夏の記憶は血に染まり

白川津 中々

第1話

 胸のざわつきが如何ともし難かった。

 あの夏のグラウンドで見た凄惨たる悲劇を思い出すたびに血が沸き立ち、私の白い肌に、象牙のようなきめ細かい肌に、張り巡らされた血管が彩るのである。

 網目模様に展開される血の流動は生と死の象徴に思えた。胸の高鳴りが響くたびに、私は生を実感し死を予見した……!






 二年前。照りつける陽が大地から潤いを奪い、風が乾いた砂塵を巻き上げていたあの夏。グラウンドでは不良共がふざけて槍投げ用の槍に群がって遊んでいた。「土人みてぇだ」とふざけて笑う彼らの姿は土人以下の蛮族に思え甚だ不快であり恐怖であったのだが、私の持つ卑劣な小心はそれを彼らに伝える事を拒み、隣に座るクラスメイトの明美に、秘匿されて伝えられるのである。


「嫌だね彼ら。まったく品ってものがないんだから」


 明美は「そうね」と遠くを見つめながら頷くだけであった。私の話が退屈なのか、それとも遠方に空想を促す何かを見出したのか。いずれにせよ、私に、いや、私以外のものにも興味ないようで、ただおざなりに、最低限の義務的な人間の付き合いと慣習を守っていたのであった。


 彼女とは特別仲が良いわけではなかった。野外授業という、学校が公認していた怠惰な時間に私が木陰で休んでいるところ、何故だか幽霊のようにふらりとやってきて隣に座っただけであった。陰気臭い女からは梅雨の軒下みたいな臭いがしそうで嫌だったが、途端に立ち上がり去るのも失礼な気がしたものだから(それをしても彼女は歯牙にかけなかったろうが)私は仕方なくそのままにしていた。


 無言の時間が過ぎていく。私は微睡みに捕らわれ、蝉の狂騒に意識を混濁させながら目を瞑り、薄く張った汗に風が運んだ砂粒が付着するのを気にもせず誘いに応じた。その少し後。私は不良達の「危ない!」という声を聞き取り目を覚ます。

 グツグツと小さな気泡が破れるような音がする。

 音の方を見れば、明美が競技用の安い塗装を施された槍に喉元を貫かれているのであった。

 必死に呼吸を試みようとする明美は、その度に鮮血を吹き出し、乾いた大地を朱色に染めていった。


 その様を見て私は……私は!





 彼女は槍を避けれたのにあえてそうしなかったように思える。いや、それは私自身がそう思いたいにすぎないのだった。

 地味で暗いあの女が生に対し強烈な羨望を抱き、生に絶望し、生に反旗を翻し死んでいったという悪辣なる妄想を確信としたかった。明美のあの鮮烈なる死に様を崇拝し、奇跡にも等しい背徳の美を単なる不幸な事故というつまらない現実に貶めたくなかった。私は彼女の死を神秘としてこの世に残したかったのだ!


 私は彼女の朱を思い出しながら手の中を白濁に染めた。それでもなお脈打つ肉は、明美を突き刺した槍を連想させたのだった……

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夏の記憶は血に染まり 白川津 中々 @taka1212384

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