第9話 落ちて、堕ちて、沈んで、オチて。

  死んだ。

  死んでしまった。

  地味に、呆気なく、何事もなく。

  最期にありがとうすら言えずに。

  なんて日だ。きっと残された人は突然の死にポカーンとするしかないだろう。

  どうせ死ぬなら、あんな死に方じゃなく、もっとこう、鎖に掴まりながらゆっくり。 いや、仮にやったらただの自殺か。

  死んだ。本当に死んだ。

  本当に……死んだのか?

  死んだはずなら後悔なんてできないし、そもそも意思は消失している筈。そういえば先程から右手がチクチク痛む。そう、痛むのだ。

  勢いよく飛び起きると、闇に包まれた様な、空間に独り座り込んでいた。

  不思議な事に、周りは視認できないが、自分の身体だけは視認できる。痛む右手はまだ赤々と腫れていた。


  ーークックックッ

 

  ずっと気になっていたが、先程から妙な笑い声が聞こえる。聞き覚えのない、少女の嘲笑だ。

  実は本当に死んでいて、これから神の裁きにあうのかもしれない。若干の緊張感とともに、嘲笑もまた、次第に強まってゆく。


  「主よ、まさか死んだと思っておるのか?」


  その嘲笑が頂点に達する直前、背後から突き刺さるような声が聞こえた。振り返るとそこには、王座に着く少女の姿があった。この空間では尚更目立つ。目立つを通り越して眩しさまで感じる。光源などないはずなのに。

  えらく偉そうなその少女は、足を組み頬杖をつく。えらく偉そうで少しエロい。銀髪のショートヘアで横髪が長く、それを指で巻き巻きしている。不敵な笑みを浮かべ、金色の瞳で此方を直視するその姿は『神』そのものだった。


  「死んでないなら、いや……実感はないけど、なら此処は何処だよ」


  実感がないのは確かだ。マグマに溶かされた記憶もないし、苦しみもない。しかしこの状況を、この空間を、理解することは不可能に等しかった。


  「此処は……えーっと、それよりお主、あの落ち方は傑作じゃったぞ。笑いが止まらんかったわい」


  場所を誤魔化された挙句、死に様まで馬鹿にされた。死んではいないようだが。それにしてもこの少女、初対面の筈なのに妙な懐かしさを感じる。出立ちといい、声といい、喋り方といい、どれを取ってもそうだ。


  「そろそろ笑うのはよしてくれないか。心が痛い。それより、君は?」


  思い出し笑いに終止符を打ち、同時に名前を聞き出す。心の隅にあるモヤモヤが、どうしても抑えきれなかったのだ。一方少女は嘲笑を止め、息を整える為に大きな溜息を吐く。


  「神じゃ」


  真剣な眼差しで一言、少女はそう呟いた。その言葉の重みに、思わず返す言葉を失う。その反応に対し、明らかに哀しむ素振りを見せた。


  「お主……記憶を失くしているのは知っていたが、やはり妾のことを覚えていないのか」

  「えっ……あ、あぁ。ごめん。なんとなくモヤモヤするんだけど、やっぱり覚えていない」

  「妾の所為で、随分な目に遭わせてしまったな。すまない」


  少女はその場で立ち上がり、深々と頭を下げた。過去に何があったのかは今のソラには全く分からない。思い出したくても、記憶が無いのだ。

  結論。

  この謝罪に対し、今のソラが返すべき言葉はない。仮に少女が一番望む言葉を知っていたとしても、軽々と口に出してはいけない。だから、これだけは言っておこう。


  「過去に何をされたかは分からないけどさ。そゆのは、記憶が戻った俺に言ってくれ。その時、ちゃんと許すから」

  「そうか。ならばそれまで暫し別れじゃ。そうじゃ、能力は既に使える状態じゃから心配せずとも良いぞ。じゃあの」

  「えっ?ちょっそれどういう……」


  神は足早に、一番大事な事をサラリと言って、行ってしまわれた。というか、光となって消えた。勝手に謝って、この空間の事とか、あの神の名前とか、能力についてとか、肝心な事は何一つ教えず消えてしまった。なんてせっかちな、自己中な神なのだろうか。

  再び孤独の身となってしまったソラは、一先ずこの空間から脱するため立ち上がる。

  瞬間、あの嫌な感覚が蘇る。

  先程までの足場は足場でなくなり、ソラは再び、闇の中へ真っ逆さまに落ちてゆく。

  まるで、時が動き始めたかのように。


  「ぐはっ」


  臀部を思い切り地面に叩きつける形で転落。気付くと、そこには見覚えのある廊下が広がり、目の前には仁王立ちするカグラの姿があった。状況が全く理解できていないソラに一言、彼女は告げる。


