9-2

 都市の下で管が強固な足となる。機械から出た信者が、空に飛べますと報告していた。


「緒方さや。どんな気分?」

「私は瑠璃って名前がある」


 ズファレの部屋に振動が起きる。浮上都市は空に浮かび上がった。ある程度の高さに達するも並列移動する。


「なら、これを見てみなよ」


 信者は緒方優に布で包んだ丸いものを献上する。シワのある指が布を摘んで引き上げた。


「ああッ。ああっ!! ああー!!!」


 髪の長い女性が安らかに眠っている。肌は白く、口に髪を咥えていた。


「ミキ。君の友達だよね」


 紛れもなく瑠璃の友人。存在が不明な瑠璃を叱咤し、証明を手伝ってくれた。あの数少ない村の生き残りだ。

 信者が殺したわけじゃない。せめての言い訳をしてみせる。


「この娘も不朽の国に復讐しにきた。戦いで負けた」

「ああ、ミキ。みき。みき」

「遺体があるだけマシよ」


 彼女はミツヒデの遺体が上がってないの途方に暮れる。それはカセットを失った悲しみかと邪推してしまう。


「まあこのように。瑠璃を知る人間は死んだ」


 あまりに心がない。しかし、瑠璃もヒカルにマコのことで無神経な物言いをした。ただ沈黙するしかない。


「それでも君は瑠璃だと言えるのか?」


 故郷の村は滅ぼされた。両親は既に他界してる。黎は死に、明は機械に取り込まれていた。ミキは首だけになってしまっている。


「佳夜は」

「さあ、どこかな」

「佳夜は。佳夜は!」


 身体が痙攣した。彼女の身体は自由が効かず、唇が開いてしまう。


「ガキは黙って言うことを聞け!」

「なんで。何で」

「さて、緒方さや。君はなぜ君だと言いきれる?」


 体の痛みは塩が引くように収まった。カセットの管理人は瑠璃に傷を仕込んでいる。


「これで黎も従えたわけ」

「さやは、死にたいのか?」


 ふと緒方黎が壁に立てかけられていた。目を瞑って身動きを取らない。緒方黎の身体は、瑠璃が入り込んでいたものだ。


「私たちの仲間になれ!」

「何で、仲間にしたがる!」

「私がされたら嬉しいから」


 この魔女は安っぽい造形に、鼻を摘みながら顔を近づける。


「周りにいい目で見られて安全な場所が欲しい。氷河期はすぐそこまで迫ってるから、私は不死になりたい」


 緒方黎は二体転がっている。地面に瑠璃を狙っていた個体が落ちていた。


「その欲求を満たすために頑張ってる。私が不死になれば、みんな嬉しい!」


 佳夜は眠ったまま起きない。もう、人がいなかった。彼女の周りに敵だらけだ。


「黎……、そこにいるんでしょ?」


 彼女の囁きに耳を傾けた。優は距離をとって2体を見やる。


「何言っている。お前達が殺したんじゃないか」

「黎はどう思ってるの?」

「ふっ、惚れたのか?」

「違う。友達だ」


 突然、信者達は仰々しく笑う。部屋の中が揺れるほど酷くなっていく。瑠璃だけは頑なに口を閉じた。


「アイツに友達はいらない。カセットとしての最高傑作だ。全てを削ぎ落として、付きに献上する品物」


 その点、うつるは使えなかったと呟く。


「アイツはダメだ。うつるは悪い方に転んでしまう。だから、蘇らせる前に記憶を消すように設定してるが、それでもダメのまま」

「……」


 彼女は、自分が自分であることを確かに持つことにした。意識を挙げた時、黎が見せた過去のこと。そして、自分が見せていたであろう謙也のワガママ。彼の目に謙也のわがままは何色だろうか。


「黎。海を見に行こうよ」

「いや、お前は実験体として使われる。家もなければ知る人はいない。つまり孤児だ」

「私は、私が知っている」

「何?」


 黎は海を見に行きたいとぼやいた。死に間際に、唯一の暖かい記憶に縋っている。彼は日の当たる場所を探していた。関わらないでくれなんて、本意じゃない。

 瑠璃は管理人を睨んだ。


「黎だって、自分を持ってる!」

「……瑠璃。と言ったか」


 ズファレの部屋がざわついた。緒方優は口を半開きにしている。


「俺は、海が見に行きたいんだ」

「黎?! なんで。何でそっちにいる!」

「私が取り替えたから」

「佳夜!」


 彼女は呼吸が荒かった。悪戯の成功した子供みたいに微笑む。


「黎、瑠璃を始末しろ」

「母さん。俺、まだ覚えてるんだ」


 彼は緩やかに母へ近づく。信者は警戒して壁になろうとした。しかし、彼の身体は髪を青く光らせて、目が黄土色になっている。


「本当の母さんが、海に連れていってくれたんだ。それが忘れられなくて」

「おい! あいつを殺せ。換えはある!」


 その時、彼女の背後から1人が飛んでいく。瑠璃は思わず発生源を追った。そこには意外な人物が立ち尽くしている。


「うつる!」

「あれ。ここは、どこだ?」

「明。お前の仕業か!」


 機械は言葉を喋らない。緒方家の教祖は醜く舌打ちをした。


「私は正しいんだ。何も間違えていない!」

「母さんは正しかった。捨てられた俺を助けてくれたんだ」

「なら―――」


 緒方黎は誰も刺殺していない。片手に棒を生成し持っている。信者が開ける道の先に母親がいた。


「マコ、どこだ!」

「うつるが戻ってる」

「誰だソイツは」

「あれ。母さんがいる」

『うつるを元の時間に戻してあげたんだ』


 機械の中で脳内に直接告げる。彼女は安心して気が抜けた。


「誰が育てたと思ってる!」

「母さん、さようなら」


 緒方優の横をすぎる。彼は機械へ足を運んでいた。


「許されない。許されない! お前は私が使える人形だ!」


 うつるの一筋が光る。気付くと老婆の片腕が痙攣して血を吐き散らす。


「久しぶりだな。母さん」

「お、お前!」

「明、開けるぞ」


 機械が右側に開けられる。黎は迷わず手を突っ込んで、誰かを連れ出した。


「やっと触れた」


 彼女は割れたガラスの向こうで実感する。全てはこの時のために用意されていた。


「明、海を見に行こう」

「やっと、行けるね」

「悪かったな」


 彼女を背中に回す。棒を片手に突き上げた。緒方優が行ったように、努力を壊すときが来る。


「おい! やめろ!」

「母さんは寝てろ」


 うつるは手首を縛った。


 佳夜はるりの拘束を解く。自由になった手首で佳夜も動けるようにした。


「新しい私はどう?」

「イメージ通り」


 女ふたりのところに、うつるは遠慮なく入り込む。


「なんだ。まだカセットじゃないのか、電車の時と大差ないな。母さんはこだわり屋だから」

「マコは、明だった」

「知ってる。走れるか?」


 二人はうつるの肩を借りる。佳夜は満足したのかうつるの接続を解いた。


「ああ、よかった……」


 彼女は微睡みの中に落ちる。

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