26.心変わり
「……そんな面倒なことなんてしてる暇ありません。さっさとあなたを殺して先に進みます」
「さすがだねぇ! 噂通りの赤髪の暗殺者、ルナシィアリ!!」
赤髪の訪問者、ルナの名前を呼びながら笑顔でラルはナイフの刃をしっかりハサミで受け止め、防御態勢をとる。キィッ……という金属音が二人の間で響きあう。
「……知らないと思った? キミのこと。目がちょっと泳いだよ、暗殺者なのに表情がコロコロ変わって面白いね!」
「…………」
ルナは表情を指摘され、思わず顔をしかめる。彼女は暗殺者の中でも感情が豊かで、表情がよく変わるのを相方のエレノアも含め様々な暗殺者に指摘されてきた。今もそう……そんな表情一つで、相手に自分の気持ちが悟られてしまう。何度言われてきたことか……
「あなたこそ、人の表情を読み取っている場合ですか?」
両手のナイフでしっかりラルのハサミを押さえつけ、ルナは空いた両足でメイドの鳩尾を蹴り飛ばした。素早く重い蹴りを至近距離で食らう。小柄なメイドの体は軽々と宙を舞い、背中からドサッと音を立てて落ちた。
「っ……今の蹴り良かったよ、良い対応じゃないか!」
楽しそうに笑いながらラルはすぐに起き上がる。そして再び両手にハサミを持ち、森の中を走り距離を取ろうとするルナを追いかける。
「ボクがお客様を逃すはずないだろう? 足でボクに敵うと思わない方がいいよ!!」
「……そんなに死体になりたいのなら、してあげますよ!」
刃先をこちらに向けて飛びかかろうとするラルを目の前に、ルナは懐から新たに二本のナイフを取り出しメイドの目を狙い投げつけた。顔面が無防備な彼女は、間一髪で一本は防ぐが一本は左目を貫かれた――
「うっそ……」
「…………」
ラルがそのままうつ伏せになって、地面に落ちる。でも、彼女は目に刺さったナイフなど気にせずそのままルナに立ち向かっていった。
「……感覚まで麻痺しているのですか」
「キミを逃がしたくない、どうしてボクの目を潰してまでして逃げようとするんだい? まだ旦那様は起きない、それまでボクと遊ぼうじゃないか。夜が明けたらボクがキミを引きずって、旦那様の元へ連れて行ってあげるからさ!!」
「……結構です。ご主人が寝ている間にさっさと殺して帰ります」
「どうしてそんなに急ぐのさ? 明日は妹様もここに来るっていうのに」
……キミはアストイルを殺したいんだろう?
ラルはそう言って、左目に刺さっているルナのシルバーナイフを強引に引き抜きそれを的確に持ち主に投げ返した。だらだらと赤黒い血液が垂れてくるが、少し拭うだけで特別対処したりはしない。投げ返されたナイフを受け取ったルナは、それを受け取ると一旦考え込むようにして武器を懐にしまう。
「妹……それはセリュスレイリカのことですか?」
「そうそう、あの怖い怖い妹様が帰ってくるんだ。明日はお二人のご両親の命日さ、この日だけアストイルは真の姿を見せる」
「真の姿……あの絶縁状態の兄妹が揃うのですか。でも、それを私に教えてどうするつもりです?」
「そんなの、ボクに構ってくれる時間を増やすために決まってるじゃないか」
そう言ってラルはハハッと、崩れない笑顔をまた浮かべる。
「必要ありません。一晩野宿なんて慣れていますから」
「ねぇルナ。キミはもしかして『必要ありません』っていうのが口癖なの?」
「……さぁ。別に意識したことはありませんでしたけど、贅沢の出来ない生活を送ってきたせいでしょうかね」
「わかるよ、ボクも貧しい育ちだった」
うんうん、と首を縦に振りながらラルは徐々にルナの元へ近づく。
「ここの住人は皆、贅沢な暮らしをして育ってきた人たちばっか。ホント、肩身が狭くなっちゃうよ」
「でも、それで寝る場所と食料は保証された。当てずっぽうな生活より、ずっと安定していて……」
「……だから、キミは孤独になった。お友達に先に裕福な生活を奪われてしまった」
ボクもキミも、本当に愛していたものに逃げられる……
いつも笑顔なメイドの目は、その言葉を放った一瞬だけは悲しげな目をしていた。その目を、確かにルナは見た。
「ラルミリア……?」
「……ルナ、キミを見ているとその道から救いたくなるよ。どうして、キミは暗殺者なのにボクの話を親身に聞いてくれるの? 本物の冷徹な暗殺者なら、この隙にボクを刺して屋敷に行くのに」
「……変に逃げても、あなたの足なら私にすぐ追いつくでしょう。だから、話を聞いてからその詫びに入るのが早いと判断しました」
「そう……それにしては親身すぎると、ボクは思うけどね」
そう言うと、ラルは無表情で語るルナに屈託のない笑顔を向ける。それとほぼ同時に、凛とした声が響き渡る――
「いつまで遊んでいるのですか、ラルミリア」
屋敷の方から、静かに歩いてくる女性の姿が見える。きっちりと纏めたお団子に、清潔感のあるコックコートを身にまとっている真面目そうな女性だ。
「仕事を全うしなさい。お喋りなんてしている場合ですか」
「……そう言うアンタも、勝手に深夜に抜け出してどこ行ってたのさ」
「私はアレス様のご命令で、セリカお嬢様の家へ挨拶に行っていました。立派な仕事ですよ、メイドとして何も仕事を成さないあなたとは違うんですから」
そう言うなり、コックの女性は反抗するラルの顔に平手打ちを繰り出す。あまりの素早い動きに、ラルは反応できずそれをくらう。
「……ほら、私の攻撃も見切れない。やはり身体能力も無いのですね」
「……っ。ボクは違う、アンタみたいに人に操られて生きていくつもりはない!」
そう言い放ったラルの目からは、笑顔が消えていた。彼女は怒りに満ちた瞳でハサミを取り出し、それを突き出した。そして隣で茫然としているルナに声をかける。
「ルナ、キミは中に行け。この面倒なオバサンは私が食い止める」
「良いのですか、私があなたの愛する旦那様を殺しても」
「……良いよ。ボクの話を聞いてくれる“イイ人”に殺されるなら」
「後悔してもしりませんよ……」
そう一言言い残して、ルナは屋敷の方へ駆け出す。それを即座に追いかけようとする女性を、ラルは自慢のハサミで取り押さえる。
「どういうつもりですか……」
「ムカつくから、アンタとここで決着をつけようと思ったのさ。困った部下の相手をしてくれよ」
……ねぇ、ミュレ姉さん?
夜の森に、四つの青い瞳が静かに美しく燃えていた…………
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