第39話「狐狗狸廃病院島」 後始末
燃えている。
僕のバカンスが燃えている。
あぁ携帯も中だ。
どうしよう。
どうしようどうしようどうしようどうしようどうしよう…
…クソ野郎に殺される。
逃げなきゃ、
夜明けまでにここから離れて、
預金下ろして、、
携帯も無いのにどうやって?
どうやって?
リカバリー不能の失態。
後藤は無理だ。
下手すると拉致られて昇進の手土産にされる。
…あいつら。
テスター共、怪しいが他に手段が無い。
いっそ全部吐いて保護を…
"ドッドッドッドッ"
あ、あ
エンジン音だ…
夜の海を船が行く。
なんでこんな夜に、なんでなんでなんでなんでなんで?
走れど、
なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで?
走れど走れど人が居ない
誰も居ない、居ない居ない居ない居ない…
「誰かぁああああ!
誰かあぁ居ませんかぁああああ!」
どうしよう?
どうしよう?
?「そんなに慌てて
…どうされましたかな?」
!? いっ!
「いつの間にいらっしゃいました?
どちら様でしょうか…」
聞いたことのない、声だ
後方…
ボタボタと、糸を引かんばかりの赤黒い粘液質が月光に照る。
僕は、それを知っている。
ねとつくほど空気にさらされたそれ。
見慣れてはいる。
いや、
でも、
でも、なんでこの量がなんでそこに?
何時?
さっき踏みしめた地面じゃないか。
そこは、
?「いや~ 名乗る程の者じゃ、ございません」
開く口内の、朱に塗られた歯がテラテラと月夜に浮かぶ。
赤黒さを湛える羽織り。
そして紙のように白い…
白い…
僕は、それらを知っている。
形こそ少し違うが、要点は同じだ。
何度も試作したし、
資料の収集を頑張ったから、知っている。
それは、それらは、
現世のものじゃないだろう?
「なんだ! なんなんだ! お前! どこから来た! どうやって来た! 関係ないだろ!
神苑に帰れよ!」
?「鋭いのう!
しかし~ のう?
いきなりお前だの、帰れだの、と…
少々酷くはないかのう?
知っているなら尚更に、のう?」
なんだ?
見た目完璧だ。
理想的に過ぎる。
高度情報化社会だぞ?
ここまで強力な集団幻想は今日日、実現し得るか?…
?「酷いから腕一本」
「はぁっ? ああああああァアアァァ゙ぁ゙っ!?」
抜ける様な衝撃、耳鳴り。
左側が気持ち悪い位に軽い。
腕肉の塊が転がっている
熱い
めまいがする
?「いやぁ、分かっているならのう?
敬意ってものを感じさせてくれんか?」
分かる、分かる分かる、
絶対にピュアな伝承的なモノじゃない
模造だよくできた模造だ
こんな崇敬が今日まで連続してたまるか
どうやった?
クソクソクソふざけやがってふざけやがってふざけやがって
こんな
なんでこんな
僕がいつか作る筈だったのに…
頭がふわふわする…
血が止まらないからだ
「ふーッ! ふっ!ふっ!ふっ!ふっ!ふーッ!」
死ぬ死ぬ死ぬ!
考えないと死ぬ! 死ぬ!死ぬ!
ジャケットのポケットにゴツゴツとした感触。
いちいち邪魔になった霊は尽く退けて来た自信作。
かの霊山から湧き出た水に破邪系統の密儀処理を緻密に重ねたブレンドだ。
擦り切れる程に繰り返した動きはこの状態でも問題ない
いつもより踏ん張れば問題ない
ほら、
遅いぞ老いぼれ
ばか
消えてくれ、
頼むから
"バジッュ"
鈍い水音が気色悪い眼球に吸い込まれて…
シミ一つ、作らないじゃないか
?「お~!
片腕飛ばされて、ようやりますな~!
なにこれ聖水? ガス圧で飛ばしてんの?
やはり鋭いの~!
ルーツまで遡ろうって発想が良い!
それか他に手が無いか?
まぁまぁま、伊達に呪具製作やっとらんな! 君!
