ループボタン

安佐ゆう

ループボタン

「あなたの楽しかった一日を、もう一度過ごしてみませんか?」

 テレビで何度も繰り返されるそのCMは、誰しも一度は目にしたことがあるだろう。この1週間というもの、世間はループボタンの話題で持ちきりだった。CMが始まって1週間、ようやく今日が発売日だ。


 ループボタンは一回使いきりのタイムマシンで、ボタンを押した人一人を、24時間だけ、過去に送ってくれる。お値段なんと、たったの一万円。お手頃価格で夢のタイムトラベル、評判は瞬く間に広がり、予約サイトは常にパンク状態だった。

 孝志もまた、PCの前に長時間粘って、ようやく一つ、ループボタンを買えた。そしてそれが、たった今届いた。ネットではすでに検証サイトが立ち上がっているが、今は見ないでおく。実は明日、先月から付き合い始めた羽田さんと初デートなのだ。最近仕事が忙しくて、ようやく休みが取れた孝志に、優しい羽田さんが休みを合わせてくれた。そんな彼女とのデートだから、きっと最高に楽しいはずだし、もう一度繰り返したいと思うだろう。



 ……結論から言おう。

「使えない」

 デートは確かに楽しかった。ありきたりのコースだったが、ショッピングも映画も良かったし、ディナーも最高。次のデートの約束も取り付けて、フワフワした気分で家に帰ってベッドに横になり、ループボタンを押した。

 しかし、二度目は朝からどうにもダメだった。そもそも、待ち合わせからして、新鮮味がない。ショッピングも映画も昨日見たばかり。孝志の反応が悪ければ、羽田さんもだんだん不機嫌になる。予約していたディナーも当然昨日食べたメニューだ。ああ、昨日じゃなくて正確には今日だが。


 少しづつかみ合わなかったけれど、大喧嘩にはならずにデートを終えられて、孝志はほっとしてベッドに入った。

 もうループボタンを使うことはないだろう。


 ネット上でもやはり、非難轟轟炎上の嵐だ。過去に戻ったからと言って、周りの人が全く同じ行動をするわけではないので、馬券や宝くじを買おうとした人は失敗に終わった。幸せな時間は繰り返すたびに色あせ、不幸な時間はやはり不幸なままだった。

 CMは打ち切られ、ループボタンを売り出した会社は、早々に潰れると思われた。


 ループボタンがあろうがあるまいが、孝志の生活は変わらない。仕事は相変わらず忙しく、たまに会う羽田さんはそれなりに優しい。

 そんなある日、会社に行くと、上司から机にドサっと紙袋が置かれた。

「山根君、今月の休み、明日だけだから。これ、残業手当代わりね」


 紙袋の中にはループボタンが7個入っていた。


【了】

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