第4話

特別おいしいワケでなく、居心地がいいでもないのに、年に2回ほど吸い込まれる“町中華”がある。


ひとりで入り、瓶ビールとチャーハン、ないしはニラレバを頼む。

この店にはじめて来てから、軽く20年は経っていることに今、気づいた。


客も店も互いに気負いなく、たまたま入った体だ。たぶん、ほかの客との距離もそんな感じ。


この10年ほど、店を切り盛りするのは、調理を担当する息子さん(52歳くらい)と給仕するお母さん(76歳くらい)のふたりだ。



けれども、今日はお母さんがいなかった。

そのかわり、お母さんよりもずいぶんと若い女性(40歳くらい)が働いていた。

よく通る、気持ちのいい声で、雰囲気は、斉藤由貴とか香坂みゆきといったところ。

よく気がつくし、息子さん(いまは店の主か)とも息が合っている。


「ワンタンと餃子です」と女性が伝えると、「わかりました」と息子さんが答える。彼の丁寧の口調は前と変わらずで気持ちいい。


お嫁さんなのか?

いや、この空気は、息子さんの片思いかも……。

調理のサポートもいい感じ(私の席から厨房丸見えなので)。


なんとなく、お店全体にあったかな空気がふわっと漂っている。

なんとなく、幸せなような気がする。


こんなふうに、言葉は少なくても静かで饒舌な厨房が好きだ。


このふたりの間柄が気になるから、

また来ようと思う。

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ずっと傘を探していた。 ひさだひさ @hisada_hisa

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