えらい!」
…あんまりだ。
コンセプトは良かった。
実績も有った。
他にも作っておけば良かった…
?「頑張ったで賞にもう一本!」
「あっッ゙! ぁアアアあぁアアアあ!」
吹き飛ぶ様な衝撃、
耳鳴りが酷い
右も軽い。
軽すぎる
踏ん張れない
ぐるぐるする
頭が跳ねる
暗い
じゃりじゃり何か噛む
きもちがわるい
酸っぱい
苦過ぎる
脳裏が暗い
眠い
思考が、
面倒くさい…
……
…
…水音が聞こえる。
"チャポンチャポン"
すぐ近く、密着しているかのようなすぐ近く。
"チャポンチャポン"
プールに浮かんでいるみたいだ。
頭がすっきりしている。
暗くない。
光と潮が目にしみる…
朝だ、
綺麗な冬の、澄んだ青空。
寒いくらいの風が頬に何故か心地良い。
助かったのだろうか?
…
ま、そんなわけもない。
これは酷い。
四肢が無いじゃないか、
それで海にポイか、
ご丁寧に止血までして生殺しか、
沈めないあたり揉み消す用意も有るのだろう。
クソジジイ。
魂の方は水底で確定らしい。
地上には残したくないと、
噂にあった八十の亡霊か。
死んでも俗なジジイめ。
…いいさ
循環を気長に待つさ
安心だ
もうどうでもいい
面倒くさい
眠い
木板のように、浮いて
波間に、眠るように逝けそうだ。
クソ野郎にとっ捕まるより数倍マシな終わり方だ…
"ニャ~"
猫だ。
海にいるわけが無いだろう。
"ニャ~"
うるさい。
右方向。
…離れた岩岸に、猫だ。
黒い猫がいる。
"ニャ~"
また、うるさい。
ふざけやがって、最後くらい静かにしろ。
ここでのクソ地味なだけのルーチンワークを思いだす。
"ニャ~"
うるさいなぁ…
…羽音が、聞こえる。
ハハッ、天使か何かか?
あ!?
「アぁ゙ああああああああっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!
アアアあぁアアアあっ!!!!!!!!!!!!!」
死ぬ、
鳥に喰われながら死ぬなんて勘弁だ、
あのぐちゃぐちゃした眼球が頭に浮かんできて取れない、
クソ、
怖い、
寒い、
早く、早く死にたい…
"ニャ~"
うるさいぞクソ猫が!
安らげないじゃないか!
?
…頭を、髪を、
何か、
何か…
トゲトゲしい、固い、突起の塊がよじ登ってくる
「ひっ゙! ヒィいい!!!!!! ヒィいいいいいいいい!!!
嫌だ!
嫌だ! 嫌だ! 嫌だ!」
振っても落ちない!!
首が、へし折れそうだ。
痛いのに痛いのに、嫌だ嫌だ嫌だ!
?「っ゙ッブッッ! ゔふふッ!」
…は?
女の笑い声。
たまらずといった調子だ
どこだよ、
ふざけやがって
?「っふ、ふふふふフフっ!」
いや、
猫しかいないじゃないか、
黄色い目がぐるぐるしていて…
…口は、いつ弛んでいたのだろう?
いつの間にか這い上がってきたトゲトゲが、
頬肉の内側を引き裂くように、
滑り込んできた…
…
「やれやれだ。 ようやく終わった…」
朝から着っぱなしの三つ揃いをようやく脱げる。
草間「お疲れ様でございます。
傑(まさる)様」
老いてなお猟犬のように逞しい肢体と、火事場での経験、頼もしさから採用した執事のこってりとした顔が今日ばかりはクドく感じる。
「本当に疲れたよ。
緊急でなければ雑務は全部明日だ。
今日はもう部屋で休む」
草間「かしこまりました」
…程よい緊張感というのは疲労時、逆に毒だ。
川を流れる様にガウンに着替えてさっさと部屋に引っ込む。
「ふ~っ」
入浴は私室で済まし、
軽い晩酌後に寝るのがこういう日は一番だ。
会議会議でロクな日じゃ無かった。
内線を持ち上げつつ、マントルピース上の原木を削ぐ。
…いい香りだ、やはり生ハムはレアルベジョータに限る。
「なにかワインを頼む。
そうだな…
−− のスパークリングにしてくれ。
明日の会食で話の種にしたいから話題の新作を。
あと、ハーブオイルに漬けていたコンテと無塩クラッカーも適当に持ってきてくれ。
よろしく頼むよ」
…草間は優秀な執事だ。
急な注文も15分以上待った試しがない。
「あゃぁ~っ」
酒はやっぱり一人で好きにやるに限る。
ソファで横になりながらダラダラ呑むのが一番だ。
…それでだ。
まったく…
心よりの武装、象徴は鞭。
不可視のそれを振るう。
?「なんじゃい、なんじゃい!
