おんざねっく彼氏さん

雨露多 宇由

閉店間際のお客さん


「いらっしゃいま………せ」


「二人、禁煙で」


「え? へ、ひっ、は?」


「聞こえなかった? それとも、私の英語はそんなにヘタかしら?」


「い、いえ! 速やかに案内させて頂きます!」


「ええ、よろしくね。………さあダーリン、行きましょ」

「……………………」


「――――こ、こちらです! ど、うぞごゆっくりぃ!」


「ふふ。随分とあわてんぼうな店員ね。……ねえ、ダーリン」

「……………………」


「ええ、確かに。でも、許してあげましょうよ。今日は記念日でしょう?」

「……………………」


「……もう。そんなこと言って、どうせ忘れてたんでしょ。わかってるんだから」

「……………………」


「さあ、何か頼みましょう。何が良い?」

「……………………」


「もう、こんなところで、そんなこと。みんな見て…………あれ。誰もいないわね」

「……………………」


「そうね。まるで貸し切りで、私達二人しかこの世にいないみたい。さ、何食べる?」

「……………………」


「それ好きね。じゃあ、私は……これにしよっと」

「……………………」


「すみませーん! 注文したいのだけれど」


「ひ、あ、はい! すぐに参ります!」


「ああ、そんなに慌てなくてもいいのに。ふふ」


「ご、ご注文は?」


「私はペペロンチーノ。……彼には、このデミグラスハンバーグを」


「………お、お連れ様もですか?」


「……? ええ、そうよ。変なこと言うのね。……ねえ、ダーリン」


「――う、承りました。失礼なことをいって申し訳ございません。すぐにお持ちして参りますので!」


「あ、そこまで急がなくても…………いっちゃった。それにしても大丈夫かしらね、彼」

「……………………」


「やだ、もう! 嫉妬してるのね? うれしいわ。……そういうのじゃなくて、ほら。彼、随分体調が悪そうだったから」

「……………………」


「ね、まるで幽霊でも見たみたいに真っ青だったわ。……もしかして、いるのかしら」

「……………………」


「ちょっと! そんなに笑わなくてもいいじゃないの。子供みたい、って怖いモノは怖いのよ」

「……………………」


「守ってくれるって……ありがとう。頼りにしているわね」

「……………………」


「――――お待たせしましたぁ! ご注文のペペロンチーノです! デミグラスハンバーグはあと五分ほどお待ち頂きます」


「ええ、ありがと。……おいしそうね」

「……………………」


「……え? だめよ、食事は二人一緒にって、決めたじゃないの。だから、待ってるわ」

「……………………」


「ええ、そうよ。ちょうどここで、五年前に。ふふ、あなたは変わらないわね」

「……………………」


「……ありがとう。あなたにほめられるためにキレイにしてるのよ」

「……………………」


「安心して。私の心は、あなたの物だから」

「……………………」


「お、お待たせしました。お連れ様の分の、デミグラスハンバーグです。フォ、フォークなどはそこの箱に入っておりますので。で、ではごゆっくり!」


「……やっぱり慌ただしい子」

「……………………」


「もう、そんなんじゃないったら。でも、あの子あなたに似てない? あの焦って噛みそうになってるところとか」

「……………………」


「ええ、ええ。わかっているわ。あなたはあなたはよ。……さ、食べましょう」

「……………………」


「…………うん、おいしい。やっぱりあなたと食べる食事はおいしいわ!」

「……………………」


「ふふ、どんどん手が進んじゃう。あ、今太るぞって言いかけたでしょ。運動するからいいんですー」

「……………………」


「……あれ? 全然進んでないじゃない。大丈夫? 具合悪いの?」

「……………………」


「え? そ、そんな…………もう。甘えん坊なんだから」

「……………………」


「あーん」

「……………………」


「どう? おいしい?」

「……………………」


「そう、良かった。…………ほら、どんどん食べましょう?」

「……………………」


「へ……? 食欲が無いの? やっぱ具合が……」

「……………………」


「…………私と話せるだけでお腹が一杯? ―――もう。ふふっ」

「……………………」


「そうね。そうしましょうか。残していくのは心苦しいけれど……私もあなたのことが心配だし」

「……………………」


「じゃ、行きましょう」

「……………………」


「お会計、よろしく頼める?」


「は、はひ!」


「ふふ、本当、昔のあなたみたいね」

「……………………」


「お、おおおお会計二四ドルとなります!」


「はい、これでお願いします」

「……………………」


「え? ……もう。大丈夫よ、今日は私が払うわ」

「……………………」


「こ、こちらお釣りとなっております!」


「ふふ、ありがとう」


「お、おおお気を付けてお帰りくださいませぇ!」


「じゃあ、また来るわね。…………ね、ダーリン」

「……………………」


「……………ひ、あ、ああ。やっと、出て行った。は、は、は、は」





「家に帰ったら何をしましょうか。映画でも見る?」

「……………………」






「――――狂ってやがる!!」

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