帰りたい手鏡

第6話

  ギルベルトと誓った数日後、エルさんが大きめの荷物をもって宿にやってきた。服の仮縫いが終わったのだろう。


「数日ぶりね。そういえばあの時に名前を聞いてなかったわ。改めて、私はエルヴィン・ハルタイト。お嬢さんのお名前はなんていうのかしら」

「お久しぶりです。わたしの名前はアリソンです。今日は服のことでいいんですよね」


 今日のエルさんはお店じゃないからか、それとも外に出るからなのかパンツスタイルだ。黒を基調にして赤が少し入っている。髪型はバレッタで止めてある。

 その手に持っているものは服が何着も入っているであろう大きめの鞄だ。

「そうね、お嬢さんの部屋は今空いているかしら?なければ、一つ私が借りるわ」

「大丈夫ですよ。一緒に住んでいる人は今出ているので」

 私の言葉にうなずいたエルさんは店を見渡す。ミアを探しているのだろう。事実、ミアを見つけて駆け寄っていく。

 ミアはエルさんの気が付くと挨拶をして、宿の他の人に何かを伝えている。そして、エルさんと話しながら私のもとに戻ってくる。

「ミアちゃん。今日は一緒によろしくね」

「はい、アリソンちゃんを着飾っていきましょう」

 逃げたい気分だ。


 部屋についてからは、やはり服を最初に脱がされ服の下に来ていても大丈夫のような肌着をミアに着せられる。

 その間、エルさんは鞄の中に入っていた仮縫いの服を机やベットの上に広げている。明るい赤や静かな青、豊かな緑や何色にも染まる白など、全部で10着ほど。

「あの、これ全部着るんですか?」

「ええ、基本は着てもらうわよ。でも、もしかしたら数着で済むかもしれないけど。私が手掛けたものだけど、お嬢さんに似合わないと思ったらその分今着るものは減るわよ」

「エルさん、姿見持ってきました。早速始めましょう」


 その言葉を皮切りに着せ替え人形が現れる。姿見を壁際に立てかけその前に椅子を置かれる。私二人の手で服を替えられる。


 1着目は体力も減っていないので楽だった。私の希望だった紺のズボンでもあった。種類は私にはよくわからなかったがエルさん曰くワイドパンツだそうで。私が足を骨折しているから締めるものでないものをまず持ってきたそうだ。上は7分丈の白色のワイシャツ。襟にバラのワンポイントがあるものだ。

 2着目はワンピース。ノースリーブでタートルネック、腰のあたりで広がっていく形だ。白に植物が描かれている。髪型をもこもこしたもので結って左から前に流している。小物として耳に穴をあけないイアリングを付けている。


 その後も何着も着せられて体力がなくなってきた。二人は私ほどじゃないけど疲れるはずだ。けど、なんでそんなに元気なんだろう。

「私も疲れてるよ。でもアリソンちゃんみたいな可愛くて綺麗な子を好きにできるなら私は頑張るよ!」

「お嬢さんの服は私が作ったものだからね。実際に着たところを見ないといけないの。疲れてる場合じゃないのよ」

 一応二人も疲れているらしい。


 すべての服を着た後、ハルタイト呉服店に戻って少しの修正をしたら正式に縫ってまたこの宿に届けることになった。

 私は元から来ていたギルベルトの服を着なおそうとする。すると、エルさんに見咎められた。

「お嬢さん。その服、この前も見てて思ったのだけれど、合ってないわよね。私が今ここであなたに合うようにしてあげる」

 服を取り上げられ切って縫ってをしていく。あっという間にひもで結んだりしなくてもいいようになった。けど、この服ギルベルトのだったけど勝手にしてよかったのだろうか。まあ、してしまったからもう元には戻らない。


 服を手直ししたエルさんは店へと帰って行った。ミアは満足したように仕事へ戻っていく。ギルベルトは日が暮れてから帰ってきた。

「何か売れた?」

 帰ってきたギルベルトが笑顔だったから。

「ああ、売れたぞ!この前アリソンが言っていたレイピアが売れた。間違える可能性もあるからしっかり売る相手を見てから売った。ほかにもいくつか売れた」

「あのレイピア売れたんだ。じゃあ売れる予感が今日だったんだね」

 あの綺麗だったレイピアは今も綺麗なままだろうか。私は、そんなことを思う。


 ギルベルトが荷物の整理をしていると私はあるものを見つけた。ほかの商品は普通のモノか綺麗なモノに対し、それは他のものとは違った。

 私はそれを手に取る。ギルベルトはそんな私に気が付く。

「それ気になるか?今日仕入れたんだ。つっても仕入れたくて仕入れたモノじゃない意だよ。公衆の面前で泣きつかれたから仕方なくだ」

 手に取ったものは鏡だ。鏡面を見ると私の顔をしっかりと映す。持ち手や淵には何もないただの鏡だ。けど、私の目には鏡そのもの以外も見える。

「これ、すごく汚い」

「汚い、これが?ものとしては綺麗だと思うがな。・・・もしかして、お前の目にはそう見えるのか?」

 私は頷く。

 この鏡は所々煤けて焦げていて、鏡面は赤く揺らいでいるものを映し出す。

 ギルベルトに鏡の様子を伝えると、最近ここらで火事があったことが分かった。


「もしかすると、その鏡は火事の時に持ち出されたものかもしれない。火事場泥棒か、それとも流れてきたか。あの様子だと火事場泥棒が正しいか」

 私は、この鏡が思っている感情を読み取り、悲しむ。

「ギルベルト。この鏡、持ち主のところに帰りたいって言ってる。離れ離れは嫌だって」

「俺に言われてもできることは少ねえぞ」

 言いながらも、行動はしてくれるようだ。これで鏡も持ち主のところに帰れるだろう。

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