9-1 虐待

 緒方黎は自身の母親をバックアップを取っているから、必ず復活すると語った。

 ミツヒデは妄言だと叩ききる。

 バリア越しに緒方優が杖をついていた。


「ああ、君は黎じゃないね」


 緒方優はガラスを触りながらで見抜いた。


「は、はい」

「報酬として『君の元に近い身体』を作ってあげる」


 バリアは触るだけで散っていく。

 そして、隙間を過ぎた。魔女にうつると明は機械的に頭を垂れている。そうしなければ恐ろしいことが起きるような振る舞いだ。


 ズファレの部屋が振動で上下する。都市の自動制御装置も限界を迎えている。


「先に下を片付けるから、まってて」


 緒方優は機械に目線を送る。長方形の機械から人間が二人現れた。その次、地面に管が流れ込んでいく。


「始まった……」


 外から悲鳴があがる。窓に瑠璃は接近し覗いてみた。

 ズファレと同じ触手が、不朽の国に突き刺さっていく。

 ズファレの努力は緒方優の指示で破壊された。ミツヒデが壊した不死の機械や、謙也と話した茶色な汚い建物も破片になっている。逃げ惑う人がいても、攻撃を緩めない。


「罪と呼ばれる生き物は下に落とせばいい。ズファレの築いた技術も、たまには役に立つ」


 罪は串刺しにされてしまった。彼女の采配で不朽の国は空洞ができる。そこに彼らは落ちていく。人間だったものは暗闇に還る。


「黎、自分より成長した彼に気になるか?」

「すみません」

「許さない。あとで潰す」


 黎は瑠璃を見ようとしない。村で出会ったような過剰な反応はしてこなかった。


「お前らは私が好きなことを好きなはずだ。そうだろう?」


「瑠璃!」佳夜は壁を伝い、瑠璃の元まで歩いてきた。彼女も駆け寄って肩をかす。「ズファレは?」


「終わったよ」

「良かった……」


 機械から人間が出現する。見覚えのない人々が、同じ赤色の瞳で彼女を囲んだ。


「君の身体ができたから移動して。うつるは裏切ったから、私の前で自殺を繰り返して。データ消すから」

「はい」


 うつるは髪を青くした。刃渡り8センチのナイフを生成し、それを首に当てる。

 彼は抵抗なくするりと刃物を進めた。焼けたステーキにナイフを切れ込むように、上へ下へと首を離脱させていく。肉の繊維が1本ずつ潰えて、一つの命が鉄で抜けていた。


「だめだ」


 カセットは明の肩に当たっても謝ろうとしない。ガラスの向こうで明は隔離された。瑠璃は明と目が合う。

 明は瑠璃に託すようだった。ガラスの破片を子供たちが蹴っている。


『黎を助けて』

「こんなんじゃダメだよ!」


 瑠璃は自分の頬を叩いた。佳夜と手を繋いで自身を奮い立たせる。


 うつるの飛んだ首。機械に侵入した明。助けようにもカセットが群がっている。


「君を讃えてカセットにしてあげよう。ほら、この身体で貴方は……、いや、緒方さやになれる!」


 彼女は身勝手な行動を解放する。やりたいことを口にする時が来た。


「このままじゃ誰も助からない!」


 彼女は傷だらけの体を引きずった。佳夜も身体に鞭を打つ。

 素知らぬフリで接続した。子供たちが追っかけてくる。


 接続し武器を生成した。地面に転がし、彼らを遠ざける。

 二人は緒方優から離れていく。


「あの人はズファレの力が不慣れみたい」

「それより、黎をどう払うの?」


 長い通路を進む。すると、彼女らの先に人々が列になっていた。服装からして信者であるのは明白だ。瑠璃は警戒しつつ刀を生成する。


「貴方たちのおかげで母さんが助かりました。ありがとう」

「これで私たちは村に帰れる」

「月の民と交流ができる!」


 一斉にバンザイと手を挙げた。同じ反応は狂気が分散している。

