やきもちbud

みずのかなで

第1話


容赦なく陽光が差し込み、焼き尽くすようにジリジリと照らす。まともに日が当たるというのに何故かカーテンのないこの部室では小さな扇風機一つなんてむしろ邪魔でしかなかった。

「うう…暑すぎるよ…せめてカーテンが欲しい…」

「確かに…これは暑すぎるな…」

八月初旬。私達が所属する弱小イラスト部は私を含め3人しかいない。そのため学校から支給される部費が極端に少ないのだ。

「波田ちゃん!そんなこと言ってたら余計に暑くなるよっ!」

「ありがとう辻ちゃん…」

そういって辻ちゃんは下敷きで私の顔をパタパタ扇いでくれた。

「あっ、もう4時半だ…わたしバイトあるからお先っ」

辻ちゃんは小走りで小さく手を振りながら、部室を飛び出していった。

「いつもバタバタしてるなー辻さん」

「あの子せっかちさんだしねー。昔からあんなんだよ?」

私と辻ちゃんは幼馴染。だからお互いのことはだいたい知っているのだ。

2人になった私達はやかましい蝉の鳴き声と元気そうなテニス部の掛け声をバックミュージックに、特に見るものもないくせにスマホを適当にいじる。一応流行に乗っかるためインストールしたSNSにはクラスメートが甘ったるいだけのジュースの写真を嬉々として載せている。その時だけの友達の評価を必死に貰おうとしている様は、何故だか滑稽に見えた。

「渚」

今野くんの声でハッと我に帰る。

「僕ら特にすること無いしもう帰ろうか」

小さく頷き、私は机の上にある荷物を片付け始めた。今野くんは私と同じクラスで、優しく気さくな性格の為、友達の少ない私とは対照的に誰からも好かれている。その今野くんは私だけを呼び捨てで呼ぶのだった。他の女の子達とは違って。…それは私の中だけの密かな自慢だった。

部室を後にし、ゆったりした足取りで駅に向かう。

「渚、今回の宿題どれだっけ?」

「えっと、たしか前の授業で配られたプリントじゃない?ワークをコピーしたやつ」

「じゃあ答え写せばなんとかなるか」

「丸々写したらばれるから、所々間違えたら先生にばれないんじゃないかな」

くすくす笑い合いながらそんな話をする。夕方とはいえ、厳しい暑さとじっとりしたぬるま風も、こんな風にたわいない会話をしている間はへっちゃらだった。

「今野くん」

ふと後ろから声がした。私の聞いたことがない声が。

「梨花!久しぶりだなあ」

「中学以来だね。元気そうじゃん」

梨花と呼ばれたその女の子はすらりとした長身で、かきあげたロングヘアーが抜群に似合っていた。ハキハキとした喋り方、着崩した制服、ほどよくメイクされた顔を見て『私とは違う世界にいる人間』と瞬時に察した。

「その子は?彼女?」

「まさか。そんなのじゃないって」

「ふーん、そ。じゃーまたね」

『そんなの』を置いてけぼりにいつのまにか会話は終わっていた。会話を終えた今野くんの表情は私といるときよりも明るい気がした。

「今の子、友達?」

「うん。中学の同級生」

『梨花』。私以外に呼び捨てで呼ぶ女の子いたんだね。知らなかった。そう心で呟き、また私達は歩み始める。

道端にある花壇には小さなマリーゴールドの蕾が咲いていた。

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