ぽとり

信号機

ぽとり

ぽとり。


「……?」


それは私が学生の頃、夏休みも終盤の時の話だ。


時刻は夜11時過ぎ。両親はすでに就寝し、私はひとり居間で宿題をやっつけていた。


本当はもっと以前にやっておくべきだったのだがやはり遊びたい盛りの年頃、日中は遊びに遊んでしまい、結局睡眠時間を削ってやる羽目になったのだった。


そんなわけで黙々と問題を解いていた時、ふと目の前になにかが落ちてきた。


見ればそれは水滴であり、その色は赤。


暑さにやられて鼻血でも垂れたか、と鼻下をこすってみたが指には血はつかない。鼻血ではない。そもそも落ちた位置からして顔の下よりもすこし前だ。


では上から落ちてきたのだろうか。顔を上げて頭上を確認する。何の変哲もない天井。変わったものは何もない。


不審に思いつつ、目線を手元に戻す。すると先ほどまであったはずの水滴もなくなっていた。


「……?」


ノートを調べてみるが、濡れた跡どころか染みひとつない。私は、何かの勘違いだったのだろう、と結論付けて勉強に戻ることにした。


数分後。


ぽとり。


「……」


また、赤い水滴が落ちてきた。


鼻下をこする。やはり鼻血ではない。


やはり頭上から落ちてきたのだろう。そう思い顔をあげようとしたが、その時ふと私の頭の中にひとつの考えが浮かんだ。


……ここで上を見て、そこに何かがいたらどうしよう?


私はなんとなく怖くなって、少し悩んだあと、頭上を確認せずに勉強に戻ることにした。


ふたたびノートに向かった時には赤い水滴は消えていた。


やはり何かの勘違いだったんだろう、私はそう自分に言い聞かせながら、次の問題を解くべくノートにシャープペンシルを近づけた。


ぽとり。


……また、赤い水滴が落ちてきた。




私は勉強道具を放り出したまま、早足で自分の部屋へと逃げ帰った。そして上を見ないように、うつぶせになって寝たのだった。


今でもあの水滴の正体は分かっていない。

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ぽとり 信号機 @singouki

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