27.裏切りと正義

「……まさか、こんな所で会うとは」

 そう一言だけ呟き、私は直ぐに自分の腰からシルバーナイフを取りそれを男の足元をめがけて投げつける。それを、あいつは簡単に避ける。そんなの予想の範囲。私は左手に持つもう一本のシルバーナイフを彼の腹部めがけて立ち向かう。

「……少しは腕を上げたな」

 そう言いつつも、あいつは自分のシルバーナイフで私のナイフに迎え撃つ。力はほぼ同じ。力が強い、これは先天性だがこれだけは永遠のライバルである彼に劣らない。

「お前は、本気で私に勝ちたいのでは無いのか?」

「……何を言っている。そう言ってきただろう」

「なら、お前は私を殺したほうが早いのではないか……そう思うが」

「……そう考えたことだってある。私は暗殺者、そしてお前も暗殺者。でも、殺したら私は負けを認めたことになる。お前の存在を消さないと、私は勝てないと認めてしまったことになるだろう」

 だから、私は相棒のこいつでお前を殺るつもりはない。

 私は左手で、ナイフをしまいながら空いた右手で一回り刃が厚い紫のナイフを取り出した。

「……そうか。お前も、自分らしい信念を持つ歳になったか」

「だから私は行く、今日も依頼をこなすために」

 私が、そう彼の横を通り過ぎようとしたとき彼は私の頭にポンッと触れてきた。

「……なんだ。お前は、私の兄にでも成りきったつもりか」

 そう言って、私は右手に持っていたアメジストのナイフを振りかざしその手首を切り落とした。その切り口から現れたのは真っ赤な鮮血ではなく……

「……さすが。どこで偽物って気づいたの?」

「……あいつはライバルだ。それ以前に、私の兄。たった一人の肉親だ。彼は私を認めることはない、常にあいつは私を突き放す」

 切り口から溢れ出したのは、紫の瘴気。それは静かに執事の体を包んでいく。

「面白い……」

 そう一言だけ残し、幻は消えた。私は落としたナイフを拾い薔薇の無い館を見上げた。

「……それに、もう兄はこの世にいないんだ」

* * *

「本当にあなたは問題児ですね。いくらご主人様が特別な方とはいえ……さすがに無防備にするわけにはいかないでしょう」

「じゃあボクを倒せばいい! ボクは、親身に話を聞いてくれたルナを守るだけだ」

「……やっぱり、貧しく卑しい身の者は変に自我が強くて面倒ですね!!」

 そうミュレがラルに立ち向かうと同時に、ホワッ……と彼女の空いた両手にシルバーの美しい槍が現れる。

「……もう一度、あなたを一から育て上げないといけませんね」

* *

「……まさか、無傷でアストイルに入れるとは」

 その頃のルナ、彼女はラルの計らいにより難なく屋敷の中へと侵入していた。未修復の窓ガラスの飛び込んだ先には、ただただ広く薄暗いロビーが広がっているだけだ。

「ラルミリア、あいつは本当にダメなメイドだな……こんな風に窓を割ってしまったら屋敷の中に入りたい放題じゃないか」

 ……おかげで、あたしは任務が果たせそうだから文句は言えないけどね。

 ルナは、一息吐くと黒いフードを深くかぶった。そして、身を低くして軽快に正面階段を駆け上がる。そして、二階に登ったときどこからか足音が聞こえてくる……

「……あの二人の騒動に気付いたか」

 コツコツコツ…………ッ

 それは徐々に遠ざかっていく。そして、足音が完全に聞こえなくなるとルナは上へ向かい階段を素早く上りきる。

「……ようこそ、お客人。我が家に何用だ」

「っ……!?」

 突然、彼女の耳元で低い男性の声が響く。ルナはナイフを構え、素早く身を翻し背を守る。そこにいたのは、黒髪の背が高い男。黒い燕尾服から執事だとわかる。彼は黒いマスクを外しながら、ただ静かに赤い瞳でルナを見下ろしていた。

「……少し足音が遠ざかったから、気づかれていないとでも思ったか?」

 執事は細く、キレのある目でルナを見下ろす。それに怯むことなく、ルナは身構えたナイフを光の如く男の首元へ持っていく。その刃は、確実に敵の的を獲て……

「……君は変わらないな。戦い方が単調なんだよ」

 エレノアに……気に入られたいんだろう?

 そう囁くと、執事はそのまま首元に向けられたシルバーナイフの刃を掴み、少しの隙を見せたルナから奪い取る。そして、それをそのまま彼女の腹部に返した。

「あっ……かはっ!?」

「……どうしてそのことを知っているのか、そう言いたそうな顔だな」

「あたしはっ……自力で、自分で考えて、ここに……!」

「エレノアの敵討ちじゃないのか? 君ほど、彼女に執着していた暗殺者はいなかった」

「……ノアは生きている。でも、アストイルに呪われている。あの頃の……『孤高の暗殺者』を語る彼女はもういなっ……!!」

 その言葉を言いきれず、ルナは血を吐き出しその場に倒れ伏した。その目からは、微かに涙が浮かんでいた。執事は、倒れるルナの頬に触れる。まだぬくもりがあり、息もしていた。そんな彼女を見て彼は微笑み、そのまま血で汚れた体を抱き上げた。


「その執念の強さはエレンにも負けていないと思うよ、私はね」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

黒と白の暗殺者 城咲こな @kona_9900

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