 振り返ると黎が到着していた。彼は体を青くしている。


「おい、そこのお前。名前をいえ」


 信者達は口を閉じる。周りと目配せし囁き合う。


「黎は明をどう思ってるの?」

「もういい。黙ってくれ」


 通路の奥で騒音が広がる。機械から子供たちと信者だけが復活していた。


「明はあれが幸せなんだ。母さんは皆を幸せにする。本人がそう思ってるから、みなが幸せになる」

「あなたの母さんは虐待をしてるんだよね?」

「ああ。ペテン師の新聞を拝見されたのですね」


 一定のリズムでハッハッと口を開けて誤魔化している。瑠璃は緒方家の現状を肌で感じた。


「黎は孤児でした。助けた私たちは好きに使っていいのです。それは他の英雄も変わりません」

「黎、本当にそれでいいの?」

「こうするしか生きられない」


 彼女らは人々の波を飛び越えた。彼は追求する。スキャン通りに道を進んでいく。緒方家は内部が腐敗している。


「この人たち、話にならないね」

「緒方家、狂ってるよ!」


 瑠璃は扉を開ける。中は薄暗く緒方がベットがひとつあった。二人は頷き扉を閉める。部屋の内部から壁を作った。


「自分を好きにしていいですって、普通言えないよ!」

「うん」

「黎は受け入れちゃダメでしょ。蘇るからって自殺してなんておかしい。ふざけるな!」


 彼女は自由を奪われることに激怒した。他人のことだと分けられない。瑠璃は緒方とずっと旅してきた。


「……佳夜。テレパス使えるなら、意識の引き上げ。できるよね」

「え、で出来るけど。どうするの?」


 緒方は扉を蹴っている。謙也もしていた行動で、台風が窓を叩く様子と同じだ。


「私と黎を引き上げて」

「何言ってるの?」

「彼と話がしたい」

「どうやるの?」

「このために来た」

「このために!?」


 瑠璃は喉を鳴らし肩に手を回した。ドアを壊す音に急かされる。


「身体を黎に返す」

「……」


『私が死んだら悲しんでくれる?』


「あなたは、どうするつもりなの?」

「私は謙也を殺した。明に言われた通り、このために生きてきた」


 握られた手が震えている。選択肢は限られていた。佳夜は扉と彼女を交互に見る。


「でも、死ぬつもりない」


 瑠璃の瞳は怯えた少女が写ってる。支えてくれた人は何も変わっていない。


「佳夜のせいで、本当に死ねなくなったんだ」


 同情して連れ出した時から、彼女の運命は分岐している。死んじゃダメだと啖呵切ったから、彼女は生きる理由を見出していた。


「佳夜、任せたよ」

「絶対、生きて帰ってきて」


扉は開かれる。緒方は銃を構えた。

 佳夜は二人の意識を引き上げる。



 彼女は人の意識に潜っていた。あの白い空間ではなく、新聞の切り抜きみたいな部屋に通される。向かいに黎が浮かんでいた。今回は二人とも身体が正常だ。


 背景は勝手に変貌していく。どうやら、緒方黎の記憶を流されているようだ。

 意識は自分を自分だと知らしめるために自問自答を繰り返す。その自問自答のせいで、瑠璃の背中にも、自分の過去が移されていた。


「何のつもりだ?」


 二人目という疑いも晴れた。黎の背中は場面が切り替わる。

 後ろの緒方優が黎に対して暴力を奮っていた。謝っても怒りに任せて爪を割っている。カセットだから緒方は死ねない。


「俺とどんな関わりがあったんだ?」

「一緒に明を救おうとしたんだ」


 暴力の場面が切り替わっていく。彼は緒方優の好きなところを思い出そうとしているのだろう。


「結局救えなくて、明は機械に帰っていったよ」


 移り変わる景色は黒に染まっていく。中央に光の支柱が差し込む。その眩しさの中に一人の女性がいた。


