幽霊の正体

五条ダン

幽霊の正体

 まぁ社会に出てみると、世の中には幽霊や妖怪よりも恐ろしいものがあるんだなってしみじみ実感するわけで。深夜2時にクライアントさんから進捗確認のメールが届いて、まだ納品物が30パーセントしかできあがっていない今この状況がまさにホラーである。


 子どもの頃は死ぬのが怖くて、というのも毎晩、たくさんの霊魂が空を飛び交う光景を見ていたからだった。月のない夜に、ぼんやりと白く光る物体が、空をスーッと飛んでゆくのだ。

 僕は恐ろしくなって、布団のなかに閉じこもっては「どうか死にませんように」と神様にお祈りしていた。


 あとで父が種明かしをしてくれたのだが、僕が見ていたのは霊魂ではなかった。家の前の道路はゆるやかな斜面になっていて、夜中でも車がよく通る。そのとき車のヘッドライトが上を向いて雲を照らすらしい。

 だから2階の窓から眺めると、雲が車のライトに反射して白く光り、まるで霊魂が浮遊しているように見えるのだった。


 幽霊の正体見たり枯れ尾花。世に存在する怪奇現象の多くは人間の思い込み、良く言えば想像力がもたらすものだと、僕は子供心にしみじみと理解した。


 そうこうグダっているうちにクライアントさんから再び連絡が来て、今度はメールではなくてLINEからだった。スマートフォンの画面に『進捗まだですか』の通知が表示される。僕は青ざめた顔で既読スルーを決め込んだ。


 思えば、幽霊らしい幽霊を見たのは小学校の卒業式前日だった。配られた卒業アルバムに、心霊写真が載っていたのだ。当時はみんな写真に大騒ぎして「幽霊ってほんまにいるんやなぁ」と頷き合った。それを担任の先生が微笑ましい様子で見ていたのが印象的だった。


 幽霊が写っていたのは、林間学校でキャンプファイヤーをしたときの写真だ。生徒たちが焚き火の周りに円を描くようにして並んでいて、その輪から少し離れた場所に、白い服を着た、髪の長い女性が立っている。

 立っている、といっても足は透けていて、宙に浮いている感じだった。


 懐かしいなと思い、そのときの卒業アルバムを引っ張ってきた。やはり女の幽霊は、今も変わらず写っていた。しかしあまりにも幽霊らしい幽霊で、出来過ぎている。ザ・ユウレイ!と言いたくなるような、オバケ屋敷のコスプレみたいな幽霊だ。もしや、これは合成写真では……。

 だって、そうだ。


 僕がカメラマンだとして、予期せぬ心霊写真を撮影してしまったらどうする? きっと、別の写真に差し替えようとするだろう。仮にその写真を使うにしても「あ、すみません。Photoshopで消しておきますねー」で終わる話だ。

 ゆえに、卒業アルバムを飾る幽霊は、きっと学校側が意図して創った心霊写真なのだ。それがいきはからいなのかどうかは判断しかねるが、少なくとも林間学校は僕らにとって、夏の不思議な思い出として心に刻まれることとなった。


 親の想いがサンタクロースを生み出すように、怪奇現象もまた誰かの願いによって世に現れるのかもしれない。


 熱帯夜にクーラーをガンガンに効かせて思い出に浸っていると、今度はスマートフォンが着信のベルを鳴らした。深夜2時過ぎだぞ? といぶかしんで手に取ると、非通知設定からの着信だった。

 おそるおそる、電話に出る。


 耳元で、低い男の声が聞こえた。


『進 捗 ど う で す か ?』


 ひいいぃぃぃ、と叫んでスマートフォンを壁に放り投げ、あとは布団に閉じこもってガタガタと震える。

 とかく恐ろしいのは、幽霊よりも現実の方である。


(了)

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幽霊の正体 五条ダン @tokimaki

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