わたし神様だから!

澄川時乃

わたし神様だから!

「わたし神様だからボールとって!」


 新学期。

 一人歩く帰り道。

 転がってきたボールを目の前に、一人の少女に話しかけられた。


「……はいよ」


 俺は特にツッコミもせず、ボールを拾って軽く投げる――が、


「あっ」


 投げたボールが風に煽られ、木を目掛けてゴールイン。質素な木がピンク色のボールで飾り付けられ、季節外れのクリスマスツリーの完成だ! ……なんて。


「う、うぅっ……」

「は、ははは……」


 神様と名乗る少女の酷い泣きべそ顔。

 冷や汗を垂らして笑みを浮かべる俺。

 俺がすべき行動は一つしかなかった。


 ***


「ねえねえ、まだとれないのー? わたし神様なんだけど」

「もうちょっと待ってくれ、あと少しで届きそうなんだ」

「えぇ、わたし神様なのにー?」

「…………」

「神様なのになー」

「…………」


 ええい、しつこい。

 俺は木の棒を捨て、ボール回収作業を中断する。そして少女に一つ質問。


「なあ、小学生の間ではいま神様ごっこが流行はやってるのか?」

「え? なにそれ、はやってないよ?」


 キョトンとして首をかしげる少女。

 俺も同じ方向に首をかしげる。


「え? でもお前、神様なんだろ?」

「おまえじゃない、か、み、さ、ま! あとけいご!」


 め、めんどくせぇー。

 コホン、と咳払いし。


「神様って神様なんですよね?」


 言い直す俺。

 なんだ、この間抜けなそうな質問……。


「そだよ。ごっことかじゃなく、ホンモノの神様なんだよ!」


 ぺたんこな胸を張って、誇らしげに言う少女。

 神様っていってもなぁ……見た目からして普通の女の子にしか見えないし。それに背負ってる赤いランドセルが全てを物語っている。

 これは……よくある幽霊パターン? 公園の精霊か何か? もしかして本当に神様? それとも……頭の残念な子?


「なに、そのあわれなものを見るような目は。神様のけんげんで目つぶしするよ?」

「あ、すみません」


 ――結局ボールはとれなかったので、『俺が神様の下僕になる』という条件でお開きになりました。


 ***


「おーい、下僕ぅぅぅー! わたし神様だからいっしょにあそぼー!」


 一人歩く帰り道。

 公園の前を通ると、自称神様に話しかけられた。

 ……無視。高校生にもなって公園で小学生と遊ぶとかありえん、捕まる。断固拒否。


「おーい、下僕ぅぅぅー!」


 集まる視線。

 全てが刃物のように俺の心に突き刺さる。


「下僕ぅぅぅー!」

「ああ、わかりました! 遊びますから大声で下僕はやめてください! 視線が痛いから!」


 そういうことになった。


「神様、今日はブランコで遊んぶですか?」

「そだよ。だれかさんがボールを木にひっかけたからね」


 神様の容赦のないお言葉。

 俺はつい視線を逸らしてしまう。

 …………。

 ぎーこ、ぎーこ。

 沈黙。

 ブランコの揺れる音だけが耳に響く。


 気まずい。

 そもそも俺たちは出会って昨日の今日。仲良くしろと言う方が無理難題だ。しかし、ここは年上である俺がリードしなければ。何か話題を……はっ!

 俺は満面の笑みを浮かべ、


「神様、ブランコは楽しいですか!?」

「楽しくない、飽きた」

「デスヨネー」


 俺の笑顔は花火の如く儚く散った。

 小学生ですらブランコはもう卒業してるのか……高校生で乗ってる俺の立場はいかに。


「でも……」


 神様が俯いて口を開く。


「でもブランコはきらいじゃない。……ひとりで遊べるから」


 その顔は酷く悲しそうで。

 俺の知っている神様ではなかった。


「……よし」


 俺はブランコの上に立ち上がる。

 いわゆる立ちこぎ。


「下僕?」

「神様、別にブランコは一人専用の遊具じゃないですよ? ほら、俺の間に座ってください」


 顔は浮かないものの、神様は俺の指示通りに動いてくれた。同じ方向を向き、足の間に座る神様、そして立つ俺。準備万端。


「じゃ、いきますよー!」


 軋りを立て加速していくブランコ。比例して神様の顔も晴れていく。


「わあああ~!」


 神様は感嘆の声を漏らした。


「神様、ブランコは楽しいですか?」


 二度目の質問。


「楽しい、すっごく楽しい! 速くて、高くて、こんな景色見たことない! ははっ、お空を飛んでるみたい!」

「それはようございました」


 大はしゃぎ。

 純粋無垢な笑顔。

 こんな女の子が神様で、俺が下僕か。おかしすぎて俺も笑ってしまう。


 ――この日は遅くまで、ブランコの揺れる音が公園に響き渡っていた。


 ***


「おーい、下僕ぅぅぅー! わたし神様だからおなかすいたー!」


 一人歩く帰り道。

 公園の前を通ると、自称神様がお腹を空かせていた。こんな日々が早くも一ヶ月経とうとしている。


「はやくはやくー、なにかちょうだい」


 ベンチに座る神様。

 俺も隣に腰を下ろす。

 そして心の中で大きくため息。なぜならこの小学生は一つ、大きな勘違いをしているからだ。

 高校生だからって、いつも通学カバンに食料を入れてるわけではない。パンなんて教科書で潰れちゃうし、おにぎりだって潰れちゃう。結論、大体のものは潰れる。

 あー、でもそういえば今日……。


「メロンパンがあったっけ」

「メロンパァン!?」


 目を輝かせる神様。

 テンションが高すぎてついていけない俺は引き気味に頷く。


 となれば模索。

 カバンを開けて、ガサゴソと手を突っ込む。硬い教科書の感触しか見当たらない。

 あれ……どこだっけ。


「まだー? わたし神様だから早くしてー!」


 待ちきれない神様は俺と一緒にカバンを覗く。

 近い、邪魔、見えない。ええい、鬱陶しい。

 

「まだー? まだなのー?」


 まだなのは誰のせいだ?

