25.愛に溺れた心

「ただいま! 戻ったわよ~」

 私とセリカは、街にルナを置いて屋敷へと戻ってきた。セリカが入り口で声を上げると、住人が静かにエントランスへ集まってくる……その表情は驚きに満ちている。

「お帰り……セリカ、お前もしかして一人で街に行ったのか?」

「ええ、みんな忙しそうだったもの。あのくらいの距離なら自分で行けるわ」

「偶然ノアちゃんと合流できたから良かったけど……気を付けてくださいね、セリちゃんはお嬢様なんですから」

「わかってるわよ、もう」

 セリカは不貞腐れながら、面倒だけど明日の支度をするわ……と言い部屋へと向かって行った。その後を、リリアナがいつも通り慌ただしく追いかける。私は、ぼぅっとその当たり前の光景を見つめていた。

「どうしたんだノア、ぼーっとして……」

「……何でもない」

 私はそう問いかけてきたギルバートに返事をして、キッチンの方へ歩いて行った。

「……次は、ミュレだ」

 そう呟き、私は調理室の扉を開ける。そして、ヴィンセントの部屋へと繋がる通路を探し出すために端から端までの壁に触れる。すると、調味料が一際少ない棚に触れたとき違和感を覚える。

「奥行きがない……」

 私はすぐに、そのフェイク棚を横にスライドした。すると、その先にはもう一つ私の部屋と同じくらいの広さの部屋が現れた。それと同時に、鼻をつく異臭がする。嗅ぎなれた、あの――――

「はっ…………?」

 私は、思わず声を漏らしてしまった。なぜならそこには……

「何でお前がここにいる……」

* *

「エレノア……どうして? どうしてあたしを見捨てたの?」

 黒いロングコート、黒いスラックス……後ろ姿が真っ黒な女性は草木の覆い茂る道を一人歩いていた。ノア……ノア、と幼馴染の名を呟きながら……

「あたしが、あの子供よりすごい存在って認めてくれたら戻ってくるかな……?」

 夜も更け、足場の悪い道を彼女は迷うことなく足を進める。彼女が向かう先には、年中霧で囲まれた一際目立つ屋敷がある。

「ここが、あの『霧の洋館』なんだね……」

 彼女は立派な屋敷を見上げながら、足場の悪い道を進む。

「依頼は……あの屋敷の住人の殲滅。あのアストイル家の生き残りが、あの少女以外にもいるらしい……」

 人数は4人……あのアストイルも落ちぶれたものだな。

 あの大資産家アストイルも、今では主人も含めて4人。少女の方と合わせても9人、しかも主人はあの少女の兄と聞く。

「人を惹きつけるのは性格のせいだけでは無い……それはあの時わかったよ。何かある、幻を見せられているような……言葉に耳を傾けるだけで、精神を持っていかれそうな何かが……」

「こんな夜更けにお疲れ様です。どちら様でしょうか?」

「……!?」

 目の前から、落ち着いた女性の声がする。さっきまで人の気配なんてなかったのに……そう思いながら、赤髪の彼女は腰に隠していたナイフに手を置く。数メートル離れた先には、落ち着いた声からは想像できないようなツインテールの幼いメイドが立っていた。

「なんて、挨拶似合わないよねっ! わかるよ、キミの言いたいことは!」

「……さっきの声はあなたですか?」

「ああ、そうだよ。びっくりしてくれた? ボクはラルミリア、気軽にラルって呼んでくれよ。キミの名前も教えてくれない?」

「あなたに名乗る名なんてありません」

 ラルと名乗った緑髪のツインテールメイドは、赤髪の訪問者が名乗ってくれないのを見て頬を膨らませた。そして、えぇ~! と、先ほどの美しい声からは想像できない品のない低音ボイスで訪問者の方へと近づいていく。

「なんで教えてくれないのさー! ボクだけ教えてキミは教えないっていうのは不公平じゃないかな!」

「勝手にあなたが名乗っただけでしょう。私は忙しいんです、あなたのような子供に構っている暇なんて……」

「それはヒドイじゃないか。ボクは君と仲良くしたいって思っただけなのに」

「…………」

 そうラルが笑顔で言うと、赤髪の女性は静かに自分の手にあったナイフを笑うメイドの頬に向かって振りかざす。シュッ――と、音の後ラルの頬には真っすぐな切り口が生まれた。

「ちょ、ちょっと! いきなり何っ!?」

「……さすがですね。普通の人間なら、他人から武器を振り下ろされたら恐怖の感情が出るはずなのに……あなたは」

 ……笑顔が崩れませんね。

 そういわれ、ラルは「当然じゃないか!」と変わらない少女の笑顔をより一層深めた。楽しそうに笑い、スカートの下から鋭利なハサミを二本取り出しチョキチョキと動かしてみせる。

「久しぶりのお客様なんだから、たくさん相手してあげないといけないじゃないか。そのために……こんなに準備してきたんだよ?」

 そう言って、ラルはスカートをめくり太ももに装着された無数の鋭利なハサミを見せる。それを見て、赤髪の女性は「……やはり」と小さく呟くと、少しずつ彼女から距離を置いた。

「キミとなら楽しい勝負ができそうだよ。ほらっ……!!」

「……っ!」

 ラルが言葉を言い終わるのと同時に、女性の頬に痛みが走る。思わず抑え、その手のひらを見ると真っ赤に汚れている。ラルの片手にハサミが消えているのを見て、今の一瞬で自分の頬が切られたことに気づく。メイドの目は、変わらず楽しそうに笑っていた。

「旦那様のもとに行きたいのなら、ボクに実力を見せてからだよ!」

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