冬の境目

冬の境目


火澄ひずみ先輩、明日は何の日か知っていますか?」


 いつになくご機嫌な秋心あきうらちゃんのお出ましである。

 こう言う時は大抵俺にとっての吉兆ではない。秋心ちゃんが喜べば火澄がげんなり……これは昔の偉い人が言った言葉だ。嘘だけど。


「明日……ねぇ」


 空中で頬杖をついてみる。なんだこの安定感のなさは。ただほっぺた押さえてるやつじゃん。虫歯かよ。


「なんですか? そのテンション。殺したくなっちゃいますよ?」


 語尾に星マーク付けるな。ピクニックに行くテンションで殺人衝動をぶちまけんじゃないよ。

 もしも彼女に尻尾が生えてたなら、ちぎらんばかりにブンブン振ってんだろうな……秋心ちゃんは犬と言うより猫なんだろうけど。

 猫の喜びの表現ってどんなだろ? 秋心ちゃんが喜んでる時はわかりやすいんだけどなぁ。いつもより発言が過激になるからさ。


「……まさか本当にわからないわけじゃないですよね?」


 殺意だ! 殺意を感じる‼︎

 殺し屋失格だぞ、もっと隠せよその禍々しいオーラ。


「クリスマスイブ……だよね?」


 いよいよ翌日に迫った聖なる前夜祭。世の子供達、そしてカップル達は浮き足立ってテレビや街頭から流れるクリスマスソングに耳を傾けている事だろう。

 俺だけなの? こんな憂鬱な気分になるの。クリスマスなんてクソ食らえ! って叫んでいた去年までが可愛く見えるくらい視界はブルーだ。クリスマスカラーって、こんな深海みたいな色だったっけ?


「あ! 知ってたんですね⁉︎ ってことはぁ……覚えてますよね? あの約束!」


 耳が生えたみたいにぴょこんと黒髪が跳ねた。どんな原理なんだろう。

 そんなこんなで溜息を必死に飲み込んだ。懸念は詰まる所、その『約束』とやらにある。

 俺は明日、この少女……オカルト研究部の後輩秋心ちゃんに告白をしなければならない。しかも、ただの告白では駄目らしい。とびっきりロマンティックな演出を要求されているのである。

 ……なんで?


「お、覚えているともさ……」


 言い返せるわけもなく、俺の返答はただひとつだった。

 もう一回言っとこうかな。

 ……なんでこうなってんの?

 秋心ちゃんは手を叩いて言う。


「楽しみです! あ、いや違った……一回やり直しますね。

 えぇー? 明日何があるんでしょう? あたし、全く想像つきませんよ‼︎」


 白々しい……なんつー忌々しいホワイトクリスマスだ。

 だって俺だよ? 火澄くんだよ? ロマンティックの存在しない星で生まれた非浪漫野郎だよ⁉︎ 女の子耐性ゼロなのに……。

 何が出来るってんだよ、俺に‼︎

 期待すんなよ、火澄くんにさぁ⁉︎

 いや、わかるよ? 明日は記念すべき日になるはずなんだから。明日で俺達は正式に恋人になる筈なんだから。

 でも、考えてもみろよ。俺がみっともない姿を晒す結果になったとして、秋心ちゃん、君は幻滅しない自信があるか?

『やっぱ付き合うの無しで』ってならないと言い切れるのか⁉︎

 怖い! 超怖い! 逃げ出したいよ俺‼︎

 明日目が覚めたら夏になってないかなぁ……。夏服の秋心ちゃんが見たいなぁ。


「今日眠れるかなぁ。明日は、放課後部室で待ち合わせで良いんですよね?」


 眠れないのは俺の方だよ……。

 何より恥ずかしいんだよなぁ、俺の考えたロマンティックとやらをお披露目するのがさ。

 絶対今後ネタにされるよ、無様な俺の姿を。


「そそそ、そうだな、とりあえずいつも通りの感じで来てくれれば良いよ」


 もう逃げられない。

 今までどんなオカルトも何となくでやり過ごしてきた俺だけど、今回ばかりは逃げ場がないみたいです。


「あたしも色々考えてるんですよ? 明日のことじゃないですけどね」


「……どう言うこと?」


「本当に楽しいのは明日よりも、それから先なんですから」


 秋心ちゃんは笑顔を絶やさない。

 その笑顔が邪悪なのかそうでないのかよくわからない。でもそれを見ているだけで、明日への不安は膨れ上がる。だからと言うわけではないけれど、俺はいつまでも彼女を見つめていたくなった。


「だから頑張って! 先輩‼︎」



つづく

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秋心ちゃんの噂 さし @nemutai610

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