第9話 図書館のあの子

 不思議と噂話を追いかけると、図書館にたどり着くことが多い。

 勿論、そういった本が置いてあるので読みながら友人と盛り上がっている子達もいるから、そんな人たちの会話を聞きかじって、こんな噂があるんだよと話が広まっていく。

 何度かそんな場面に出くわしたことがある。

 どんな本から噂が広まっているのか、誰がそういう話を一番しているのかを僕はじっと観察していた。

 本当なら噂話を調べて回りたい所なのに、部長に暫く学校の噂を調べて回るのを禁止されてしまったからだ。なんでも、今月は星の並びが良くないそうで、噂話を調べて回ると余計なトラブルに巻き込まれると宇宙人からのお告げが来たらしい。

 久木も僕が噂話を調べようとするとことごとく邪魔をしてくる。エンジェル様も噂に関わるとトラブルに巻き込まれると言っているというのだ。何故?

 とりあえず、あまりにも二人が心配するので噂話自体ではなく、噂話の根源を探る方向に変えてみた。二人には図書館でたまにはゆっくり読書でもすると伝えてあるのでしつこく着いてくるようなことは無かった。

 昼休みも、放課後も、大体来る人は決まっている。一週間ほど観察を続けていると、いつも同じ場所で人だかりができていることに気付いた。

 いつも同じ女の子が中心になって、色んな噂話をしている。少し奇妙だと思ったのは、中心の女の子は何時も違う名前で呼ばれていたことだ。

 あだ名なのかと最初は思ったが、どうもそういうわけではないようで司書の先生ですら彼女の事を会うたびに違う名前で呼んでいた。

 彼女の事が気になって仕方が無いのに、なぜか声をかけようという気持ちになれない。気になればすぐに噂を調べまわる僕が行動に移せないのは、彼女が異性だからなのか。部長たちの調べまわることを禁止されている所為で少し気にしているのか。

 とりあえず自分一人で調べるのは良くない気がしたので部室で一人チェスをしていた久木に声をかけた。

「久木君、君のエンジェル様って僕の質問にも答えてくれる?」

「ん?多分答えてくれるとは思うけど……あぁー、ちょっと機嫌悪そうだなぁ」

 久木はチェスを片付けると鞄から真っ白なノートを取り出した。

 表も裏も真っ白く、既製品では見かけないデザインだと思った。

「今日はこのページを使おう」

 ノートを開き、ボールペンを握り締める。

「二人でやるんだっけ?」

「いや、今日は一人でいい」

 久木は利き手ではない左手でグッとペンを握っている。しかし、エンジェル様もこっくりさんと同じように五十音を書いた紙を用意するはずなのだが、ノートのページは真っ白だった。

「で、質問は?声に出さなくていい、聞きたいことを思い浮かべろ」

 そう告げると久木は目を閉じて俯いた。

 とりあえず言われた通りに図書館の女子の名前が知りたい。

 彼女はどうしていつも違う名前で呼ばれているのか気になる。

 その二つを考えていた。すると、久木の腕が動き、白いページに文字を書き始める。きれいな字で、まるで教科書の印刷された文字のようだった。

 さらさらとかき上げられていく文字。この間、ずっと久木は下を向いたままだった。

 どうやって書いているんだろう?これもすごく気になってしまった。

 ペンの動きが止まると、久木は具合悪そうにうめき声を上げながらやっと顔を上げた。

「なんて書いてある?俺は内容は分かんないから」

 ノートを覗き込むと、確かに僕が聞きたいと思っていた答えが書かれていた。

【図書館の女の子の名前は騙裏揶】と見た事無い単語が名前として書かれており、首を傾げた。どこまでが名字なのだろうか?

 彼女が色々な名前で呼ばれるのは彼女が【騙裏揶】だからだと書いてあるが、理由はよくわからない。もしかして、僕の様に彼女の名前が読めないから適当に呼んでいるのだろうか?

 しかし、彼女は山田とか斎藤とか、鈴木とか舞さん、アイちゃんとかこの漢字の当て字にもならない呼ばれ方をしている。余計に謎が深まるばかりだった。

 どうやってノートを書いているか、それについても答えが書かれていた。エンジェル様の力は偉大なのですとなんかカワイイ女の子のイラスト付きだった。エンジェル様って事なのだろうか?

