第8話

 それは、男が泊まった初日の夜。最近学び始めている字の練習をしていると部屋の扉が叩かれる。入ってきたのはミアだ。


「アリソンちゃん。今日はどうしたの?」

「今日刺繍を渡したお客さんを監視していてほしい。あの人、いろいろおかしかったから」

 というのも、あのお客が持っていたモノたちは男と出会ったばかりのようであったから。長旅をしてきたように振舞っていたので、ちぐはぐなのだ。

 ミアが今部屋に来たのも偶然ではない。刺繍を持ったお客が来たら部屋に来てほしいということにしていたのだ。その内、縫われた絵によって意味を持たせようと思っているのだが、それまでには時間がなかった。


 ミアにお客の感想を伝えると、了承し明日から監視するといった。

「でも、この宿で何かするって決まったわけじゃないからあまり時間は割けないよ。逆に言えば何かするそぶりを見せたら、確実に捕らえるけどね」

 長期宿泊のお客さんにも手伝ってもらうようだ。そのかいもあってか、次の日から当のお客は不審な行動をするようになったことが確認できた。これにより、ミア含め宿も本腰を入れて捕まえることにしたようだ。


 不審な行動は宿泊用の部屋に近づき、中の音に耳を澄ませたり、隙間があれば中をのぞいているようだった。何かを探しているようにも見えるので盗む瞬間をとらえる算段をしている。

 そして、その数日後に私の部屋で捕まることになった。


「で、あんたはどうしてアリソンちゃんの部屋に忍び込んだのかな?荷物を漁ってるから体目当てではないだろうけど」

 お客、いや男は沈黙を保っている。

「アリソンちゃん、あの荷物ってギルの?」

「うん。けど今はわたし預かり。あるのは武具だったり小物系だよ」

 ミアは私の言葉を聞きながら荷物に近づき中から小物をいくつか取り出す。

 男を取り押さえたお客さんたちは一件落着とでもいう風に部屋に帰っていきます。


「あんたの目的のものはこの中にあるか?答えな。でないと壊すよ」

 そんなことをされると私とギルベルトが困るのだがミアはそんなことをしないと分かっているので何も言わない。

 命令口調で言われた男は体が強張り、恐る恐るミアが広げた小物に目を向ける。そのうちの一つに注目する。

 ミアはその目を向けられたものを手に取らず、指をさす。

「これ、理由は?」

 男は頷き、喋りだす。


「ああ、それを盗ろうとした。どうしてもそれが必要だったんだ。俺の頭痛を治すためには」

 ミアと私は首をひねる。なぜ頭痛の話になった?

「どうして頭痛を治す話になってるの」

「あの日から頭の中で女の声がするんだ。返して、返してってな。夜に寝るたび、燃える家の中で聞こえるんだ」

 ミアは促す。

「俺は最初、トラウマでうなされているだけだと思ってたんだが、日に日に痛みが強くなっていくんだ。途中からは耐えられなくなり何を返してほしいのかを探し出したよ。探し始めてからは頭痛が少し収まったんだ。やめたら痛みが増す。これはトラウマでも何でもないって思ってからは本気で探し始めた」

「それで、その頭の中で言っている女の人はこの手鏡を返してほしいわけだ」

 ミアは私に振り返り、手鏡について聞いてきたので答える。

「その手鏡はギルベルトが仕入れてきたって言ってたよ。半ば無理やりに売られたって」

 ふと思い、私は男に聞く。


「もしかして、あなたが無理やりに売った人?」

「ああ、そうだ。俺がその鏡を売った日から頭痛がひどくなったからな。女はその鏡を返してほしいんだろ。俺も頭痛を治したいから返したい」

 ミアは呆れたような顔をして男を見る。

「あんたね、その頭痛を治したところでもう普段のようには過ごせないよ?」

「わかってるさ。ところで、お前、最近何かでかい事故があったことを知ってるか?」

 ミアは首を振る。

「じゃあ、お前とこれ以上話すことは何もないな」

 といったあと男は話を打ち切る。ミアが何を話しかけても応じる様子はない。

 私は男にあることを言った。すると男は私に目を向け、私となら話を応じるようになった。


「あの鏡は、持ち主のところに帰りたいって言ってる。あなたは持ち主の場所を知ってるの?」

「お前、女が見えるのか?」

 私はそれを否定する。

「私が見えるのはモノの感情だけ。もちろん、モノによって見え方も変わってくる。あなたが今ここで捕まってるのも、あなたの持っているモノを見たから。あなたに憑いてる人は見えない。」

「女は見えないのか。女だけ祓うこともできないのか。なあ、あんた。場所を教えるから見逃してっがぁああぁあ!」

 男は突然叫びだし、突っ伏する。しばらくすると再び体を起こす。少しふらついているようだ。

「くそっ、俺に返させろってか。なあ、あんた。その鏡を俺に渡して開放は無理だよな」

 ミアに確認を取る、当たり前だが無理だ。男は別の案を出してくる。

「あんた、その鏡は帰りたいんだよな。あんた自身も返したいか?なら、一緒についてきて返してくれないか?俺は痛みから解放されたいんだ。いまも少しだが痛いんだよ」

 ミアは、私に任せるようで少し考えたのち、男に向かってではなく、いるであろう女に声をかける。

「その男とわたしと、ミア。あともう一人と一緒に返すからあと1週間待ってくれない」

 伝わったようで、男の顔が変わる。何かから解放されたようだ。

「痛くねぇ、俺は解放されたのかっ痛ぅ。まだいるのかよ」

 男はともかく、女には伝わったのでミアに事情を説明し、一週間ほど待ってくれるように説明をする。男はこの宿から出ると頭痛が激しくなるようになったので逃げ出すこともないと思う。

 なぜ一週間なのかは、ギルベルトがそのぐらいで帰ってくるからだ。あれだけ探していたものを本人なしで終わらせるのも報われない。


 そんなこんなでギルベルトが仕入れから帰ってきた。

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商人とは何か? 秋楓 @unknowun

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