『明、いる?』

『また来たの?』


 小さな少年が檻の中に笑顔を向けている。服の下からパンを取り出し、檻の中に手を挟む。明と呼ばれる少女は手を伸ばした。腹に管がつけられている。


『今日は痛いことされた?』

『されてない。食べていいよ』


 パンをちぎって口に入れる。管が蠢き、青い光が上へ登っていく。


『辛くないの?』


 彼女の髪は散らばっている。目がぎょろりと黎を捉えた。


『私は大丈夫』


彼らの近くで大人が見張っている。二人は手が届かぬ距離で話していた。


『あーあ。お腹いっぱい食べられるところに、行きたいなー』

『もうすぐ行けるよ。カセット技術も確立したーって言ってた』

『ねえ、君は実験が終わったらどっか行きたいとかないの?』

『俺は、こうするしかないから』


 明と黎は俯いていた。でも、と黎は呟く。


『海を見たい』

『何で?』

『もう忘れかけた記憶なんだけど』彼は耳を赤くして距離をとる。『夜泣きした俺を母さんが海に連れていってくれたんだ。あ、ここの母さんじゃないよ』


 緒方黎は声にならない苦痛が曇る。背中の回想は突然変わっていき、ある暴力を示した。母さんという単語で、緒方優を引き合いに出しているようだ。


『お前は私に従えばいいんだよ。母さんに従うのは当たり前だろうが。すてられたくそ子供め。殴られてることに感謝しろ』

『はい。母さん』

『私がいなけりゃお前は死ぬんだ。うつるとかいう出来損ないと仲良くするな。お願いだから、私の役に立て』

『はい』


 次はズファレがにこやかに笑いかけていた。隣にうつるを連れて、近くに緒方優が朽ちている。


『無駄に優しくて人から奪えないデカルト、カセットの最高傑作の緒方黎。どっちかが、緒方優を殺せ』

『できない……』

『明はそう言ってるが?』

『母さんを殺すなら、俺を殺せ』

『やめて!』

『めんどい』


 ズファレはうつるに指示を送る。刃物が彼女を突き刺し血を垂らした。黎は泣き崩れる。しかし、そんな暇を許さず、黎を人質として明から肉体を奪った。


『お前達は接続を習得しろ。完璧に学べば助けてやるよ』

『母さん……』

『お前を侮辱してたのは優しさからじゃない。実験の失敗でイラついてただけだ。ま、この機械は都市に持ち上げる。バックアップは無くすつもりだが、付いてきてもいい』


 瑠璃は意識の中でも悲しみに囚われる。正面の黎は心を剥き出しとなって、彼女に意地悪く問いかけた。


「俺の過去を見て満足か。笑えたか?」

「こんなの、悲しすぎるよ」

「子供は力がない。こうするしかなかった」


 過去は変えられないと黎は突き放す。その姿を否定したかった。どうしても許せないのだ。


「明は嫌いなの?」

「好きに決まってるだろ! もう、関わらないでくれ」


 彼女は自分のことしか見えていない。その瑠璃は、身勝手さを黎に配っている。


「関わるよ。だって、友達だもん」

「とも、だち?」

「友達を見捨てるわけないじゃん!」


 彼は友達を欲していた。だから、明やうつると繋がり叱られる。


「明と海に行こうよ」

「俺は……」

「やってから後悔しようよ。間違ったら、今度は成功するよう考えてさ」


 謙也を作る時も同じことを言っていた。黎は海の魅力に揺らいでいる。



「そこまでだ」


 瑠璃は目を覚ました。体を起こすと、正面に縛られた佳夜がいる。顔を横にすると緒方優が不機嫌そうに睨んでいた。


「黎には残念だ」


 瑠璃は胸の重みで察知する。

 身体が緒方じゃなくなっていた。

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