悪役令嬢の妹は復讐を誓う

陰茸

復讐

それは酷く和やかな午後だった。

外は太陽に照らされていたが、部屋の中は光が遮られ丁度いい温度を保っている。

さらに太陽に照らされた庭は酷く美しく、私は思わずその光景に魅入ってしまう。


「アリア嬢?アリア・ストラード嬢?」


「あっ、」


だがそんな私の意識を酷く耳障りのいい声が現実に戻した。

そして現実に戻ってきた私は自分が何をしてしまったのか、それを悟って顔を青くする。


「す、すいません王子様!」


だが、慌てふためく私と対照的に目の前の美青年、つまりこの王国の王子は朗らかに笑ってみせた。


「いえ、気にしなくてよろしいんですよ。確かにこの庭に魅入ってしまう気持ちはわかります。本当にこの庭は優雅ですから……」


「はい……」


だがそう王子がとりなしてくれたのにも関わらず、私は暫くの間顔を上げることができなかった。

そしてその私の様子に王子も異常を感じたのか、私に心配げな視線を向ける。


「アリア嬢、何処か体調が……」


「あっ!いえ、そんなことは!」


だが、その推測は全くの見当違いで私は慌ててその懸念を否定する。


「いえ、ただ折角王子がお茶会に誘ってくださいましたのに、庭に魅入られていたことを後悔していて……

次にいつこんな機会があるのか分からないのに……」


私はそう、酷く気に病んでいる風に呟く。

その様子には本当に心からの後悔が見受けられたが、


「それは、大胆な言葉ですね」


「えっ?ひゃぁ!」


直ぐにその後悔は王子の言葉に消え去り、私は自分の顔を真っ赤に染める。

王子はその私のウブな反応を見て、可笑しそうに笑うと私の手を取った。


「え、えっ!?」


王子に笑われたことに対して不機嫌になり、上目遣いで王子に不満であることを訴えていた私は急に王子に手を握られ再度顔を真っ赤に染める。


「そんなことは気になくていい。まだ時間は沢山残っている。だから、私と話そう。アリア」


「っ!」


私は突然口調の変わった王子の様子に顔を驚愕に染め、そして顔さらに真っ赤に染めて俯いた。

何故なら令嬢の名前を継承抜きで呼ぶ、それは相手を恋人として認めるという意味を持っているのだから。


「ひ、ひゃい!王子様……」


そして羞恥に震えながら私は何とか返事をする。


「私のことは、アレスと呼んでくれないのかい?」


「えっ?えっ!?」


だが、そんな私に笑みを浮かべた王子が耳元で囁く。

アレスというのは王子の名で、その名前を呼ぶ、それは王子の恋人に正式になること言うことを示していて、私は思わず叫んでしまい、


「す、すいません……」


そして恥ずかしさに頭から湯気を上げそうなくらい顔を赤くして俯く。


「よ、よ、よろしくお願いします!あ、アレス様!」


だが、それでも私は何とか言い切ってみせた。

その私の様子に王子が嬉しそうに笑い、私も照れ笑いをみせる。

そこでは酷く初々しい恋愛が始まりかけていて、


ーーーそして私は王子が、私の狙いを一切気づいていないことを確信して、俯いた顔に憎悪に満ちた笑みを浮かべた。


これはまだ最初の一歩。

だが、それでも明らかに目的に近づいていることだけは確か。


「殺してやる……」


そしてその確信と共に私は小声でポツリと呟く。


その声を聞くものは誰1人として存在しなかった。


◇◆◇



私に話しかけてくる目の前の王子を見て思い出す記憶、それは姉に向かって怒鳴っているものだった。

その内容は何処かの令嬢を貶めただったか詳しくは覚えていない。


ーーーけれども、その後泣きながら帰ってきた姉の姿だけは忘れることができなかった。


姉は本当に優しい人だった。

人を貶めるなどできないくらいに。

そして本当に王子に恋をしていた。

王子はそんな姉の心を裏切ったのだ。


何故裏切ったのか、そしてあの美しい姉と何故別れようと思ったのかを私は知らない。


けれども目の前の王子を絶対に許すわけにはいかない。


「あ、すまないお茶が切れていたね」


「えっ?」


その時、私に王子が声をかけてきて、思考に耽っていた私は思わず驚く。


「いえ!アレス様にそんなことを……」


だが、直ぐにさも嬉しそうな作り笑いをして、断ろうとする。

正直本音では王子に入れてもらったお茶など飲みたくもない。


「気にしないで」


しかしその私の思いが王子に届くことはなかった。


ー ありがた迷惑。


私は心の中でそう呟き、王子から顔を自然に背け顰めてみせる。

そもそも私はあまりお茶は苦くて好きではない。

折角飲み干したのにまた入れられるなんて嫌がらせとしか思えない。


