I県K市、深夜、坂の途中

myz

――え? なに? 怖い話?

 ……って言われてもなあ――ほら、おれ怖がりな人でしょ? 子どものときとかテレビで心霊特集とかあったりして、ひとりでトイレ行けなくなっちゃったりとかよくあったし――まあ、これはいまでもわりとあるけど。ほら、やめときゃいいのに、風呂入る前にそういう番組見ちゃって、シャンプーするときに目つぶれなくなっちゃうやつ。あるでしょ? あ、ない? そう……まあ、でも、よかったよね、おれ霊感ゼロで。実際見ちゃったこととかはないし。


 いや、でも、そういや一回だけあったかな。


 ――まあ、ほんとにそういうアレだったのかよくわかんないんだけど。

 なんだったのかなー、あれ、っていう。いや、最初に言っとくけどあんまり怖くないよ、これ。でもほんとなんだったのかなー、ってそういう――まあ、いいや。

 えーと、大学行ってたころなんだけど、Kにいたのね――K市、I県の。あ、K市ってI県だったんだ、って?――まあ、そんなもんだよね。おれも自分で行くことになるまでよくわかんなかったし――それで、学校とか借りてたアパートとかの一帯が高台になっててさ、そこからほかの方面に下ってく、だらーっとした長くてゆるい坂があったの。夜中に自転車でそこ通ってたときの話。

 つってもべつに、でそう、とかぜんぜんそんな感じのとこじゃないのよ。

 行き違いで二車線あって、昼間は結構交通量あるし――まあ、そのときは時間が時間だったんで車は走ってなかったと思うけど。でも、ちゃんと街灯ついてるし、ほんとにそういう雰囲気はないとこ。まわりもふつうの住宅街だし。

 夜中の二時とか三時だったかな。ネカフェの帰り――あのさ、ネカフェってすごいよね? 地元にそういうの無かったからわりとハマっちゃってさ。ドリンクも飲み放題だし、マンガも読めるし。天国だと思ったよね。実家いるときもネット中毒気味だったんで、さすがに大学入ってまでさー、って思って部屋にネット繋いでなかったから、ちょくちょくネカフェ行ってたの。

 多分その日も夜間の三時間パックとかでだらだらして、あー、明日も学校めんどくせえなー、とか考えながら自転車漕いでたと思うんだよね――いま考えると贅沢な話だよね。学校だよ、学校。勉強してるだけでいいんだよ? それも一応自分で選んで入ったわけで、そういう学科?――の勉強? 一日中やれるんだしさ。いま考えるとなんでもっとまじめにやんなかったのかなー、って思うんだけど、そのときはそんな感じでさ。まあ、もう一回やってもおんなじ感じなんだろうけどさ、おれ。

 まあ、そういう、しようもないこと考えながら坂道上ってた。あんまり厚着とかしてた覚えはないから、春か秋口だったんじゃないかな、よく覚えてないけど――道の両側が一段高い歩道になってて、植え込みとか街路樹も立ってる感じなんだけど、そういうのの切れ目ってあるじゃない。自転車漕いでて、そういう植え込みとかが途切れるとこに、なんとなく、ふっと目が行ったのね。

 おばあちゃんが座ってんの。

 顔は見えなかった。まっすぐ車道のほう向いてるから。

 植え込みの途切れ目と街灯の間にすぽっとはまりこむみたいな感じ。

 酔っぱらって寝てる、とか、そんな感じじゃない。

 ちょっと猫背気味だけど、きちっと両手揃えて正座してる。そういう雰囲気。

 髪の毛は短めなんだけどそういう年の人がよくやる感じのわりときつめのパーマがあたっててクルクルしてる感じで、白髪染めバッチリな感じの真っ黒い色をしてる。

 服も黒っぽい色で、なんていうかわからないけどやっぱりおばあちゃんがよく着てる感じのなんか後ろで合わせる、みたいな?――割烹着でもないし――なんて名前なんだろ、あれ?――まあよくわかんないけど、なんかそういうの着てる。

 ほんと、どこにでもいる、おばあちゃん、って感じ。

 昼間にそこらへんの縁側にでも座ってたらふつうなんだけど。でも、いま真夜中だし、下はアスファルトだし。

 歩道に裸足で正座して座ってんの、おばあちゃんが。

 うなじと足の裏の肌色が真上から照らされてはっきりしてる。

 おれは上り坂でえっちらおっちら自転車漕いでるから、なんかそういうのがすごくわりとはっきり見えちゃって、しばらく視線が釘づけだったと思うんだけど、でもすぐ街灯の陰になって見えなくなっちゃった。

 また前見てしばらく漕いで――なんだあれ? って思うよね。

 振り向いてもやっぱり街灯の柱に遮られて見えない。でも止まるのもなんか怖いし。そのまま坂上ってくんだけど、そうするとぐるぐる考えるよね。

 なんだったの、あれ? っていう。

 常識的に考えたら、近所の認知症とかのおばあちゃんとかが家抜け出してきちゃったとかかもしんない、って思った。

 でもやっぱりそういうののわりにはしゃんとしてるっていうか、ちょっとうつむいてる感じなんだけど、やっぱりちゃんと正座してたのよね。

 なんかの宗教とか?――なのかな?――とか。

 でももし病気とかだったら戻らないとまずいのかな、って思ったけど、やっぱり怖いよね。

 もしかして、なんかやばいの見えちゃった? ってのもうすうす考えてくる。

 おれ霊感ゼロなのに。もしかしたら? みたいな。もしもさ――もし――戻って、消えてたりしてたら、怖いじゃん?

 結局そこまで勇気なくてさ、戻れなかったよね。

 でも、そうなると次考えるのはさ、車道渡って、向かいの側の歩道からそのあたりまで引き返してみるってこと。

 街灯が邪魔でこっち側からだとまたほとんど真後ろぐらいまで戻らないと姿が見えない。じゃあ、向こうの歩道からなら遠目でさ、顔が見えるんじゃないかって。

 ――まあ結局、それでなんかやばいの見えちゃったらいやだったし、そのままえっちらおっちら坂道上がって、まっすぐアパート帰ったよね。

 ごめんね、オチもなんもなくてさ。

 そのあともたびたびネカフェ通いはしてたと思うけど、また見ることはなかったな。しばらくしたら部屋にもネット引いちゃって、夜中にその道通ることもなくなっちゃったし。

 ほんとなんだったのかな、あれ。

 もしかして、ほかに見たことあるよって人、誰かいない?

 I県K市の、K台からA野のほうに下ってく坂なんだけど。

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