第2話嘘と『36』

 レビンは、とても好き嫌いが多い。

「ごちそうさま!」

「レビンお嬢様。まだお皿は空ではないですよ。」

 プレートの上にはニンジンのグラッセとグラタンのチーズだけがきれいに残されている。逆に、きれいな食べ方でなぜこんなに器用に嫌いなものだけ残せるのか気になるくらいだ。

「そうね。でも残念、もう食べられないわ。」

 肩をすくめて、レビンが席を立つ。これで引いてしまってはレビンの勝ちになる。

「いいえ、これではあと半時もすればおなか減ってきますよ。」

 レビンの目が泳ぐ。長年一緒に暮らしてきた仲だ、おなかが減ったと次に言えば何が起こるかわかっているのだろう。

「あーぁ。食べてもらえなかったら作った人も悲しむでしょうねぇ…。」

 ちらり、とレビンの顔を見る。口がぎゅっと一文字に結ばれている。もう一押しだ。

「まぁ、どうしても食べられないっていうなら。仕方ない。捨てるしかないですね。」

 がたん!と椅子に座る音がした。レビンは置いたフォークを手に取り、目をぎゅっとつむりながらニンジンを口に入れた。なるべく噛まないようにして、ごくり、と水で流し込む。

「ほ、ほら、食べたわよ!」

 眉をぴくぴくさせながらレビンが言った。

「よくできました!チーズはいいですよ。今回だけですからね。」

 僕の言葉にほっとしたレビンは、背もたれに体を預け、ずぶずぶとテーブルの陰に隠れた。長い髪だけが椅子の背に引っかかり見えている。

「お嬢様、後片付けが終わったらもう一度髪を結いなおしましょうか?」

 髪の毛がかすかに揺れた。多分首を振ったのだと思う。ニンジン受けたダメージが大きすぎて、声も出ないらしい。

「わかりました、では少し時間をおいてから伺いますので、休んでいてください。」

 もう一度髪の毛がかすかに揺れる。今度は頷いたようだ。それからずるずると、レビンは体を引きずるように二階へと上がっていった。

「ちょっとやりすぎたかなぁ。」

 遅れた反省を聞いたのはプレートの上に残されたチーズだけだった。



 朝ご飯の後片付けを終えた僕は部屋に戻った。点検と同期をするくらいの時間で、ちょうどレビンのニンジンダメージもとれるだろう。椅子の上には変わらず、僕にそっくりな少年が力なく座っていた。僕はまず首の後ろのふたを開けた。傷もホコリもついていない。次に服を脱がせ、胴体を確認。傷はなし。つついてみるときちんと弾力があり、劣化もしていないようだ。指で瞼を開く。瞳に傷もないし、中のレンズに問題もなさそうだ。最後に僕は少年の手首を見る。手首には『36』の文字が刻まれている。

「問題なし。同期。」

 僕の言葉に反応して、『36』が立ち上がる。そして僕と額を合わせた。僕が稼働していた365年間ぶんの記憶が引き継がれていくのがわかる。額を通して、最初は右手、次は左手、そして右足、左足と感覚がなくなっていく。そうしてすっかり感覚がなくなった僕はがたり、とそのまま落ちた。



 僕は、自動歩兵人形、自律人形、またはアンドロイドだ。オリジナルの、人間だった頃の僕がレビンを守るためだけに作った。僕、いや僕たちは長い間眠るレビンとともに生きるため、彼女の最後を見守るためだけに『生きて』いる。


 すべては一人を怖がるレビンを守るために。


 レビンが最期まで笑顔でいるために。


 僕がレビンとともに生きるために。


 そのためだけに、オリジナルの僕は人間をやめた。


 目を覚ますと僕は立っていた。目の前には『35』が倒れている。同期は問題ないようだ。

「前回はもっと長い間動けたのに。だめだなぁ。」

 僕は『35』を椅子に座らせた。自分とそっくりなものが床に転がっているのは何度見ても気分のいいものではない。そろそろ、レビンも元気になったころだろう。

「クライン?もういいわよ!はーやーくー!」

 少し、時間を取りすぎたようだ。

「ありがとう、『35』お疲れ様。」

 僕はそう言い残して部屋を出た。



 レビンは二階でベッドに座って待っていた。

「クライン遅いわよ。待ちくたびれちゃった。」

「む。ならレビン様が自分でやったらよいのでは?」

「あら、あなたの仕事をしたくないっていうの?」

「冗談ですって。」

 レビンにはかなわないなぁ、と思いながらブラシであえて雑にとく。レビンは迷惑そうな顔を作って、でも足は嬉しそうにぶらぶらさせる。レビンの髪は昔、僕と同じ淡い栗色だったらしい。初めて僕にあった時、レビンがそう言ってくれたから。

「ねぇクライン、今日は外に行きたいわ。」

 レビンが期待を込めた声でいう。

「いいですよ。」

「ほんとうに?私、久しぶりに村へ行きたいわ!この前のクリスマス、村のナナが私にプレゼントを贈ってくれたじゃない。それのお礼をしたいと思ってたの!」

 レビンの言葉で僕は髪をとかす手を止めた。

「レビン様、それはダメです。」

「なぜ?だって、まだ一年もたっていない―」

 レビンが振り向く。僕の顔見て、納得したような悲しげな眼をした。

「やっぱり、今日は近くの湖に行きましょう。お昼はサンドイッチがいいわ!」

 レビンは前を向いた。足は静かに床についていた。しばらく、沈黙が流れた。重たくて、きいんと耳鳴りのするような沈黙だ。

「いいのよ、クライン。あなた優しすぎるから。」

 レビンが優しく僕の手に触れる。僕よりも二回りも小さな手はとても暖かい。

「お心遣いありがとうございます。できましたよ。」

 バレッタをとめ、レビンの頭を気づくか気づかれないかの力でそっとなでる。

「ありがとう。」

 11時の鐘が鳴った。

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おやすみクライン、また明日 きおた ゆう @kiota_yuuuu

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