8-2

 浮上都市が滞空を諦めた。自動制御システムと警告が都市に響き渡る。


 その間に刀をすり抜ける。幸いにも心臓から刀は外れていた。それでも重症のため、彼女の意識が朦朧とする。佳夜に彼女は飛び込んだ。


「止血する」


 カバンに相手の手は突っ込んだ。その上に瑠璃は重ねる。指が震え首を横にする気力しかない。手当よりも、相手の出方を探らなければ好転しない。


『おい、2人とも』

「ヒカル?」


 佳夜のテレパスを通じてヒカルの伝言が、瑠璃の耳に伝わる。明が開けてくれた通路を佳夜に差し替えていた。


『浮上都市を、落とした』


 窓から黒煙があがっている。何かを爆発させたのだろう。その近くでズファレは頭を抱えていた。それが罠かもしれないと力量を高く見積もる。


『少数部隊で、動力源を狙ったんだが……』


 彼と共にした人々は不浄に散っていったらしい。その栄誉を覚えておいてくれと懇願していた。

 テレパスの奥で咳き込んでいる。


『ズファレの攻撃が、当たってしまった……』


 彼が足を絡ませ、地面に転げる。肘が椅子に突撃してしまい、椅子は横に倒れた。ズファレの呻きは現実味がある。


『お前らを援護したとき、マコに似た人を見つけた。疲れてたんだな俺は』


 ヒカルは最後まで自分という役割を捨てなかった。一度逃げたことに後悔して、自分の壁を乗り越えたはず。しかし、彼の貢献は代償として命を奪っていく。現実は彼に冷酷な結果を突きつけたのだ。


『俺、マコに会ってくる。さらば、友よ』


 再び爆発が起きた。彼からのテレパスが途絶える。

 ズファレは頭を振って立ち上がった。足元に大量の髪の毛が落ちている。頭から液体が漏れていた。指に同じ液体と髪の毛が引っ付いている。


「ヒカルはマコを私の国に送ってきた。だが、マコは面倒な病名だった。不死にしなかった」


 相手は明らかに挑発している。瑠璃は、それに乗せられた黎の末路を脳裏に浮かべた。彼は会話や戦いの交流を楽しんでいる。


「マコは何をしているんだろうか。今頃、出来損ないとして死んでるんじゃないのか?」

「佳夜、行くよ」


 瑠璃は右足で跳躍した。立っていた場所に地面から棒が突き刺さる。

 ズファレの指は彼女をまっすぐ指していた。その淀みのない瞳は、正確な位置で命を狩ろうとする。


「都市を落とされても、また1からやっていけばいい」


 警報のアラームが鳴り止まない。危険性を伝えてるというより、危険だと言葉にすることで安心を得たいようだった。機械に感情はないと言いきれない。敵である機械は殺意を向けている。


「でも、お前達にはやることがある。明をどこに隠している」


 天井から指が伸びてくる。瑠璃の鞄を引きちぎった。先端は刃物のように鋭い。

 地面に付けば、大きな口が包み込む。車の表面を製造し、口を破裂させた。

 爆弾が降ってくる。車と二人は空をまう。弾丸が瑠璃を射抜く。佳夜は逃げきれず接続を切ってしまった。


「終わりだ」


 ズファレは刀を用意していた。それは真っ直ぐにデカルトに穴を開ける。


「佳夜!」


 瑠璃の足に絡み付く。触手は折れ曲がり、足を持って回転させた。緒方の身体は地面に叩きつけられる。


「死ね」


 瑠璃の身体に何かを埋め込まれた。


「あッ」


 内側から声がする。助けて助けて助けてと縋るような幼児の声だ。決して体験してはならない苦痛が、言葉の槍で緒方を腐食する。


「黎も味わった痛みだ」


 私は罪を感じている。別の誰かが私を風船のように膨らませるの。目玉は発疹みたいに作られて、潰れたら神経の線が切れてしまう。堪らなく痛くて泣き叫んでも助けてくれない。私だった人たちは手を伸ばしても嫌悪した。会話をしようとしたら消える。助けてって声が届いていない。だから、貴方が助けて助けて。助けてくれるよね。


「あああ!!」


 緒方は耳を塞いでも内側から食い破られる。埋め込まれた結晶は、罪と呼ばれる生物の意識だった。


「結晶を不用意に取り込めば罪。罪状態の意識を他の結晶で汲み取れる。なら、体内の結晶は何が入っていたんだろうな」


 あの時と同じだった。黎は意識を失い、明は手のひらで踊る。

 辛うじて瞳だけを動かす。瑠璃の頭が割れそうだった。彼の前に這いつくばって、口の中で血の味が広まる。

 彼女はやりたいことを実行できなかった。


「瑠璃、明の居場所をはけ。それか、味方になれ」


 内部の苦しみに一枚の壁が隔てられた。そのような感覚の上で起き上がる。胸元の穴から結晶が外出していた。ズファレはあえて抜き取っている。


「明の居場所をいえば二人を助けてやる。仲間になればこいつは邪魔だから殺す」


 身動きが取れないように、地面を背中にしている。瑠璃の手足には鉄色の弦がしがみつき、口も塞がれていた。


「デカルトでも殺害方法はある。デカルトの中にある結晶を砕けば、ソイツは死ぬ」


 それは、エネルギーを搾り取ることと同一の意味をなす。


「明と仲良かったのか? コイツはどうでもいい存在なんだな。お前はクズ野郎だよ。人の気持ちを考えた方がいい。どちらか早く選べよ。こいつを殺す? 喋らないなら殺すよ」


