Hello Would

屋富祖 鐘

序章

 そこで地上戦が行われているのは明白であった。


 地にそびえ立つのは、荒廃した建物ばかり。道路には、この戦闘に巻き込まれた民間人や戦闘で散った軍人の死体がいくつも転がっている。


 腹を裂かれ、腸が飛び出している者、首を失った動体、焦げて黒炭になっている元は人であったであろう塊。様々だ。


 耐えがたい腐臭の中、そこを走る二つの影があった。足元の死体や池のように溜まった血に見向きもせず、駆けて行く。


 その風貌は、軽装の軍人のようだ。身に纏う衣服には傷みが目立つ。


 二人は四十センチ程の小銃を肩から下げ、とある建物を目指していた。


「譜月、目的地はもうすぐか?」


 二人のうち、男の方が口を開いた。上背のある白人である。


「あと五百メートル。もうすぐです」


 答えたのは長い黒髪の女だった。肌の荒れた細指を正面の虚空で動かす。


 すると、四方四十センチほどのパネルのようなものが出現し、女はそれを操作する。そして周辺の地図を表示させる。


「方向はここから北東、このまま真っ直ぐ行けば大丈夫です」


「そうか。周辺に熱源は?」


 男の質問に答えるため、女はパネルを操作する。


「周囲二キロに熱源はなし。遭遇するとなれば保安ロボだけでしょう」


 この地で戦端が開かれたのは、一月前のことだ。ゆえにこの地で未だ生きている者など数少なく、もしかしたらもういないのかもしれない。


「なら、思いっきりぶっ壊せるな」


 そう答えた男が一息つき、感慨深くこう呟いた。


「やっとここまで来たか。あいつさえ、戻ってこれば……」


 男はこれまでの苦労、そして未来に対する一縷の期待を混ぜたような微笑を浮かべる。


「ええ。あの人さえ戻ってきた――」


 女がそう答えようとした瞬間だった。


 静電気が起きた際の音を大きく、かつ長くしたような轟音が聞こえてきたのだ。


「きゃっ!」


 二人は爆風により吹き飛ばされ、地を転がる。爆風が起きるということは、敵が攻撃してきたということ。それを瞬時に理解した二人は、適度な物陰を見つけて隠れた。


「周囲に熱源は無かったはず! どこから――」


 女は驚愕しながら、男の方へ眼を向けると、


「くっ……」


 男が苦悶の表情を浮かべていた。


「どうしたんで――」


 女は言葉を失った。何故なら、先ほどまであったはずの男の左腕が無くなっていたのだから。


「リ、リーランド中尉! 腕が……」


「あんまり騒ぐな。腕ぐらいどうってことない」


 強がるが、顔は痛みによって歪んでいる。


「だ、大丈夫ですか? 中尉。今手当を――」


「……大丈夫だ」


 小ぶりのウエストポーチから応急道具を取り出そうとした女を、絞り出したような声で制した。


「傷の断面が焼けてやがる。あの音と威力。そして、遠方からの攻撃……恐らく敵の武器は06式簡易型電磁砲レールガンだろう」


 よく見ると、男の断面から出血は無いが、黒く焦げている。体から離れた腕は、今頃消し炭にでもなっているのだろう。


 簡易という名が付くものの、06式簡易型電磁砲は重量が百キロ以上あり、連射もきかない武器だ。しかし、一度敵を捉えてしまえば、音速の電磁弾で敵に風穴を開けることができ、有効射程距離は一万メートルにも及ぶ。


「撃たれたのは痛ェが、どてっぱらに風穴が開かなかったことと出血がないことは不幸中の幸いか」


 おどけてみせる男だが、表情に少し翳りが見える。


「とりあえず包帯は巻いておきましょう」


 女の言葉に頷き、取り出した包帯を巻いていく。


「レールガンの弱点は連射性能が無いこと。チャージまでは時間がかかる。つまりは今が好機だってことだ。譜月、急ぐぞ」


 包帯を巻いた男は立ち上がろうとする。しかし、女は先の攻撃を懸念してこう言った。


「ですが、レールガンが一つとは限りませんし、中尉は負傷しています。他の攻撃だって――」


「譜月」


 女の言葉を遮るように、男は右手を女の肩に乗せた。


「あいつは俺たちを助けてくれた。だからこそ、今度は俺たちがあいつを助けなくちゃならない。なら、躊躇している暇ない。そうだろ?」


「分かっています。ですが、中尉の怪我がありますし、せめて援軍を――」


「――いい加減にしろ!」


 男の突然の怒号に女はビクリと震えた。


「お前が俺を心配してくれるのはありがたい。だが、優先事項を考えろ。今回の任務はあくまであいつの奪還だ。軍人なら、任務遂行が一番大切だって分かるだろ? あいつがいなくちゃ俺らはジリ貧になるだけだ。仲間の為、守るべきものの為、あいつの奪還を今は一番に考えろ!」


