10

  電車は人の体を揺らした。

 ある女性は雑誌の特集をめくる。

―――不朽の国は緒方家と戦闘した末に壊滅。ズファレは行方不明者として捜索されている。

 ズファレの作り出した不死の国は全て幻想に変わった。緒方家のカセット技術も国が回収もしくはデカルトが吸収した。


「瑠璃。何見てるの?」


 雑誌を指でつまみ、位置を調整してくる。瑠璃はされるがままにした。


「ズファレって生きてるのかなって」

「罪は結晶を積極的に取り込むから、死んでるんじゃないかな。私もそれで削ってたし」


 隣の彼女は胸の上を指でなぞる。瑠璃の癖は既に取られていた。


「それにしても、電車ってすごいね」

「私も最初はビックリしたんだ。どう動くのって」

「また一つ、やりたいことなくなっちゃった」


 手帳にペンが挟まれている。それを軸に開けたらペンを手にした。箇条書きに並ぶやりたいことリストに一つだけ線を走らせる。


「また、やりたいことを増やせばいいよ」

「何がいいかな」

「とりあえず、友達の店に行くってのは叶うよ」

「私、あいつ友達じゃない」


 瑠璃は腕時計に目を通し、そろそろかと呟いた。


「そうだね。謙也は悪いやつだ。でも、行こう。無料で奢ってくれるらしいし」

「瑠璃がどうしてもって言うなら、しょーがないなー!」


 電車の速度が弱まる。

 そこに黒髪の少年が車両を変えてきた。


「うつるも来たんだ」

「元不死身組だから。それにしても、謙也はよく復活したな」

「あの間際、何とか作ってもらったよね。ズファレがデータ残してよかった」


 黒髪の少年と共に三人は外へ出る。車外は生ぬるい風が夏を知らせる。


「アイツは好きなのか?」

「嫌いだけど死んで欲しくない」


 駅から出ると満月が登っていた。


「今日は満月だな」


 駅の周りは不浄から守るためバリケードとデコイが配置されていた。平坦な道を選び進むと、目的の扉が開いている。


「三人とも、待ってたよ」

 

 扉の先で謙也が待っていた。外観は白く青い屋根が貼っている。


「元警官」

「人生には色々あるんだよ。早く進め」


 うつるを先頭に店内へ入る。中は若者が多く繁盛していた。謙也は幸せそうな人々を横切る。予約席の札を持ち上げ、椅子を引いた。


「命の恩人さん、どうぞ」

「どうも」


 三人は席につく。うつるはメニュー表を奪い取っていた。彼にそういうところがある。


「月を見ても思い出したんたけど」


 椅子のフチを触る。用意された水のコップを指で包んだ。


「月の民って、何で連絡取らなくなったの?」


 水を口に含む。その行動を見てからうつるも同じようにした。


「それは、滅んだからだと思う。ぼんやりとした実感があるんだ」


 人は争うものだから。彼女は適当に誤魔化すので乗ってあげた。


「それにしても、みんな長生きだね」

「カセットは短命じゃなかったかな」


 うつるの前髪が揺れる。黒髪がサラリと横に流れた。


「ああ、瑠璃はまだしも俺は持って一年だ」


 瑠璃は仮の身体を用意されていた。緒方黎の体を借りていたにせよ、負担が大きくショック死する可能性がある。埋められたお仕置きの痛みは、佳夜が取り除いてくれた。


「だからこそ、未来を夢想するんだ」

「ごめん」

「いいさ。アンタらが死なないように、氷河期対策を考えてるんだから」


 メニュー表が回転して渡される。2人で高額の料理を指さした。


「お前ら、遠慮しろよ」

「DV」

「……」


 謙也は畏まりましたと注文を伝えに行った。その後ろ姿にうつるは立ち入るけどと冒頭と告げる


「アイツの顔も見たくないんじゃないのか」

「すっごく嫌だった。頭の中で勝手に思い出してしまうんだ。だから、見切りをつけるために、彼の誘いに乗ってあげたんだ。奢るぐらいで許すかよ」


 安心したと男性は調子に乗る。水のコップから水滴が落ちていた。


「黎から連絡きた?」


 瑠璃は事件以降に連絡がなかった。


「でも、海に行ってると思うんだ。それだけは分かる」

「あ、俺も思うわ」


 子供の笑い声が聞こえてくる。


「ところで、二人は付き合ってんの?」


 彼は自分に酔っているようだった。勢いで根掘り葉掘り聞こうとしてくる。彼女は上等だと息をまく。


「そうだけど?」


 佳夜の肩を抱き寄せる。当の彼女は瑠璃の頬をつねった。


「おい」

「ごめんなさい」

「結構なことだな」


 瑠璃に食事が届けられる。箸で先をつけ、あの男性を夢想した。


 縛りの亡くなった友人は海に行った。連絡が無いけれど、それに寂しさと不安はない。頼りになる明が、隣にいるからだ。


 瑠璃は海の音が聞きたくなった。

 空は月が登っている。

 

 子供たちはフィクションと共に生きていく。




完結

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月光と海のフィクション 鍍金 紫陽花(めっき あじさい) @kirokuyou

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