 口は塞がれていた。後頭部に棒が生えてくる。まるで頷かせるように傾かせた。


「頷くのは、こいつは死んでほしいってことか?」


 佳夜は鼻から液体を出している。瑠璃は助からない状態で呻いた。必死に涙を我慢する。泣いてしまえば負けと認めてしまうからだ。


「よし、殺す」


 ズファレは手を伸ばす。

 触手は二人の体を執拗に突き刺せると、手玉にとったつもりでいた。


「ごめん。待たせたね」


 扉からある人間が入ってくる。そこから、ズファレは演技をやめてしまった。


「やっと返してもらえたよ」


 拘束された少女は、これは幻想ではないかと疑った。それほどありえない光景に脱力する。扉に居たのは、皆が探していた女性で、先程聞いた声だった。


「るり。ちょっと我慢してね」


 瑠璃の拘束は破られた。前髪を風が横切る。その素早さに頭が追いついていない。

 救世主の名を呼ぶ。


「明……」

「身体を探してくるとは思わなかった」


 デカルトの明が肉体を持って現れた。


「どうやって見つけ出した」

「瑠璃のおかげかな」


 彼女の背後から、うつるがマコを抱えていた。


「この混乱してる状況に乗じて、私は身体を探した。そうしたら、うつるが不貞腐れてたから、助けてもらったんだ」


 うつるを生かしてくれた。それが明の救世に繋がっている。


「今まで、どこにいたの?」


 その説明にはマコを語らなくてはならない。明はマコが『カセット未満』であることを見抜いていた。カセット化失敗で、短命になっていたのだ。

 緒方黎の死後、明は国の中で逃げた。そこにマコが運ばれ、同意の元で肉体を借りていたのだ。


「マコは私に身体をかした後、この世を去った。どう足掻いても肉体に定着できないぐらい、魂が自分を忘れていた」


 肉体を貸したまま死ぬ。それは体の主導権を明に変えた。つまり、意識の入れ替わりのようなものだと、うつるは補足する。

 彼は敵意を無くしていた。マコを背負い気を落としている。


「彼女の体で食事をする。彼女の生活を真似て、瑠璃を待った。今回は緒方黎の横にいなかった」


 ズファレは触手を出せない。動く前に気をそらされてしまう。明が複数に増殖して誰か判断出来ないからだ。

 明はズファレにジャミングを行っている。身体を取り戻し、本来の力を入手していた。


「さあ、殺りましょう」


 うつるは二人を扉の外に連れ出す。部屋の中で強引にちぎられるような音がした。


「お前らを運ぶのは明の指示だ。俺はやりたくなかった」


 うつるは髪が青くなって接続する。瑠璃は助けようと中に入り込む。そして、敵わないと足をかいた。


 ズファレの遠距離攻撃を明は踊るように逃れる。ズファレの攻撃が通用しない。そこに、うつるが接近戦を持ち込む。


「お前は、邪魔だ」

「うつるは殺させない」


 規格外の壁が天井から落ちてくる。横からは瓦礫が数え切れないほど増殖した。うつるが離れると同時に、物理の壁が押し寄せる。


「貴方は黎を人質にとった。その責任は取ってもらう」

「……」


 本気の彼女は規格外だった。創造する武器がズファレに当たっては砕ける。当の彼は妨害電波で指令もままならない。


「俺の野望は終わらない。お前なんかに邪魔されるものか!」


 彼は余裕がなくなっていく。国の管理人は青筋を立てていた。根性を振り回さないと折れそうで、瑠璃は信じられないと口を抑える。


「どこにいた。どこにいたんだ」


 彼は遂に膝をついた。うつるは間髪入れず両肩に切れ込みを入れる。そこに鎖が通され、明の元に続く。


「ヒカルに気を取られすぎたことと、うつるから目を離してしまったからだね」

「お前は、自分が何なのか不思議だと思わないのか?」

「何なんだろうね。卑怯な人間ってのは分かるよ」


 彼女はズファレを見定める。彼の結晶を壊しても意識となって逃げ回れてしまう。それに、機械のガードを解かなくてはいけない。


「機械……」


 彼女の動きは静止する。まるで見つけてはいけないものを発見したようだった。


「まさか……」


 その時、一つの銃声が染み入る。ズファレは吐血した。発砲したのは明でもうつるでもない。

 ある少年が人々をかき分けて疾走する。


「れ、黎?」


 緒方黎は誰も気にしなかった。ズファレで窓を叩き割り、破片と一緒に行動させる。


「落ちて死ね」


 窓を覗いたら、ズファレが落下していた。彼を待ちわびる生物が口を開けている。

 こんな、こんなあっけなく終わるはずがない。瑠璃は情けない彼を見届ける。この光景を皆に教えたかった。

 罪はズファレを丸のみにする。そして、身体を地面にすり寄せた。


「これじゃ、バリアは」

「……そういうことなんだね」

「え?」


 床に鼓動が伝う。発信源を追った。機械が小刻みに震えている。


「瑠璃ちゃん。黎を助けてあげて」

「たすけ、え?」


 黎はなにかに取りつかれたような顔をしてる。背筋が凍ると、機械は振動をやめた。


「―――ズファレは消えたか」


 機械の側が右に開く。白い煙と一緒に、足が地面に降りた。


「母さん。おかえりなさい」

「状況報告を」


 白染めの髪に切れ長な瞳。シワの顔に薄い唇。折れ曲がった腰と黒い服を身にまとっていた。

 緒方優は魔女のような格好で復活する。その姿に緒方黎はひれ伏した。

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