8-1 sold out

 不浄を誰かが払ってくれたから、今のうちに行動しよう。肩車する佳夜は息を切らして説明する。その二人に不服そうに付いていく男性がいた。付けられた拘束具に、紐が通されている。


「俺に何をさせるつもりだ」


 三人は建物の背中にして、不浄の足音を聞き分けながら、うつるは不満を漏らした。その発言に、瑠璃は精一杯の力を使って反論する。


「不浄を従えてるんじゃないの」

「あれはズファレに言った。この都市に人はいないから、不浄の餌にしかならない」


 それでも、緒方は手を離さない。紐が強く掴まれしなる。


「あ、そうなの。じゃー、別行動ね。もう襲ってこないで」


 彼は要領を得ない様子で目を見返さない。彼女は落胆の溜め息を吐いて、佳夜の合図で外へ出る。不浄は闊歩するだけで瑠璃を見つけられていない。彼女は接続を解かないまま決着に漕ぎつけようとした。


「うつるは私がどう見える?」

「女口調のオカマ野郎」


 うつるは足の肘を蹴られよろめく。言われた緒方は犬の散歩みたいに紐を上げて顔を拝んだ。


「まだ余裕そうだね」


 3人は中央へ接近していく。その中でズファレは浮上をよこすだけだった。


「でもさ、瑠璃。ずっと連れていくのも荷物じゃない?」

「ずっとは連れ回さないよ。そこら辺に置いておく」

「あはは。善意どこいった」


 もう彼を殺したくないから。既にうつるが死んだところを知っている。瑠璃は謙也が語った『2人目のうつる』だとしても、その行いで自分を正当化させたかった。

 彼は明のいない世界で、ぼんやりと嫌味しか話せない。それが取り乱した自分との見直し方で、嫌な人間にならなければ自分が壊れてしまうからだ。


「うん。ここぐらいでいいかな」


 三人は中央の近くに立ち止まる。物陰から突入の合図をヒカルと取っていた。

 うつるを繋ぐ紐は床に落ちた。彼は下に目を落とす。


「拘束具は離せない。でも、ここから不浄が多くなるから置いてくね」

「気は済んだのか」


 不浄の脅威から彼を逃がす。彼女は脳裏に明の笑顔が掠める。


「そうだね。なんか、やれるもんだなって思ったよ」

「……中身は誰なんだ?」


 彼の瞳が、心を引きずり出そうとまとわりつく。手が拘束されていてよかった。首を絞めてでも緒方の身体から追い出すだろうと想像がつく。

 彼女は村にいた時と同じく、自分の言いたいように言葉を使った。


「私は私だよ。少なくとも、黎じゃないかな」

「だったら、黎の姿をやめろ」

「そのつもりだって」


 うつるは冗談のつもりで、彼女の憂いに帯びた表情に理解できなかった。


「以前の貴方に、私は助けられた。その恩を今の君に返してるだけだよ。何をしたのかってわかんないと思うけど」


 彼の胸に瑠璃は拳をつける。


「親友と想い人殺した君は、見てられなかったよ」

「……まて」


 うつるはふたりを呼び止める。耳を貸す価値はあると、佳夜に瑠璃は頷いた。外では不浄が近づくか離れていく。2人とヒカルを同時に追ってるからだ。


「ズファレを止めるには、機械を壊すしかない」

「それはどこにあるの?」

「あいつの部屋だ。ズファレは自分以外を信用していない。それに、その機械は『緒方の家』から盗んだカセット技術が詰まったものだ」

「壊して、いいの?」


 彼女は無用な気遣いだと舌を出した。壁にもたれかかる男子は、電車の時と同じ顔をして袖裏の水玉をちらつかせる。


「すべて壊してくれよ」


 ヒカルから追撃隊が削られたと報告が入る。彼は部隊を率いて上陸していたようだ。


「明と黎は、私が救うから」

「行けよ。偽物」


 二人は中央の入口を突破した。不浄の砲弾は彼らの皮膚を溶かしていくだけだ。カセットの治癒力で、致命傷にならない。道の邪魔になるものを薙ぎ払う。


「人は、わからないな」

「何か言った?」

「やっと、ここまで来たんだなって」


 その道は冷たいコンクリートは清潔性を保っていた。人間性を落とし、有るのはデカルトの内面じみた内装だ。一つの部屋に近づくにつれ、機械は数を潜めていく。

 佳夜のスキャンでたどり着いた。2人が近づくと扉が勝手に開く。その部屋は自動ドアだった。


「……君か」


 ズファレが頬杖ついて椅子に腰掛けていた。部屋は蒸気機関車の表面みたいな黒が、瑠璃の心をざわつかせる。その彼の後ろに人の二倍ある長方形の建物が蒸気を吐いていた。


「俺を倒しに来たのか?」

「そうだけど」


 接続したままで瑠璃は後ろの機械に狙いをつける。佳夜のスキャンはあの機械を示していた。あるデカルトの居場所を。


「椅子に座ってるのが、デカルトの身体なんだね。それで、後ろの機械に『乗っかってる』のが、ズファレの意識或いは本体なんだ」


 デカルトの身体は簡単に壊せない。そして、彼らは意識を無機質に憑依できる。そこで解明し模造品や、カセット限定で人に入り込み、エネルギーの用途を増やす。


「この国の法律で、デカルトは人間に入ると思うか?」


 彼は問いかけを楽しんでいる節がある。まるで、話す相手がいない子供のようだった。


「例外じゃないかな。また、違う生物として法律は定義されてるんじゃない?」

「その通りだ。しかし、俺達が不浄を模造してると政府にバレている。

 政府は表向きに『アンドロイド法案』で擁護しつつ、裏では俺らからエネルギーだけを回収していったんだ。ようするに、機械狩りだな」


