第5話

 ハルタイト呉服店から出るころには日が暮れかかっていた。それだけ長く中にいたのだろう。ミアに背負われて帰路につく。


「にしても、エルさんはすごかったね」

 エルとは先ほどの女性のことで正しくはエルヴィン・ハルタイトという。まさかの店長を連れてきていたのだあの店員は。

「スリーサイズだけじゃなくて腕の太さとかいろいろ測られた」

 そう、なにがすごかったといえば私の服を作るとなってから様々な道具を持ってきて隅々まで測っていったのだ。誤差も許さないように。

 そのかいあってか、私にぴったりの服を作ってくれるようだが。嬉しいのかどうかが自分でもわからない。なにせ、仮縫いのものをいくつか宿に持ってくるというのだ。つまり、着せ替え人形がもう一度現れることとなる。

「私のも一着頼んじゃったしね。お金も後払いでいいって言ってくれたし」

「よかったね、服を作ってもらって。わたしはいくつの服を着なければいけないのか今から心配だよ」

「大丈夫、その時は私も参加するから!」

 そんなわざわざ私の顔を見て言わなくても。ミアは着せられるほうじゃなくて着せるほうでしょ。心細い心配はしてないから。


 宿についた後は男に前金のための銀貨1枚を引いて、残りの3枚を返す。そして、服屋でのことを話す。当然のごとく笑われた。

「まあ、いいんじゃねえの?自分に合わない服を着てたらそれだけで商売仲間にバカにされるからな。今から自分に合う服を探すのもいいぞ」

「服を着るのはわたしもいいの。でも、着せ替え人形になるのは嫌」

 あれはとでも疲れるのだ。着て脱いで、また着て脱いでを何回も繰り返したら当然腕が疲れる。また後日に同じことをするとなると逃げ出したい気持ちもあるが、前金をもう払ってしまっているし宿の場所も教えてしまっている。逃げることは許されない。


 ベットに座り男の荷物を観察していたら男が一枚の紙を私に見せた。何やら文字がいくつも書かれているが。

「お前の名前一覧だ。頑張ってここまで減らしたが、最後に決めるのはお前だ。なにせ、これから行商人としての名前だからな。自分で選んだほうが愛着湧くだろ」

 私の名前だったらしい。紙を手に取り私の名前候補を流していく。ところどころ補足と書かれたものがあるが、私は簡単な文字しか読めないためなんて書かれているかわからない。

「名前の意味ってあるの?」

「ああ、全部にあるぞ。何が気になる。読めないなら答えてやるぞ?」

 私はここに書かれている名前の意味をすべて聞く。だけど気に入るものはなかった。何かが違うと思ったのだ。

「気に入らねえか?頑張って考えたんだがなあ」


 男は頭を抱え机に戻ろうとしたが紙を見るのに注意を向けていたらしく、足元のごみ箱に足を引っかけてしまった。

 中からいくつかの丸められた紙が出てきた。これらも名前の候補だったものだろうか。男が減らしたと言っていたのでそうなんだろう。ごみを集めていると、一つの名前しか書かれていないものを見つけた。


 書かれていた名前は、『アリソン』だった。


「あッ、それは!」

 男は額に手を当てていた。

「これって何の意味があるの?」

 男は少し顔を赤くしながら、今までは紙を見て読み上げていたものを空で読み上げる。

「その名前は、『太陽の光』っていう意味だ。ほかの名前は頭に思い付いたものばかりだが、それだけはない頭を捻って作った名前だ」

「どうして太陽の光なの?」

 言葉を少し詰まらせながらも律義に説明をしていく男。

「お前が、あのランプについて教えてくれただろ。あれな、師匠が最後に仕入れたモノなんだ。わざわざ細工師に頼み込んでな。なんでそこまでしたのか今まで分からなかったんだよ。けど、今日お前のおかげで少しわかった気がするんだ」

 男は一呼吸置き再び言葉を紡ぎだす。

「だからな、教えてくれたお前にやれてよかったものを考えてたんだ。そこで出てきたのが太陽の光、アリソンだ」


 正直この男の気持ちなんかどうでもいいが、私のために考えてくれたのだ。それに、私の心にも突っかかることなく入ってきた。

「よし、私の名前はこのアリソンだ。あんた、私の名前はアリソンだ!」

 男は少しバカ面をさらしたが少しにやけ、笑い出す。そして私に手をさし伸ばす。


「アリソン。お前は俺の、ギルベルトの弟子だ!この俺から受けた名前、絶対に捨てるんじゃねえぞ」

 私は男の、ギルベルトのさし伸ばされた手を握り返す。しっかりと、逃がさないように。

「ギルベルト。わたしはあんたの弟子だ。逃げだすなんてするもんか。わたしはあんたの技術すべて盗んでやるよ」


 私は、今日。生まれの名と孤児院の名、どちらも忘れることなく捨て、行商人の名。アリソンを名乗っていく。

 ギルベルト、あんたから盗めるもん全部盗んで生きていくよ。

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