第2節新入部員が鈴宮圭奈⁉︎
第7話 忘れることのできない一件
*
昨日の圭菜との一件から早くも一日が経とうとしていた。
今日は授業に身が入らず、ずっと外を眺めていた気がする。実を言えば、何も覚えていない。
「太刀花くん、こんにちは!」
「······」
「······? おーい、太刀花くん?」
「ん、ああ⁉ あ、奥寺さん。ど、どうも」
思わず、声が裏返った。
どうやら奥寺さんに声を掛けられたらしいが全く気が付かなかった。やはりと言えばいいのか分からないが、昨日の一件を想像以上に引きずっている。
「大丈夫? 体調とかが悪いなら······」
「何でもないから、気にしないで」
「……そう? もし、何か困ってることがあったら何でも言ってね」
そう言って見せた奥寺さんの笑みは、少し前に噂で軽く耳にしていた学園のアイドルとは全く想像もつかない、まるで天使を見ているかのような笑みだった。
座るよう奥寺さんに促されたので、昨日と同じ席に座る。とりあえず今は部活に集中するよう頰を軽く叩いて気持ちを安定させる。
「じゃあいいかな?」
「うん、いいよ。で、何するの?」
「え、そこから? 昨日、言ったと思うけど……」
昨日と言われて記憶を呼び起こす。だが、昨日はあまりに濃い一日でインパクトの大きいことしか残念なのか覚えていない。
それでもどうにか奥寺さんとの会話を呼び起そうとするが、やはり思い出すのはストーカーの正体をカミングアウトした会話くらいしか思い出せない。どう誤魔化そうか悩んでいると、
「あ、そういえばそうだった。うん」
自己解決している人が目の前にいた。
人が苦労して思い出そうとしていたのに、と文句は口にせずに向こうが話し掛けてくるのを静かに待った。
「昨日は私が先に帰っちゃったね。ごめんごめん、言ってなかった」
「別にいいよ、それで今日は一体何を決めるの?」
覚えていない、とは言わずに済んだことをホッと一安心する。自然と入った肩の力をゆっくり抜いて奥寺さんの話に耳を傾ける。
すると、机の上に置いてある鞄から一枚の印刷用紙を取り出し、奥寺さんは立ち上がった。どこに行くのか目で追うと、昨日のままで課題が書き残されているホワイトボードの前に立つ。ボード消しを持つと、こちらに向き直って。
「この二つ以外は消していいよね?」
この二つと指していたのは校長からの課題。それ以外は確かあの人が無駄に盛るために書いていた何か。
それを奥寺さんは消してもいいか僕に問い掛けてきているが、そんなのは迷う必要もない。無駄なのだからそれらの行く末は決まっている。
「うん、残すより消した方がホワイトボードを有効に使えるよ」
僕の言葉を聞いた途端、奥寺さんの行動は早かった。
消す気満々で待機していたとしか思えないほど、ホワイトボードはみるみる白くなっていく。
よし、と軽く一仕事を終えた感を出す言葉を吐きながら、綺麗になったホワイトボードに青マーカーで新たに書き足していく。マーカーのキャップが閉まる音で、奥寺さんが話し始めた。
「昨日、帰ってから青春部の活動はどうするか考えてね。思い付いたの、それがこれ」
マーカーで指した先には奥寺さんが書いた活動内容が記されていた。
『青春部は活動における目標を定め、それらを達成させるために活動を行う』
「私はこれを活動内容にしたいと思ってるの。どうかな太刀花くん?」
これに関して僕からの反対意見など一切ない。むしろ、目標があるだけでも活動はし易いから賛成に一票。だけど、大きな問題が一つ存在する。
「いいと思うよ、僕は。でも、目標は誰が決めるの? まさか、僕たちで決めるって言わないよね?」
「安心して。私がもう決めてきたから」
斜め上の答えが返ってきた。しかも満面の笑み付きで。
これは素直に喜ぶべきなのか、はたまた多少なりとも抗議をするべきなのか、すごく悩ましい状況だ。ともかく奥寺さんが考えてきてくれたのだから聞くのが、礼儀というもの。
「そ、そうなんだ……。どういう目標なの?」
「そっか、そりゃあ聞くよね……」
考えてきた目標とやらを聞いたところでなぜか渋り出した。
もしかして聞いてはいけないことだったか、と頭を悩ませようとしたが、青春部の活動の一環として入ろうとしている目標を明かされないのは、七不思議の一つとして数えられてもおかしくはない。まぁ、七つも存在するかって話だけど……。
それでもここで渋ることに何か意味があるのだろうか?
「はぁ……ふぅ……よし」
大きく深呼吸をすると、カバンの中から一枚の紙を取り出してはビリッと勢い良く破り、一枚の紙から二枚の紙切れとなった片方を僕の机の上に置くと、そのまま……。
「ごめんね! 私、これから用事があるから。今日もだけど戸締りよろしくね!」
勢い良く部室から飛び出してーーいや、逃げ出すようにして去って行った。
ほんのりと奥寺さんの顔が赤かったのは気のせい……夕日のせいだろうと頭に叩き込む。
「はぁ、また一人か……」
ふと、らしくない言葉を口にした。
自分自身に驚いた。こんなことを思っていたのか、と……。
一人が当たり前。そう心のどこかで勝手に決め付け、これまで過ごしてきたはずなのに、それがたったの一日で覆った。でも、
「こんなのは僕じゃない。昨日の圭奈との一件があったから、誰かに頼りたくなっただけ」
精神が弱っているせい、そのようにして先ほどの言葉も全て忘れる。自分の都合にいいかもしれないが、それでいい。これまでと同じことだから……。
頭を切り替えて机の上に置かれた紙切れをそっと手に取る。それは奥寺さんが勢い良く破った紙切れの片方。窓からの夕日で裏面に文字が透けていたのでひっくり返す。そこには……。
「五月六日? これって……」
僕の誕生日が書かれていた。
文字が破った部分に寄っていたところから、まだ文字は続くと考えられる。しかし、
「どうして僕の誕生日なんだ?」
そこが分からない。
僕の誕生日が青春部の目標と何の関係があるのか、謎が深まるばかりで頭が痛い。
考えることをやめて帰宅準備を済ませる。今日は鍵が見える位置に置いてあることに感謝しながら、夕日でオレンジ色に染まる部室から静かに去った。
ぼっちでオタクな僕が学校1の美少女に付きまとわれる優雅な日常 薔薇宮あおい @red-flower
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