ランキングに載りたい!
おもちさん
ランキングに載りたい!
暇だ……。
本当に暇だ。
開店してから既に3時間が経過している。
中にどころか店先にすら人がやってこない。
時計は短針が12をいくらか過ぎた場所を指していた。
飲食店であれば1日の指折りのピークタイムだろうが、うちに限ってはそうではない。
疎らどころか一人もいないのだ。
この惨状はうちだけかと言うと、そういう訳でもない。
周りの出店者も大半は似たような悩みを抱えていた。
誰も彼もが「客がこない」「暇だ」「このままじゃ廃業だ」と、お決まりのセリフを口にする。
この商店街自体が過疎地かと聞かれれば、答えはノーだ。
津々浦々から異常なくらいにここに人が連日集まる。
平日、土日関係なく数万人が毎日のように訪れるのだ。
ではその人々は今どこにいるのだろうか?
彼らはランキングで紹介された店に向かう。
日間ランク、週間ランク、総合ランクに掲載された店舗のうちのいずれかに、人々は吸い込まれていく。
大半がではなくほぼ全員が、だ。
ランク外の店に行こうなんて客はまず居ない。
今も商店街の入り口付近を見ると、規格外の行列が何本も延びていた。
あそこの青年男性に偏った客層の店は日間ランク1位の店。
通路反対側の店は、変わり種がウケてヒットした週間ランク常連の店。
美人の店員を何人も雇って繁盛しだした店もあったか。
行列の先頭を探ると、その先にあるのは全てがランカー店だ。
彼らは他の無名店には目もくれず、ただただ人気店にのみ並ぶのだ。
このエリアにどれだけの人数がやってきても、ランカー店や人気店は商店街の入り口を固めているため、客足もそこで止まってしまう。
こんな奥まった場所にある、無名店まで来る人は極めて稀だ。
うまくいってるとすれば女性をターゲットにしたり、今までにない商品を生み出して運良くヒットした店くらいだ。
大繁盛とまではいかないが、そこそこに賑わっている。
少なくともうちなんかよりは、ずっと……。
今日何度目かわからないため息を吐きながら店内に戻った。
出店して間もない店内は、まだ木の匂いがはっきりと感じられる。
それが一層気持ちを沈みこませる。
「まだ始めたばかりなのに、もうクライマックスか?」と煽られているような気がして。
カウンターの隅には、商店街の店に配られる速報が置かれていた。
読んでいたら感情が昂ぶってしまい、そこら辺に叩きつけてそのままにしていた物だ。
この商店街速報には各店が投票されたポイントが掲載される。
特にランカーのポイントは一番目立つ場所で紹介されているのだが。
その数値を見て愕然としてしまった。
ここへ訪れる客は投票ポイントが与えられる。
1人につき10ptの投票権を持ち、そのポイントを好きな店に好きなように投票できる。
それを日々集計して情報発信しているのが、この速報だ。
その表面には暴力的な数字が踊り狂っていた。
日間1位はたった1日で3000ptも入っている。
週間1位は1週間だけで20000ptも入っていた。
オレの店はというと、知り合いがお情けで入れてくれた20ptのみだ。
界隈トップの店と比べるのもおこがましいが、この天と地の開きはなんなのか。
そもそもランキングに載るにはポイントが必要なのだが、そのポイントがランカーに全て吸い尽くされてしまう。
下層店が1、2pt稼いでいる間に、かれらは1000や2000を手に入れているのだ。
この状況でどう勝負しろというのか。
ランキング入りできなければ客が来ない。
客が来なければポイントが入らない。
ポイントが入らなければランク入りできない。
完全に構造的な欠陥だった。
下層が這い上がる要素が欠片もない。
出店者仲間にその話を持ちかけてみれば「オレたちのコンテンツに魅力がないだけ」だの「ただの僻みでしかない」と言われるばかり。
そうなのかもしれないし、そうじゃないのかもしれない。
頭の中で数々の「なぜ?」が生まれ、答えを得ないまま消えていく。
そしてそのうち疑問すら抱かなくなって、この境遇に慣れきってしまうのかもしれない。
いっそそうなってしまえば楽なのだろうが……。
やめよう。
やめてしまおう。
そう考えた瞬間、心がスッと軽くなった。
こんな想いを抱きながら続けても、何も良いことはない。
惜しむ人の居ない店だ、今から閉店にしてしまっても誰も困らないだろう。
手早く制服を着替え普段着に戻り、まだ昼の1時だというのにシャッターを閉ざしてしまった。
きっと2度と開くことはないだろう。
商店街の入り口へ足早に向かう。
何度も行列の横を過ぎていく。
前のオレだったら苛立ちや羨望の気持ちが湧いたのだろうが、もうオレは「関係のない人」だった。
おびただしい列を作って並ぶ人たちの中には、混雑具合に文句を言っている者や、サービスに対して不満を口にするものが少なくなかった。
そんなに文句があるなら別の店も探してみたらいいのに。
そう思っても口には出さず、商店街を抜けた。
しばらく歩いて振り返ると、ようやく見慣れてきた入り口のアーチが見えた。
あれを初めてくぐった日は緊張と喜びに満ち溢れていたっけ。
こんな気持ちになって去ることになるとは、あの時は考えもしなかったな。
結果はともかく今まで世話になった場所だ。
人目も気にせず、ゆっくりと一礼をした。
ふと気がつくと、手にはポイント記録用の筆ペンを握りしめられていた。
このペンのインクが無くなる程にたくさんポイントを貰おう。
そんな事を考えながらコンビニで買ったんだった。
これもまだ良い思い出とは言えないが、いつの日か酒の肴に出来る日がくるだろう。
アーチは今も変わらず、あの日と同じようにただずんでいる。
その象徴とも言えるオブジェを見つめながら、
オレは「今までありがとう」と口にして、
静かに筆を折った。
ランキングに載りたい! おもちさん @Omotty
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