最終話「幻日」
アリア・デイは二つ目の太陽の中に己を見た。
空は霞み、本物の太陽はまるで幻のように光を失い、方や幻のほうは燦然と輝いて見える。
それはアリアが失業したあの週末に突如出現したのではなく、それよりも前には既にそこにあったのだ。
ただ、観測されることがなかっただけで。
それはすべての世界に偏在し、当たり前のように空に浮かんでいるのだ。
この真理に気づいたのは、パーヘリオンとの同調が完全に完了したからだろう。
アリアは、これまでに見てきた幻覚のすべてが、こことは異なる世界の光景であり、パーヘリオンがそれを見せていたのだと知った。今やこの幻日は、アリアの半身となっていた。
その気になれば、アリアの肉体やリンダリア、この世界がすべて滅んでも、パーヘリオンにバックアップされている情報から己を再生することができるだろう。
あるいはこの、全世界にまたがった巨大なファントムと一体化し、すべてを眺めながら悠久の時を過ごしてもいいのかもしれない。
しかし、今は〈ロジャーズダイナー〉に佇み、ただ氷水を飲んでいる。注文する気がないアリアを、店主のロジャーが何か言いたげに時折見ている。
もしかすると、重なり合った数多の世界のほうが幻で、パーヘリオンとアリアのみが現実なのではないか。
そう考えてアリアが窓から外を見ると、そこに幻日はなく、太陽はひとつだった。
周囲の人間に聞いても、太陽は今も昔も未来もひとつだけなのだと言う。
しかし、アリアは未だに、空にパーヘリオンを感じることができた。
この仕事は、別段好きでも嫌いでもないが、とアリアは思う、始めたことによって、自分はなにが起こっても安心なのだという確信を得ることができた。今後は、もう少し、好きに生きてみよう。
アリアは店を出ると、観測兵の衣装と錆びた剣を見につけたまま、仕事を放り出し、長距離バスに乗ってウェスタンゼルスをあとにした。
開けた窓からは心地よく風が吹き、草と土の匂いがした。
こうしている今も無数の世界で、いくつもの物語が繰り広げられている。この世界と重なり合うように現れては消え、また浮かび上がる。
アリアはそれらに思いを馳せ、少しの間眠ることにした。
ここから先の場所・時間・運命はまだ誰にも観測されてはいない。
幻日逃避ARЯIA 澁谷晴 @00999
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