第7話

 日が明けてからギルベルトは情報収集に出かけた。私は宿に残っていたが、手持ち無沙汰だったのでミアに申し出て宿の手伝いをすることにした。

 食堂では働くことが出来ないため宿の受付を請け負った。ミアの手の空いた時間を利用して受付の仕方やお金のことなどを学ぶ。


「お客さんが来たらまず、泊りか食べに来たかを聞いてね。泊りなら受け付けて、食べにだったら食堂に案内して」

「わかりました。他に何か注意することはありますか?」

 ミアには最近は仲良くなり始めて、言葉を崩していたが『仕事中は敬語にしてね。切り替えをきちんとしないといつボロを出すか分からないから』とのことだった。

「うーん、危ない人だってアリソンちゃんが判断したら何か合図があればいいんだけど。どうしよっか?」

「ミアさんはどうしてたんですか」

「えっとね、私はまず食堂に案内して食事をしていた人と一緒に捕まえてたよ」

 私には到底できないことだ。

「とりあえず、何か考えておきます」


 仕事を始めて数日がたった。鏡のことは進展がないらしく、難航している。どうも鏡を売ってきた人が探しても見つからず、火事が起きた家も片づけられた後だったので住んでいた人が今生きているのか、亡くなっていた場合はどこに埋葬されているのかわからなくなってしまったのだ。

 受付についても基本的に長期滞在が大半を占めているのであまり人が入ってこない。人が来ても食堂行きだ。手持ち無沙汰だったから仕事をしたかったのにこれでは部屋にいるのとあまり変わらない。違うことを上げるとすれば入り口前を通る人を眺めることが出来ることぐらい。


「アリソンちゃんが受付を始めてから食堂は仕事が増えたよ。売り上げには貢献しているわ」

「わたしは仕事をしていません。ここに座っているだけです。ここに座っていてもできる仕事をください」

 少し笑いながらも持ってきてくれたものは針と数種類の糸、布、そして円形の木枠だった。

「これは?」

 糸に目を奪われながらもミアに聞く。

「刺繍道具。布に絵を縫う道具よ。見本を見て、これは鳥を刺繍しているの。かなり簡単にしてるけどね。これをハンカチとかにして食堂で売るの」

 これも仕事の一種だというのなら喜んでやろう。最初は初めてのことなので当然のごとくよくわからない生物が描かれたが、ミアに教えてもらいながらも完成品第一号が出来た。


「始めてから数時間で見本と変わらないって、上達が早すぎよ。でも、これならもっと頼めるわね」

 ミアはそのあといくつかの見本と大量の布と糸を置いて行った。見本以外にも自分で思い付いたものを縫っていいと言っていたが、思いつくものなどギルベルトの商品ぐらいのもので。いま何があるかな、ランプか鏡か。


 ギルベルトが収集を切り上げて他の町に仕入れに向かうと言い出した。一月ほどの旅で本腰を入れて調べるために、ここに留まるためのお金を集めるという。仕入れに向かっている間のお金は支払っているので心配はいらないそうだ。

 これだけ集中して情報収集しているのに、何も出てこないのはおかしい。逆に、隠しているヤツがいるってことで、放置しても情報は劣化しないというのがギルベルトの推測だ。


 ミアがまた愚痴を言いに来た。私の刺繍の御かげで売り上げは上がっているが仕事の量は増える一方だと。本人を目のまえにして愚痴を言うのはどうかと思うのだが、私も気にしないしミアも気にしていないようだ。売り上げが上がったからお小遣いが増えたと喜ばれたことも有る。


 ギルベルトが街を出てから一週間がたつ頃、宿に一人の客がやってきた。宿泊希望なので部屋を案内する。するといっても自由に動けないので口頭でだが。客は男で荷物は少ない。街につい先ほど来たばかりなのだろう。フード付きのコートを着て、中に小ぶりの鞄を背負っている風に見える。頭からブーツの先まで見ながら、部屋を決める。

 部屋に向かおうとする男に、刺繍したものを食堂にいる人に渡してほしいと頼む。ここから離れられないのでどうしても溜まってしまうのだ。

 男は了承し、刺繍を受け取る。描かれたものは木や望遠鏡、盾やペンなど様々10数枚。


 数日後の夜。普段通りに部屋で寝ていると、物音が聞こえる。孤児院にいたころに比べると眠りは浅くないが、やはり音にはいまだに敏感だ。

 音は鍵を開けてから扉をできるだけ音をたてないように開ける。忍び込んできているのが見て取れる。

 部屋の奥に移動して商品を置いている荷物をあさっているようだ。お目当てのものが見つからずに焦っているのか、音を抑えなくなっている。

 その時、私の布団が吹き飛び中から。侵入者は驚いたのか一瞬止まったがすぐに動き出し、扉から逃げようとする。しかし、扉から宿に泊まっていた男衆が入り退路を塞ぐ。またも止まった男にミアさんが背後から飛びつき抑え込みに入り、男たちもそれに加わる。関節を抑え込み、舌を噛まないように布を噛ませる。

 男は逃げられないと悟ったのか、抵抗をやめる。ミアはベットの下からロープを取り出し、改めて縛りなおす。


「これで、おわりっと。で、あんた。女の子の部屋に侵入して何しようとしてたのかな?」

 ミアさん、顔が笑顔ですが目が笑っていません。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る