どうも最近は礼儀知らずばかりで嫌になるぞ!」
あぁ、馴染みの声だ。
無駄に緊張した。
「悪霊の類を招いた覚えはないですね。
せめて電話でも入れてから来て下さいよ。
心臓に悪いですよ」
八十「悪霊はもうとっくの前に卒業したわ。 失敬な」
ボタボタ相変わらずいつもの粘液質を垂らす。
「いやいや! ちょっと!
それ! 絨毯には跡とか残りませんか!?
大丈夫? それ」
八十「あ? これ? 大丈夫、大丈夫。
家の畳でも大丈夫だったもの大丈夫」
「は~ それじゃあ大丈夫かな…?」
八十「いやぁ、流石に勝手に残ったら怖いよ。 ワシ引きこもる」
「引きこもっといた方がそれらしいと思いますけどね?」
八十「それじゃあ、色々溜まっちゃうよ。
川ちゃん」
「そんなものですか。
面倒くさいですねぇ。
それで何ですか? いきなり。
何のご用で?
もうお酒呑んだら寝るところなんですけど」
八十「あ~そう。 そりゃごめん。
それじゃ手短に。
FDR合同会社って知らん?
雑貨の取り扱いしている会社何だけど」
「FDR? FDR、FDR…
この前、立食パーティーで名刺貰った気がしますな…」
名刺を電子化するクセを付けといて良かった。
くだらない用事も手元の端末で片付く、いい時代だ。
「…あぁ、有りました。
代表さんが桑具井って人でしょう?
へ~ 本社が海外だ」
八十「あぁ! 良かった!
顔見知り!
今度、そのFDR合同会社で周年記念の企業パーティーが内々で有るから、"これ" 入れて適当になんか贈って貰いたいわけ」
ツヤツヤとした赤黒い色の、かまぼこ板のような、見覚えの有る板切れだ。
…は~、こりゃまた
大勢死ぬぞ。
「ふ~ん?
どうせ詳細は秘密何でしょう?」
八十「まぁねぇ。
かる~くワインでも贈っといてよ。
"これ" 下敷きにでもしてさ。
その後であれだ、気になるなら、
ワシの孫娘のとこで研修受けている娘さん。
真美…、そうそうマミちゃんに廃病院島でのことを聞いてくれれば良いよ」
「廃病院島!? j市d浜ですか!?」
八十「そうそうそこそこ。
というか、草間のジイさんに聞いてないの?」
!!人の娘になにしてくれてんだこいつ!!
電話! 早く電話を!
八十「いや、そんなに慌てなくてもワシがついておったし大丈夫、大丈夫! 無事! 無事!
落ち着いて川ちゃん! ねぇ!」
ベッチョベッチョ赤黒い粘液がこの世ならざる跳ね方をする。
「本当でしょうね?」
八十「本当、本当」
「何か有ったら一派総出で消しにかかりますからね」
八十「んも~ 大丈夫だって。 子煩悩何だから」
どうやったって手のかからなくなったアンタの息子にくらべりゃ…
八十「それじゃあね!
パーティーは一ヶ月後だから、よろしく」
「あぁ~もう! あんの悪霊があ!」
ほんの一瞬でいつもの様に消えた。
そしていつもの様に、無駄に冷や汗をかかされて取り残される。
まったく…
シャワーの浴びなおしだ。
…
瀬尾「桑具井代表、お祝いの品がそこそこ届いておりますがいかが致しましょう?」
「名刺配ったところからだろうけど、一応諸々検査しといて」
瀬尾「かしこまりました」
「あ~、それよりさ。
観測者は足りそう?