 だがまあ、メロンパン自体は掴むことに成功した。しかし、どうも引っ掛かって取れそうにない。


「お? お?」

「もう少しで取れますから。んん……よいしょおおおおおお!」

「おふっ!?」


 あっ。

 勢いよく抜かれた手が神様のおでこにクリティカルヒット。これは痛い!


「う、うぅっ……」

「す、すみません神様! わざとじゃ……」

「うわああああんっ!」


 ――この日、公園には少女の泣き声が響き渡っていた。


 ***


 一人歩く帰り道。

 今日は雨が降っていた。

 公園の前を通ると、傘もささずに突っ立っている神様がいた。


「神様! 何をやってるんですか!」


 走って神様の元へと向かう。


「ああ、こんなに濡れちゃって……早く雨宿りしましょう」


 神様の手を引っ張るが、動こうとしない。

 雨は激しさを増していく。


「……神様、学校で何かあったんですか?」


 神様は一瞬目を見開き、両膝を抱えて座り込んだ。


「わたし、友達がいないんだ。学校じゃいつも一人ぼっち」


 ……なんとなく分かっていた。

 俺が来る度、いつも神様は公園で一人だったから。あえて触れなかった。


「話しかけられるときんちょうしちゃって……なんて言えばいいかわからなくて……いつもだまりこんじゃって……。だから、そんな自分を変えたくてわたしは神様になった。神様は一番えらいから、なにを言ってもいいって……言うことを聞いてくれると思って……あの日、一人で歩いてる下僕に話しかけた」

「…………」

「そしたら下僕はね、こんなわたしといつも遊んでくれた。やさしくしてくれた。メロンパンをくれた。……わたしが神様だから。けど、学校ではあいかわらず一人だった。公園で下僕と遊ぶのか楽しみになったぶん、学校で一人なのがさみしくなって、つらくなって……それで……それで……!」


 神様は泥を握りしめる。

 顔を伝う水は雨だけではない。きっと、涙も含んでいた。


「ユウキ」

「……え?」


 神様は赤い目で俺を見上げる。


「俺の名前はユウキ。神様の名前は?」

「……み、ミカ」


 嗚咽を漏らしながらミカは言った。


「……いいか、耳の穴かっぽじってよく聞け。俺は別にお前が神様だから遊ぼう、とか優しくしてやろう、だなんて思ったことは一度もないぞ? ましてや下僕だから、なんて思ったこともない」

「じゃ、じゃあどうして……なんでわたしなんかと……」


 俺は大げさにため息をつく。


「ミカだからだよ。他の誰でもない、ミカだから俺は毎日公園に通って遊んだんだ。きっと学校の連中も、神様のミカではなく本当のミカと仲良くしたいんじゃないのか?」

「本当の……ミカ?」

「ああ、そうさ。俺は知ってる。お前が本当はお喋りなのも、メロンパンが好きなのも、泣き虫なのも、全部知ってる。俺はそんなミカ、結構いいと思うぞ」

「ほ、ホント?」

「ああ、本当だ。それに、お前がボッチなのはいつからだ?」

「今年……小学三年になってから……」


 ミカは今にも消え入りそうな声で言った。


「てことは……まだ三ヶ月くらいじゃんか。ハッ、俺なんて高校入ってからずっとボッチだぞ、一年以上ボッチだ」

「えっ……かわいそう」

「そ、そうだよ。……つまり、俺からしたらお前なんてボッチを名乗るに早すぎるんだッ!」


 決めセリフのように、俺はミカを指さす。

 唖然とするミカの表情は柔らかくなっていき――。


「ふふっ、なにそれ……変なの!」


 お腹を抱えて笑い始めた。

 降っていた雨も嘘のように止み、厚い雲から光が差し込む。雨後の芝生が緑鮮やかで、いつもの公園ではない……神殿のような気さえした。


「ユウキ」


 ミカが立ち上がり、俺の名前を呼ぶ。下僕ではなく、俺の名前を。

 そして曇りのない笑顔で、


「わたし――神様やめる」


 少年は女の子を救い、神様おんなのこ下僕しょうねんに勇気を与えた。

 

 ――そしてその日、神様は神様をやめました。


 ***


 初夏の風吹く帰り道。

 公園の前を通るとミカが友達と新しいボールで遊んでいた。

 俺の名前はもう呼ばれない。


「ユウキー、そんなとこ突っ立ってないで帰ろうぜ」

「ごめん、今行く」


 新しくできた友達に呼ばれ、小走りで向かおうとしたそのとき――。


「ボールとって!」


 聞き慣れた少女の声。

 転がってきたボールを目の前に、一人の少女に話しかけられた。


「はいよ」


 俺はボールを拾って軽く投げる――が、


「あっ」


 投げたボールをが風に煽られ、木を目掛けてゴールイン。

 小学生たちから忌憚きたんのない言葉を浴びる俺。その中で、一人の少女だけ笑っていた。クスクスと――幸せそうに。


 質素な木はピンク色のボールと、今度は黄色のボールで飾り付けられ、季節外れのクリスマスツリーの完成だ。

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わたし神様だから! 澄川時乃 @sumikawatokino

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