 彼はどこにたどり着きたいのか。頭に浮かぶ言葉を口にしてるように見えた。ここに来て、予想にない幼稚なものだ。


「それこそ、試練だ。月の民はデカルトという異物を人類がどう対処とるのか試していた」

「それで、こんな話するのは、時間稼ぎ?」

「佳夜、前に出るな」同じ種族に批難を送る。「俺だって話したい日はある。それとも、君のエネルギーを狙ったのが許せないのか?」


 ズファレの高圧的な態度に押し黙るしかなかった。微妙な空気を彼は気にせず自分のペースで切り出す。この部屋はそもそも彼の場所だ。


「デカルトとして生まれた。しかし、個人的に月の民は嫌いだ。これを欠陥品だと思うか?」


 彼の瞳に魂が宿ったようだった。機械に目を凝らすと、下に管が生えている。あたり一面に繋がって、ほかの箇所にも届く。下からの触手はこの場で始まっていた。


「思わない」


 瑠璃は隣のデカルトの横顔に目がいく。耳にかかる程度の髪に眠そうな瞳。接続のせいで意識が薄らいでいる。


「人間らしいって思うよ、信念で月を爆撃したいんでしょ?」

「人間で、爆撃させたいんだ。こんなことしても怒らない"お父さん達"は、これも試練だとか嘲るのか。夜はそんなことばかり考えている」


 彼は身体を起こした。

 掌に黒い塊が凝縮され、形作られていく。瑠璃は拳銃を握り相手の反応を待った。


「瑠璃、最後に聞きたいことがある」


 瑠璃は部屋の隠れるスポットを割り出す。頭を使い機械の破壊を目論んだ。

 相手は機械を守る。瑠璃は一直線に壊せばいいだけだ。


「なぜ、自分が自分だと確証が持てる」

「別に確証なんて持ってないよ」


 彼女は緒方の身体で言い切らなければならなかった。正面の生命を否定するもの、それを止めるために。


「でも、昔の友達に怒られたときや、人に優しくされた時は、生きていてよかったなって思えた。

 そんな贅沢なものもらってる私は、幸せ者だと思う。だから、瑠璃という私を大事にしてあげたい。それが確証になるのか、分かんないけど」

「瑠璃。君が仲間になってもらえたら、良かったんだけどな」


 銃弾が交差する。先に辿りついたのは瑠璃だった。彼女の放った弾丸は、彼の肩を抉る。

 そして、自分自身も右手に被弾した。早めの解決は困難になってしまう。相手の方が正確だった。


「やっぱ触手が出せないようになってるね」

「何とか、今のうちにやり遂げたい」


 瑠璃は肉体を活用した。死なない身体は銃弾で酷使する。


「乱暴な戦い方だ。それでは長丁場に耐えられないだろうが」


 相手の打ち出す雨が止む。球の雨が終わったとき、彼女は身を乗り出す。


「黎ならミスをしない」


 佳夜が彼女を引き戻す。判断が遅ければ右目から脳みそをかき混ぜていた。


「弱すぎる。ここまで来れたのはカセットの恩恵か」


 部屋の外見は外と変わらない。怠けていると、壁の黒に意識を狩られそうだった。


「これでは面白くない。接近戦でも持ち込むか」


 銃が彼女らの前を通りすぎる。その口約束に乗らず、彼女たちはゴーグルを装着した。彼女はものを横から投げつける。弾かれるような銃声が響く。


 あたりが光に包まれた。瑠璃は瞬きして、男性を探す。


「俺は、うつるじゃないからな」


 全てが吹っ飛んだ。遮蔽物も彼らの武器も、そして佳夜の肉体も。


「佳夜!」


 瑠璃は常識の薄膜で僅かな指を反らした。デカルトの能力は持続してるけれど、体が勝手に動いてしまっている。その視界に一つの刃が飛び込む。


「―――ッ!」

「交わすか」


 ズファレは身体から使用済みの爆薬を落としていく。刀の上に緒方の血液が滑っていた。


「戦闘において凡人すぎる」

「くっ!」


 彼女の右目から赤色の涙が落ちる。間一髪で逃れたとしても、間合いに入ってしまった。ズファレは哀れな男子の格好を蔑む。そして、吹っ飛ばされた同種に気を配る。

 ズファレは背後の機械を指さした。


「あれを壊すんじゃなかったのか?」


 煽りを入れる。彼女は接続をとき、自身の体に戻った。そこから武器を放とうとする。しかし、ズファレが既に透明な膜を張っていた。


「何もしないわけないだろ。お前はその程度なのか?」


 瑠璃は頭から血が抜けていた。そのせいか冷静に彼を観察できる。ズファレは何かに焦っていた。早く対処しなければならないことがあるようだ。


「……、まだ終わってない!」


 瑠璃は再度接続して剣を振るう。しかし、素人同然の戦いは一瞬で終わった。

 瑠璃の刀をいなす。そのまま、剣先は心臓に突き刺した。そのまま押し込むと壁に当てつける。


「カセットとて、心臓と脳を破損したら死ぬ。今、お前はどこに刺さっている?」


 瑠璃は彼の服に指をくいこませた。


「佳夜!」


 佳夜は拾った銃でズファレに撃った。それを予期したかのように右手で弾を受ける。


「カセットとデカルトは丈夫だな」


 二人に死の恐怖が忍び寄る。

 その時、ズファレは悔しそうに顔を歪めた。刀から手を離し舌打ちする。


「クソッ ヒカルのやつ……」


 部屋の椅子が空に浮いている。いや、三人の身体も横に揺れた。


 浮上都市が上昇をやめ、窓から黒煙が登る。


『今から、向かうね』

「え?」


 ある女性の声が瑠璃に届く。その声は明のものだった。

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