 それに、と言って男の声色が優しくなる。


「あいつに一番会いたいのはお前のはずだ。こんなところで俺の心配をしてないで、あいつのことだけを考えてろ」


「……はい!」


「なら行くぞ!」


 二人は小銃を握り、一気に目的地に向かって走り出した。


 しかし、敵の攻撃は06式簡易型電磁砲だけではない。四方から戦闘ロボや自律式指向性82ミリ迫撃砲オートハンマーなど様々な敵の攻撃が二人を襲う。


「くっ……」


 身を守る為にどこかに隠れるということはしない。ただ、ただいち早く目的地にたどり着く為、二人は走り続けた。


 すると、白いひと際巨大な建物が見えてきた。その建物こそ二人が目指していた場所である。


 しかし、その行く手を阻むように十体ほどの蜘蛛型自律保安ロボットスパイダーがわなわなと建物から出てくるのが見えた。


「もうすぐなのに……!」


 正面の敵の出現に対し、憤りを現わす女だが、


「敵さんも相当行かせたくないみたいだな」


 男の言葉を聞き周囲を見渡すと、正面だけではなく、四方を様々な保安ロボットに囲まれていた。


「譜月、俺はここでクソロボット共の相手をする。お前は正面の蜘蛛型自律保安ロボットスパイダーを倒して、そのまま中に入れ」


「ですが!」


「俺のことは気にすんな! 伊達に中尉って階級を貰ってねェからな!」


 残る右腕で小銃を撃つ男。


 男の身に心配を覚えたが、先の『優先事項を考えろ』という言葉が頭の中で反芻する。彼の意を汲みためにも行動は決まっていた。


「分かりました。ご武運を!」


 男をその場に残し、女は建物に向かって走り出した。


「邪魔です!」


 腰に携えた手榴弾のピンを口で抜き、スパイダーに向かって投げつけた。


 だが、手榴弾は敵に着弾する前にレーザーによって撃たれ、空中で爆発してしまった。だが、そのお蔭でロボットたちと女の間には煙幕が張られることになる。


 女は駆けながら、持っている小銃をロボットたちに向かって撃ちだした。弾を惜しむことなく。


 弾幕と煙幕に乗じて、ロボットの間を駆け抜ける。そして、建物の中へと入り込んだ。


「流石はエヴェレット三世の研究を受け継いだ科学者たちの施設、と言ったところですか」

 

 建物に入った女は、ぐるりと建物内を見渡す。


 ヒュー・エヴェレット三世。一九五七年に他世界解釈、つまりはパラレルワールドの存在を自身の論文の中で定式化した人物である。この研究所はそんな他世界解釈を実用化しようとする研究者たちの梁山泊であった。


 しかし、この戦の為か、研究所はおろか周辺地域に研究者らしき人物の姿はない。


 人の気配がない建物の内装は独創的なものであった。壁自体が全てタッチパネルになっており、天井は青を基調としている。しかし、せっかくタッチパネルもこの地の電気が断絶されているため、使用できない。


「装置は三階にあるはず……」


 虚空に浮かぶパネルに表示された情報を確認しながら、女は階段を上って行く。


 そして、女はようやく目的地の一室に辿り着いた。広い室内の中央には、人が入れるほどの大きさのカプセル機器が三つほど置いてある。それこそ目的の物なのだ。


 ここまでずっと駆けてきた女は、乱れた息を整えながら、各カプセルに隣接するコンピューターの一つを操作し始めた。


 しかし、コンピューターには妨害用のプロテクトが何重にも張り巡らされていた。


「時間は無いのに……! 早くプロテクトを解除しないと」


 何時また敵がやって来るか分からない。投影式のキーボードを素早く打ち込んでいくと、コンピューターのパネルにとめどなく文字が並んでいく。


 そして、数分後――。


「出来た!」


 画面には〈protect clear〉の文字が表示される。


 女は稼働準備を済ませると、小銃を捨て、カプセルの中へ入る。


 カプセルが閉まると、低い機械音が聞こえてくる。カプセルが作動している証拠だ。


 女は顔に笑みを浮かべて呟いた。


「――今、そちらに行きますから。シンさん」


 瞬間、カプセルは白い光に覆われた。

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