二回目の夜はスマートフォンを起動して

 京也達が村に着くころには日はほぼ沈み、山影に微かな光を残すのみとなっていた。


 入口周辺の田畑で作業していた人影も消え、村の道を歩く者は誰もおらず、静まり返っている。


「静かだな・・・」


「明りがありませんから、日が沈むと同時に就寝しますから」


「俺の居た次元じゃ考えられないな」


 家が密集する地域に入っても、シソウクが居ると思われる建物の入口に松明が焚かれている以外は明りが洩れていることもなく、物音もしない。


 まるで村の中に京也達以外誰も居なくなったようだった。


 そんな不安を覚えながらサヤ達の家の前に着いた京也は入り口に再度立ちつくす。


 またなんと声をかけたらいいか解らないのだ。


 前回は都合よくサヤが迎え入れてくれたが、そう毎回毎回・・・


「(お手数をおかけしました、中へどうぞ)」


 そんな都合の良いことがあった。またもや中からサヤが顔を出して京也を迎え入れた。


 なぜわかるのかと疑問に思いながらも、京也は「おじゃまします」と一応声をかけて中に入った。


 持っていた水袋を下ろそうとすると、サヤが手を差し伸べるので自然と手渡す。手渡された水袋を軽々受け取ったサヤは水ガメに移していく。


 中は昼間とは違い薄暗く、中央の焚火後の上に液体の入った小さな土器から明かりが灯っているいるだけだった。


 手持無沙汰の京也は明かりの前に腰を下ろし辺りを見回した。


 暗闇の中、目を凝らすと、奥のベッドにはサクがまだ横になったままだった。出発前と違い、横にもう一つ寝床と思われる物が出来ている。


「(少しですが食事を用意致しました。大した物ではありませんが、よろしければお召し上がりください)」


 作業を終えたサヤが何か入った器うつわを京也に手渡す。


 中には山菜が数種類はいったスープが入っており、棚を見ると置いてあった食材がすべてなくなっていた。


「食べ物これからど・・・」


「(今夜はこちらでお休み下さい。上の寝台は汚れておりますので下をお使いください。私は今夜、シソウク様に呼ばれておりますので戻りません。それでは失礼します)」


 これからのサヤ達の食糧について聞こうとした京也だったが、サヤは言葉を遮るように矢継ぎ早に要件だけ言うと、一礼して外に出て行ってしまった。


「・・・」


「フラれてしまいまいましたね!」


「やかましい。とりあえずこれを頂くか」


 サヤが作ってくれたと思われるスープは京也の作ったスープとほとんど変わらず、薄い塩味の野菜スープといった感じだった。食材が少ないため、自然とレパートリーも減ってしまうのだろう。


「それでは私は交信者の言っていた動物の件を周りの精霊に聞いてきます」


「わかった。今日は通訳とかいろいろありがとうな」


「いえ、私もそれなりに楽しめましたので」


 そう言うとソウの姿が薄くなり、何も居なかったように消えていった。


 動物の件とはおそらくシソウクの言っていた森の件だろう。近くの森から動物が消えたと言っていたが、そんな事があるのだろうか。


 考えごとをしながら食事していると、いつの間にか器に入っていたスープは空になっていた。食べ物があることはありがたいが、やはり京也は物足りなさを感じる。


「まあ何も食べないよりはましか」


 気を取り直した京也はバックに入れていたスマホを取り出して電源を入れてから、中央に灯っていた明かりを消す。


「京也さんそれは何ですか?」


「これは俺の居た次元の電話だ」


「デンワ?」


「遠くの人間と会話できる道具だな」


「へー! すごいですね!!」


 興味深そうにスマホを覗きこんだ風子に「今は使えないがな」と付け加える。


 電波の通じない異次元では使える機能は限られる。さらに充電手段が無いこの次元では、何があるかわからないので使用は最低減にしなければならない。


 こんな時間になって起動したのはバックライトを使用しなくても画面が見やすいからだ。


「なあ、風子。こんな風景に見覚えは無いか?」


 立ち上がったスマホのアプリを開いて風子の方に向ける。


 そこに映し出されたのは京也の次元の世界地図だった。


 通常の地図アプリではネットからの情報なしでは地図情報を読み込むことはできないが、京也は考古学大学という関係上、講義で使用するために世界地図をダウンロードしていた。


