異世界だからって何やってもいいわけじゃない!!

椿扼腕

神の助け

 台風が来ていた。どうして他の交通手段を選ばなかったのか今更後悔しても遅いのだが、交差点を曲がりきれずに大吾の乗ったエコカー減税対応の4WDセダンは電柱へと見事に突き刺さった。そして死んだ、らしい。

 「ここまで訂正箇所はないですか?」

 白い装束を着た五十代前後の男性が確認を求めてきた。

 「は、はぁ...。」

 訂正もなにも覚えていないのだから何も言えない。

 「あ、もしかして記憶ない感じですか?よくいるんですよ、脳の損傷が大きくて、記憶障害になってからお亡くなりになる方って。」

 「そ、そうなんですか...。」

 「わかりました。では大吾さん、このまま提出しておきますので、奥の六番の待合室にて少々お待ちください。」

 促されるままに先へと進む。後ろを軽く振り返ると数え切れないほどの人間が列をなしていた。国籍はバラバラでさっきの白装束の男は何か別の言語で次の死者に対応していた。そう、死者である。ここはおそらく天国、地獄へ行く前の関所のようなものなのだろう。頭上にはヒト科と大きく書かれている。なるほどこうもざっくりとした区分けだから列も長くなるわけだ。そう考えるとなんとなくさっきの白装束の男を激励してしまう。

 六と大きく書かれたドアを開け、中に入る。部屋全体が日に焼けたような黄色がかった白色をした、二畳ほどの小部屋だった。他に待たされている者はいない。されに、部屋の奥にはカーテンがあり、視界が遮られて何があるのかまったく見えない。後ろのドアをしめると静寂が耳についた。

 なかなか呼びに来る者がこなく手持ち無沙汰にしている間に、だんだんと耳の感覚が鋭くなって来る。するとと、先程まで聞こえなかった音が聞こえてくるようになった。

 ーーーーー水音。

 たしかに微かにだがカーテンの奥から水の流れる音がしてる。動いては行けないのだろうけれど、なかなか呼ばれる気配もないので少しだけカーテンを開いてみる。

 待合室の先は大きな川になっていた。向こう岸は靄のような霧のようなものがかかっていてよく見えなかったが、手前側には今自分が待つまているのと同じような待合室がもの凄い数並んでいた。どうせ死んでいるのだから何をやったっていいだろう。大吾はおもむろカーテンの外に出てみた。風はなく匂いもないが、それ故に川のせせらぎに耳を奪われた。

 「下流には何があるのだろうか。」

 この川の存在がなにであるかは薄々気づいていた。三途の川。おそらくそうだろう。向こう岸は死の世界。まあ、もう死んでいるのだから死の世界にはいるのだろから、渡ってしまうともうかえってくることはないみたいなやつであろう。どうしてそう思い立ったのかわからないが、無性に下流に行ってみたくなった。好奇心に勝てる感情はなかなかない。周りを見わたしても誰かいる気配はない。思い切って下流へと進むことにした。

 自分の感覚で30分ほど歩いたが、周りの景色は一向にかわる気配がなかった。薄暗い空に同じ形の待合室が永遠と並ぶ。この先何も変わらないようだしそろそろ戻ろうか、そう思ったとき、近くのカーテンが開く気配がした。とっさに岩の影に隠れる。

 「この川を渡れば黄泉の国ですので、あと少しですよ。ただ川にだけは落ちないようにしてください。空間の狭間で迷子になることになってしまうので。そうなると一生出てこれませんよ。もう死んでるんで一生は終わってますけど。」

 さっきの男とは違う白装束の男が何かを船に案内していた。何かは素直に従って船に乗り込み、対岸へと進んでいった。

 船が出港して、物音がしなくなると大吾は頭を整理した。今白装束の男に連れてかれていったもの、それは人でもなく獣でもない。言わば獣人であった。ほとんど人間の姿に相違ないのだが、頭から明らかに本物のうさ耳が生え、尻には丸くて白い尻尾のようなものがついていた。ここはさっきまでいたヒト科ではないらしい。大吾は近場にあるカーテンを開け、中に入った。その部屋はは先程長々と待たされていた部屋と変わらない。ならばと思い切って反対側のドアを開けてみる。しかし、そこには先程までとは似て大きく非なる光景が広がっていた。

 長蛇の列をなしているのは人間ではなく獣人たちであった。頭上に書かれている文字は今まで一度も見たことのないものだった。目の前の光景に呆気に取られていたそのとき、甲高い笛の音が空間に響き渡った。

 「何者かが紛れ込んでいる!!!即刻捕まろ!!!!」

 白装束の男が大勢現れ、周囲をくまなく調べ始めた。もしまだ心臓が動いていたならば全身で拍動を感じたであろうこの状況の中で対処法を必死に考えていたとき、突然後ろから肩を叩かれた。

 「いやっ!!!!ごめんなさい!!!わざとじゃないんです!!!許してください!!!」

 我ながらなんて滑稽であるだろうか。人知を超えたスピードで土下座の姿勢に入り訳の分からない言い訳をしていた。これからどうなってしまうのだろうか。ちょっとした好奇心に負けた自分の心を憐れむしかなくなっていた。

 「何をしておる、このままだとどうなるかわからぬぞ、はやく逃げるのだ。」

 声のする方を向くと頭からうさ耳の生えた男が手を差し伸べていた。訳の分からぬまま彼の手を取る。

 「逃げるって言ったって、どこに逃げれば...?」

 「わしに考えがある。」

 そう言って長蛇の列がある方へ大吾の手を取ったまま走り出した。

 「いたぞ!!!あそこだ!!!」

 男たちの声がする。このままだと本当に捕まってしまう。どうするつもりなのだろうか。

 「こっちの世界におぬしを連れて行く。ここで捕まるよりはましであろう。」

 「こっちの世界ってどうゆうこと!?ねぇ!!!」

 獣人は答えることなくまっすぐ走り続けた。

 「この先に赤く光っているところがあるだろ。そこを走り抜けるのだ。そうすればいけるはずじゃ。止まるんじゃないぞ。」

 獣人は足を止めながら大吾に説明した。

 「ねえ、あんたは来ないの!?捕まっちゃうよ!!」

 「大丈夫じゃ。わしは神だからの。」

 「神っ!?何言ってるの??ねえ!!はやく行かなきゃ!!」

 「そうじゃ、忘れとった、肉体は連れて行けんから、誰かの肉体を借りる事になる。それだけ覚えておくのじゃ。」

 そう言って大吾の背中を軽く叩いた。その瞬間弾けたように大吾の足が走り始めた。赤い光がどんどんと近づいてくる。

 「達者での〜。」

 「おい!!どうすればいいんだよ!!なあ!!」 

 振り返ると白装束の男たちが追いかけてくる姿が見えた。さっきの獣人の姿は見当たらない。うまく逃げてたらいいのだけれど。

 足は止まることなく赤い光に向かっていった。もう間もなく到着するというころあまりの光の強さに目を瞑ってしまった。しばらくすると先程までの喧騒は一気になくなり、辺りは静寂に包まれていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

異世界だからって何やってもいいわけじゃない!! 椿扼腕 @ashitanomyo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