお客様。

店内に持ち込みはご遠慮いただけますでしょうか…」


山下「ちょっと待って! もう食べちゃうから!」


恐ろしく速い咀嚼。

俺でなきゃ見逃しちゃうね。

フヘヘヘッ、くだらね…

イカ臭。


山下「ん~~ッ! ンッ!! エンッ!!! あい!

もうないよ~! お待たせ! あ~ッ あっ」


店員「え…」


口の中を別に見せる必要は無いと思うが…

店員さんが眉間にシワを寄せて絶句している。

さぞイカ臭いことだろう。


店員「えっ、ええまぁ、はい。

大丈夫です。 はい。

あの、わかりましたから!

大丈夫です! もう結構ですから!

店内にお入り下さい!

大丈夫ですから!」


親戚のちびっ子が犬の真似をする時みたいに空を咬んでいる。

?

 あれ? 36歳なんだよな?

脳内の情報と現状が著しく一致しない。


「どうもすみません。

3人で予約してました佐藤です…」


 やはり、テンションは上がらない。

酒のんで無理にでも上げていこう。

頑張ろう…






 

 












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