「えっ?」


「どうした?」


だが顔の位置を戻し、テーブルの上を見た私は思わず声を上げてしまった。

何故ならばテーブルの上にはいつ間にか砂糖、それもお茶によくあうので私が好んで使っているものが置かれていたのだ。

しかしそれはお母様に行儀が悪いと言われてからは1人の時にしかしていない飲み方。

おそらく知っているのは私の従者ぐらいだろう。

なのにどうやって目の前の王子がこの方法を知ったのか分からず私は思わず動揺を漏らしてしまう。


「いえ、砂糖が置かれていたのに驚いてしまって……」


そして私が正直にそう告げると、王子は照れたように笑った。


「実は今日お茶会があるって聞いて君の従者に教えて貰ったんだ。ただ、実は先程まで手配できなくて……」


王子の一言に私は先程王子の従者がこの部屋に入ってきたことを思い出す。

確かにあの時何かを置いた気がしたのだが、それはこの砂糖だったのか。


「ここにいるのは私と君だけだ。飲み方を咎める者なんていない。好きに飲んでくれ」


そしてそう私に告げる王子からは本当に私を気遣う気持ちが見えて、私はさらに驚く。

正直、この王子とは付き合って時間が経って行くたびにどんどん印象が変わって行く。

最初は本当に親の仇のように憎んでいたはずがこれまでの付き合いで少しづつ絆されている気もする。

確かにこんな人間であれば姉も本気で恋に落ちるのかもしれない。


だが、だからこそ何故姉に冤罪をかけたのか私は分からなかった。


もしかすれば仲良くなってから裏切ると言うことに快感を覚える変態なのだろうか?

それとも……


と、私はそこまでで考えるのをやめた。

もしかしたら王子は私の思っているような人間ではないかも知れない。

けれども、もう私にはそんなことは関係なかった。

ただ1つ重要なことはこの王子は姉を悲しめたと言うこと。

だとすれば私はこの王子の弱みを何としてでも掴み、名誉をボロボロにしなければならない。

逆にこの王子に罵られた姉の名誉を回復するために。


ーーー それこそが、自分が恋した人間に出来る唯一の献身なのだから。


「お姉様への想いが叶わないことぐらい分かってる……」


だが、それでも私は止まることが出来ない。

自分の代わりに寵愛を得ていながら姉を裏切った王子を許すことは私には出来ないだろうから………



◇◆◇



ー 上手くいったな。


目の前にいるのは1人の愛らしい少女、アリア。

僕、アレスは彼女の砂糖を見た時の反応に自分の狙いが上手くいったことを確信して思わず笑いを浮かべた。

本当に今日は夢のような日々だった。

酷くいい天気で、目の前の少女との会話もよく弾んでいる。

最初は何処か作りものようだった笑いは砂糖を取り寄せた後からは偽りのない笑顔になった気がする。

もちろん、それは僕の勘違いかもしれないが。

そして僕は目の前の少女をあることを思い出す。

それはアリアに初めて出会った日のこと。


ーーー 彼女に一目惚れした時のことだった。


だがそれは叶わぬ恋のはずだった。

何故ならば僕は彼女の姉と婚約を交わしていたのだから。

しかしその枷は今はもうないのだ。


「アレス様、嬉しそうですね」


「あ、うん、ちょっとね」


僕はいつの間にか頬が緩んでしまったことをアリアの指摘で悟る。


ー あぁ、相変わらず僕は締まらないな。


そして僕は少し情けないところを見せてしまったことを反省するが、だがすぐにまだ挽回は出来ると心を入れ替える。


だが、その時僕はふと彼女の姉のことを思い出した。


彼女は酷く優しい女性だった。

気遣いもでき、妹のことも心から愛していた。


「何故彼女は妹を貶したんだろう……」


そしてだからこそ、僕は彼女が令嬢、それも妹を貶したあの晩のことが納得できなかった。

それは僕がアリアのことが好きだと彼女に知られた日。


ー アリアは貴方との婚約を望みません!アリアは貴方が思うような子では無いのです!彼女が好きなのは……


僕の頭に彼女が妹を貶した言葉が蘇る。

それは明らかに不当に妹を貶す言葉で、そして僕は彼女に失望して婚約を破棄した。

だが、ふと僕は疑問を持つ。


彼女は最後に何を言おうとしたのだろうか、という。


「アレス様?」


「ん?あ、ごめんちょっと上の空になっていたね!」


だが僕のその思考はアリアの声によって遮られた。

そして僕はあっさりと今まで自分が何を考えていたのかを忘れ、アリアと歓談をし始める。


この先何が起こるのか、それを知るものはいない。

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