 貴重な電池を使って京也がスマホを立ち上げたのはこの次元について知るためだ。


 埴輪は京也の居る世界に近いとは言っていたが同じとは言っていない。


 近いと言うのがどのくらいまで同じなのかが分からないが、もし京也の居た次元と地形も同じであれば時の精霊を探すのに役立つのではないかと思ったのだ。


「これは何ですか?」


「これは地図だ。この青い部分が、」


「なるほど! すごいですね! すこし違うところもありますが、ほとんど同じだと思います!」


 地図の見方を説明しようとして京也だったが、風子は京也の意識を読み取って先に理解してしまう。


 苦笑いしながら風子に違うところについて聞いてみたところ、多くは小さな島の数などでだけだった。


「んじゃ俺達が今どのへんに居るかわかるか?」


「んー、この辺だと思います!」


 京也は風子が指し示した場所を中心に可能な限り拡大してみる。


 詳細情報をダウンロードできない為、大まかな場所しかわからなかったが、どうやら京也達が居るのは日本の関西地方中央付近であった。


 その付近は京也が旅行に訪れていた場所の近くでもある。


 何か関連性があるのかと考えるが、次元の移動の理論など考えても仕方ないと割り切って、時の精霊の手がかりについて引き続き風子に聞いてみる。


「それじゃあ何十年か前に次元の歪みが起きたのはどのあたりなんだ?」


「あんまり覚えていませんが、ここよりはもうちょっと北だったと思います。」


 首をひねりながら自信なさげに風子は指差したのは、日本最大の湖の南あたり。ちょうど京都がある付近だ。


「結構距離があるな」


 地図上では数センチの距離だが、実際には60キロ以上の距離がある。しかも移動手段が徒歩だ。


 馬でもあればもっと早く到着できるだろうが、手に入れる手段がわからないし上、馬術など習ったことの無い京也には荷が重い。


 そもそも馬が居るかどうかも分からない。


「やっぱり一度何処かで情報を手に入れないとな」


 その後も京也は、出来るだけ手早く風子に一番近い都市の場所などを聞いた。


 昨日風子が言っていた山を越えた先の町は、正確にはここから30キロほど西北西に行った場所だった。京也の記憶が正しければ、この付近には、京也が向かっていた遺跡も含めて数多くの遺跡が発掘されていたはずだ。


 他にも前の歪みが発生した付近にもかなり大きな町があるらしいことも分かった。


 あらかた付近の情報を聞いた京也はスマホの電源を閉じてリュックにしまってから、サヤの準備してくれたベッドに横になる。


 干草の上に布を引いただけのベッドだったが、昨日の野宿より格段に寝やすい。


「とりあえず町に向かうんですか?」


「そうだな、もらった食料だけじゃおそらく足りないだろうから何処かで食料調達しないと」


 胸のあたりに腰掛けた風子に聞かれてこれからどうするかを京也は考える。


 歪みが出来た地点までは60キロはある。間に村があることは確認しているが、この村がそうであるように食料に余裕があるかどうかはわからないし、手に入るかどうかはもっとわからない。


 直接向かうにはリスクが高すぎる。


 それを踏まえると一度どこか大きな町による方が現実的だ。物々交換が支流であろうこの時代なら京也の持つ珍しい物があれば多少は交換できるだろう。


 一番近くの大きな町までは直線距離で30キロ。舗装されていない上に山道にもなることから、一日に10キロほどしか進めないことも考えると、三日はかかる。


 もらった食料は有難いとはいえ、多くは無い。切り詰めて食べたとしても三日もつかどうかぎりぎりだったが、他に選択肢が無い。


「その後のことは町についてから考えよう」


「京也さん意外とテキトウですよね!」


「うるさい。これでもちょっとは考えた結果だ」


 その後も京也は、風子とこれからの事や、たわいも無い話をしていたのだが、夕方に昼寝したにもかかわらず京也の瞼は次第に重くなっていく。


「ふぁ~。さすがに昼寝だけじゃ足りなかったな。そろそろ寝るとするか」


「今夜の見張りはどうします?」


「そうだな・・・、悪いが頼む。一応なにかあったら起こしてくれ」


「了解です! おやすみなさい、京也さん!」


「ああ、おやすみ。風子」


 目を閉じると京也の意識はゆっくりと眠りに落ちていき、風子はそんな様子を笑顔で見守っていた。


 その様子を見つめる者が居ることに、二人は最後まで気づくことは無ったのだった。

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異次元精霊探索記 ~精霊等と旅するだけだったはずの物語~ 乳酸菌発酵食品 @natsu00002000

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