猫。
芥川文香
7月28日
僕の名前は、『アラシ』―――――。
僕も覚えていないくらい昔に、飼い主が僕のことを拾った日の天候が嵐だったらしい。
人間の言葉が理解できるようになって初めて知った、一つの衝撃だった。
7月28日。
この家に来て、僕も大人になり、体も大きくなった。玄関で、飼い主を待っていた。家の住人は二人だけ、男の人と女の人。僕が好きなのは女の人。この人は、僕に構うことがあまりない。その逆で男の人は、僕によく構っていた。
今、家にいるのは女の人。外の太陽は、地面と垂直の関係にある時間帯。ベッドで心地よさそうに寝ている。この人は、夜に男の人と入れ替わりでいなくなる。
女の人の名前は『オカアサン』、いつも男の人がそう呼んでいる。
男の人の名前は『ユーチャン』、オカアサンがそう呼んでいる。
「ただいまぁ。」
玄関に敷かれているカーペットで仰向けで寝ていると、ユーチャンが帰ってきた。じろりとそちらを見る。
「うっわ、びっくりした。」
ユーチャンは僕のお出迎えに、毎回何かしらの声を上げる。そして、すぐに僕の頭の近くに重たげなリュックを置いて、どこかへと行く。
それよりも少し眠たくなってきた。おやすみなさい。
ユーチャンの足音が僕の近くまで迫っている。それに反応して、目をうっすら開けるとすぐに浮遊感が僕を襲う。
ユーチャンは僕が玄関で寝ているのを見ると、すぐ僕を彼のお部屋に連れ込もうとする。
これは静かなる僕と、ユーチャンの戦いだ。
彼がいつも寝床としている場所に到着すると、彼は体を倒し、仰向けになる。そして、僕を体の上に乗せたのちに、体をひねり、なるべく衝撃がないようにとの配慮だろう寝床へと僕を寝かせる。
そして、僕を抱きしめる―――。
僕はこの時間があまり好きではない。オカアサンとは違い、ユーチャンは僕に対する執着が激しいように感ぜられる。
僕のおなかに顔をうずめて、ユーチャンは人の言葉を吐く。
「あー。がっこういきたくない。夏休みなのに、なんでがっこうあるの。バイトも部活もめんどうくさいよ。やめたい。」
つらつらとよくわからないことを喋る。ユーチャンが僕に向かって零す言葉は、愚痴と言われる何かか、僕に対する揶揄いや愛情の言葉だ。
種族が違う相手によくここまで話せるものだと、ある意味人間というものは変わっている。
あの、薄い板のようなものに流れる映像で人間が動物を愛でている。向こうからしたら損だらけなのに、食事を出す。
他種族を愛でているのは、ユーチャンやオカアサンだけではないらしい。
全く変わった種族だ。そろそろ、ユーチャンの相手にも疲れた。僕は、彼の顔に爪を立てた。
猫。 芥川文香 @Afumi0921
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