  「死にたくなければ、下がってなさい」

  「あ、あぁ……」


  言葉一つ一つに、怒りが込められている。その真意は不明だが、これ以上怒りの矛先を此方へ向けられては困るので、言われた通り後方へ退がった。

  ソラの更に背後にはユイ達も居て、ソラの姿を見るや否や、勇者の生還が如く迎えてくれた。


  「ゾラっぢーーー!!!もう、アダジを助けで自分だげ犠牲になるどが止めでよ!めぢゃくぢゃ心配じだんだがら!バガ!」


  一番に抱きついてきたのは、助けた本人、ユイである。相当心配していたようで、頬を真っ赤に染め、大粒の涙を零しながらソラに文句を垂れていた。


  「ご、ごめんって!分かったから!ちょっ俺の服で鼻水拭くなよ!!」

 

  心配してくれるのは嬉しいし、多少罵声を浴びるのも仕方ないだろう。だが、お願いだから、服だけは勘弁してくれ。割とお気になんだ。

  彼の願い叶わず、涙と鼻水の多少の涎で迷彩柄に変わっていた。他の二人はその様子をニヤケ顔且つ生温かい目で眺めている。その姿に多少の怒りを覚えたが、怪我もなく全員無事でとりあえずは良しとしよう。

 

  「感動の再会中申し訳ないのだけれど、少し静かにしててくれるかしら。気が散る」

  「は、はぃ……」


  萎んでゆく四人を尻目に、カグラはマグマがいる崖の真上に立つ。先程の攻撃で崖付近の足場はいつ崩れてもおかしくない状態になっていた。

  そう、まだ安心するには早い。こうなってしまった元凶はまだ目の前にいるのだ。先程と比べると、大分穏やかな気もするが。


  「そういえば、さっきまでのあの威勢はどこにいったんだ?」

  「うーん。それがね、ソラっちをマグマに突き落とした後、急に大人しくなっちゃったの。まるでソラっちに怯えていたみたいに」

  「それはないだろー。大方、あの攻撃で体力使い果たしたんじゃないか?」

  「そ、それもそうだねっ」


  ユイは歯切れ悪く答える。ユイならまだしも、能力が何かさえ分からない彼になぜ怯える必要があるのだろうか。そういえばあの少女も、能力がどうとか言っていた気がしたが……。


  「じゃあ、暫く頭を冷やしてきて貰おうかしら」


  カグラがそう告げた瞬間、マグマの水位がゆっくりと、音もなく下がり始める。まるで、地面に吸い込まれるかのように。皆がその行方を見つめる中、ソラ一人だけがこの現象に疑問を抱いていた。カグラの能力を知らない、ソラだけが。徐々にマグマの水位が下がってゆく中、ヒト型のマグマは叫びにも似た音をあげ、必死に踠いている。しかしその行為自体無に等しく、確実に、無慈悲に、成す術無く下へ吸い込まれてゆく。

 

  「おい、なんだよ。これ……」


  マグマ溜りが無くなり、本体の腹部辺りまで地面に吸い込まれたところで、ソラが声を漏らす。目の前に映るのは、白かったはずの床が闇色の何かで覆われ、その中へマグマが沈んでゆく、現実味のない光景だった。


  「アレがカグラの能力、空間操作。テレポートとかワープの類よ。きっと何処か気温が低い所へ転移させて冷やしているんだと、思う。」


  ソラの横でハヅキがそっと呟く。突然の解説にソラは思わず「なるほど……」と空返事をしてしまった。

  テレポート、つまり物体を離れた空間へ転移させることだ。そんなこと、SF映画でしか見た事がない。ハヅキやユイ、ソウマの能力も充分SFじみたものだが、彼女の、カグラの能力は、何というか……。


  「次元が違う?」


  まるでソラの考えを見透かすかのようにハヅキは口を開く。驚くソラと目が合うと、ニッと満面の笑みを溢しユイの元へ去ってしまった。彼女の初めて見せる表情に魅了されたソラは、顔を赤く染め、ただその後ろ姿を目で追っていた。

  彼が魅了されている間に、マグマはその全てを闇に呑まれ、代わりに巨大な穴が姿を現わす。


  「頃合いね」


  カグラは小さく呟くと、ワープゲートを閉じた。皆が見守る中、彼女はそっと手を宙に掲げる。すると、今度は上空に新たなワープゲートが出現した。そこから流れ出でくるのは、大量の砂。あれは恐らく先程のマグマが冷えて固まったものだろう。塊が粉々になっている理由は見当もつかないが。

  滝のように流れ出る砂は、やがて巨大な穴を埋め尽くす。彼らはその様子をただ眺めていた。

  砂が全て流れ出ると、最後にパンツ一丁の少年がゲートから吐き出された。少年は気を失っており、そこへ救護班が向かう。マグマ化しても、パンツは大丈夫なんだな。


  「お腹空いた……」


  仕事をやり終えたかのようにカグラは伸びを一つすると、ソラたちを尻目に不敵な笑みを溢す。そのまま彼女は地面へ吸い込まれるように消えていった。

  カグラのいた場所には、微かにワープゲートの痕跡が波紋のように広がっていた。

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Re*Birth 星野泪 @Rui-Hoshino

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