「あー、これ何聞いたんだ?」

 久木はこの名前に何となく思い当たる節があるのだろう。少し困ったような顔をしている。

「最近図書館で気になる女の子が出来たんだけど、話しかける勇気なくってさ。名前を知りたいなって。ほら、名前分かればクラスとかも調べられるかなって」

 そう言っても久木は納得していない。いや、確かに今まで女の子に興味を持った様子が無かったから急に女子に興味があるって言っても信じられないかもしれないけど、嘘というわけではないからね。あの子には妙に興味を惹かれる。

「こんな名前の人間いるか?」

「ってことは、あの子は人間じゃないのかな?ああ、だから僕がきになったのかな」

 哀しい事に、普通の女の子にときめいた事がない。

「関わるなよ」

 かなり低い声で、まるで脅すように久木は呟く。

「なんで、これは新しい怪談話だよ!調査しないと……」

 冷たい彼の視線に気づいて、高く掲げた拳はそっと下した。そういえば噂話を調べるのは暫く禁止だった。しかし、これはまだ噂になっていないのだからギリギリセーフなんじゃないかなと思ったのだが、心が読めるのかさらに眉間にしわを寄せて久木に睨まれたので調べることは諦めた。

 だけど、こちらが調べるのを諦めたとしても向こうから接触してきたのなら無視するわけにもいかない。


 あれから二日後、相変わらず図書館で彼女を眺めていると、珍しく今日の放課後は取り巻きの子達がいなかった。その所為か、彼女と僕は目が合った。

「お久しぶりですね、覚えてますか?」

 どこかで見たような、どこにでもある顔の女子生徒。

 この妙に印象に残らない顔にふと背筋が寒くなる。なぜだろう、あんなにも取り巻きができる子だというのにあまりにも印象が無さ過ぎるのだ。

 この感覚は、以前にも感じたことがあった。どこかで会ったはず、恐らく彼女との接点はこの図書館だけだ。必死で思い返してみると、病院で彼女に会っている。電波系なのかと思った彼女だろう。

「お見舞いに来てくれた子、だよね?」

「そうです。図書館でまたお見かけしたんですけど意図的に私と接触するの避けてましたよね?」

「意図的っていうか、君人気者みたいだったから。今日はお友達はいないんだね」

「ええ、今日は貴方とお話したかったから」

 彼女は僕の正面の席に座る。何が面白いのかニコニコしながらこちらを見ている。なんとなく居た堪れなくなって視線を逸らすと、聞き心地の良い声で彼女が話を始める。


 *  *  *


 この図書館には不思議が集まるんです。偶然じゃなくて、意図的に集められている。

 それはどうしてか知っていますか?

 この学校では沢山の噂話が生まれて、そして成長している。成長するためには人に知ってもらう必要がある。多くの人が知ることで噂は成長して独り歩きできるほどに大きくなり、実体をもつ事が出来るようになるんですよ。

 そんな噂から生まれたモノがこの学校には溢れ、そして生徒が卒業するとともに学校の外にまでついていき、街中にも広がっていくんですよ。

 そしてどんどん色々な人の耳に噂が広がって知らない情報が足されて行って巨大な存在になるんです。掲示板でも有名になり、イメージが共有されて実害を与えられるほどに大きくなるんですよ。

 彼らの成長を手助けすることができるのが語り手なんです。

 成長を手助けするのが私たちの仕事、先輩もその一端を担っているんです。先輩が噂を調べることは彼らの活動を活発化させるうえで必要な事なんです。

 どうして調べることをやめてしまったんですか?あなたが動けばそれだけ噂は成長していく。その才能があるんです。

 ねぇ、小名氏さん。明日も図書館に来てくれますよね。こうして私を話をしてくれますよね。噂を調べないのなら、私とこうしておしゃべりしてくれますよね


 *  *  *


 彼女はにっこり笑っている。しかしさっきから震えがとまわらない。彼女の言葉がずっと頭の中で反響していて、このままじゃダメだと感じる。これ以上この場所に居たら、彼女に影響を受ける気がした。

 惹きこまれるとはこういう事なのだろうか?

「おーい、帰るぞ」

 聞きなれた日常の声にハッとする。図書館の入り口に視線を向けると久木が僕の鞄を持って立っていた。

「あ、うん!ごめん、彼と帰る約束してたんだ」

 彼女の質問に答えずに慌てて僕は図書館から逃げるように飛び出した。あのまま久木が来なかったらきっと僕は頷いていた。彼女の望みを聞いてしまっていた気がする。断らせないという圧力のようなモノの所為でまだ心臓がバクバクしている。

「暫く図書館も禁止な」

「うん」

 今回ばかりは久木の話に頷くしかなかった。





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カタリヤさんのいる図書館 猫乃助 @nekonosuke

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