ほら、人工の方なんかさ」
瀬尾「現状かなり厳しいですね。
リソースの全てを動員しても一人分に満たないかと」
「ん~、AIじゃ厳しいか~。
やっぱ雑魚複製するのとはわけが違うよな~
宗教団体の方は… まぁ、まだだよな~
まだ三十人も居ないしな~
大して熱心そうなのも居ないし。
我欲ばっかりで…
崇敬なんて今日日あるのかな?」
瀬尾「やはり吉川さんが居なくなったのは痛いですね」
「いや~ 本当だよ。
さらにこれからって時なのにさ、も~。
…ま、しょうが無いけどさ。
吉川君、後藤君、両名の冥福も祈りつつ今日は楽しもう」
瀬尾「はい。 検査終了次第、合流させて貰います」
「よ~し! 今日は呑むぞ~」
ま、最悪今の市場は手放しても構わない。
とっ散らかって紛れ込み易い係争地なら世界中にまだいくらでも有る。
依然としてブルーオーシャン、競合する相手も居ないから焦る必要無し。
我が社の前途は変わらず洋々なのだ。
…
と、代表が気分よく会場に向けて歩いているというのにだ…
何だこの静けさ?
パーティーだぞ、もっと盛り上がれよ。
サプライズってノリの社員は我が社に居ない。
好き勝手に騒ぐか黙々と食い散らかすような奴ばかりだ。
…
…強盗か?
しかしだ、
治安が悪いとしても真っ昼間、世界有数のオフィスエリアだが?
一応警察に電話を、
…?
あり得ないだろ、接続なし?
…おいおい、テロかなんかか?
…
部屋に備え付けのショットガンを構えつつ、靴下で滑る様に前進する。
素人なりだが靴音はこの状況で中々、危険だと判断した。
バックパックには靴と貴重品。
会場にしている会議室を確認の上、
適宜非常階段からオフィス外に避難。
馬鹿な社員連中が慣れないサプライズを企画しているならそれはそれで良い。
こんな日に銃なんか持たせやがって。
前方に見える会議室の扉が音を立て、開く…
トイレ入口の窪みに身を隠す。
フワリと、カツラを被せた風船が一つ、浮き出てきた。
ブラフだろう。
慎重なもんだ。
?
風船からやけに重たげなカツラずるりと、床に落ちる。
"ベチャッ"
あれは、違う。
剥ぎ取られた頭皮だ。
と、すれば次に出て来るのは犯人か。
この臭いイミテーションなわけがない。
…こういう笑えないサプライズをする社員は我が社には居ない。
致命的に空気が読めないのは、全員材料に有効活用して今日の成功があった。
中の惨状は確かだ。
酷いな。
…酷い。
折角のパーティーだったのに。
地上12階、窓は無理だろう。
避難梯子でも買っとくんだった。
非常階段へ逃げるにしても会議室前は必ず通る。
…クレー射撃なら経験が有る。
それに不意打ち、近距離からの散弾だ。
いける。
殺す。
来いよ。
…
…
…?
来ないな。
何をまごつく事が有る?
悪趣味な風船はおとりだろう?
何故?
?「はい、タッチ」
腕が、重い?
ダメだろう! そんな!
そんな重さを人体にかけちゃ!
筋肉がダメになるじゃないか!!
「っぁッッッ!」
痛い、というより
声が、出ない
意識が霞む
左腕が動かない!
「っ!」
顔ぐらい見せろよ。
殺す。
? 背後には何も居ない。
ゴリラみたいな奴が居てもおかしく無いが?
嫌な長さに掴み伸ばされた左腕が、異常な熱を発している。
見るだけで吐きそうな色と形だ。
握力何キロだよ…
揺れる度、痛みで呼吸が止まりそうだ!
痛い! 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!
ダメだ!
こういう時は落ち着かないと! ヒッヒッフーだ。
ヒッヒッフー。
「ヒッヒッフー」
?「何も無いかね?
ちょっとつまらん」
また、背後!!
「あぁあああああ! あぁあああ!」
頭が、動かない。
やけに、冷たい。
冷たい、ドライアイスみたいな手指が頭を固定している。
…いや、
まて、
思い違いをしていた?
そんな、
あり得ない
我が社が一番だ
あ、
あ、
そうか、
だからか、
あいつら、
だから変死…
頭の奥でなにかミキミキ軋む音が、する…
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