溢れる赤の愛

24.私の進む道

「まぁ、そんなこともあるでしょ」

 うん、そう呟いてルナは感情のこもっていない瞳で目の前に広がる賑やかな街を眺めていた。

「ところで……お前は街に何の用があったんだ?」

「あ、あぁ……」

 ぼうっとしていた彼女は、私の唐突な質問に戸惑った。でも、すぐにいつも通りのクールな表情に戻ると口を開く。

「貧民街の状況を探ろうと思ったんだ。今、どんな人間がターゲットになっているのかとか、誰が功績を積み上げているのかとかね」

「あぁ、なるほど、最近暗殺者としての生活から離れていたから、忘れかけていた……」

「あたしとノアがペアの頃、あそこで結構名をあげていたってのに」

「そうだな……あそこは『孤高の暗殺者』誕生の地。暗殺者にとっては、聖地のようなものだ」

 本当に忘れかけていた。セリカのお気に入りであるこの華やかな街には、貧民街と称された無法地帯がある。やっぱり人が集まる街だから、情報もよく集まる。そして、必然的に待遇のいい情報や依頼も来るわけだ。それを求めて、腕に覚えのある暗殺者も集まってくる。そんなサイクルがここを暗殺者の聖地とした。

「最初、あたしがノアを見たのは少女を助けたとき。あの時はノアのことを暗殺者だなんて思わなかったよ、カッコいい警官だって思ってた」

「警官だったらあんな汚い服着てるわけないだろう……」

「でも、15のあたしにとって困ってる人を守るのは警官しかいなかったんだ」

 ルナは暗殺者らしからぬ、明るい笑顔で語っていた。そして、とても楽しそう。自分のことでもないのに、彼女はいつも私と楽しそうに喋ってくれる。

「だから、さ……ノア、またあたしと暗殺業をこなそう? そしてまた、ノアの師匠を探そうよ」

 そう、私とルナが暗殺業を続けていたのは私の師匠を探すため。行方をくらませた、師匠を追うためなんだ。彼は私を越える唯一の存在……そして、初恋の人。彼と剣を交え、彼の腕の中で死ぬ……それが私の望みだ。

「私は……」

「ノア……」

 貧民街に足を踏み入れたところで、私は横で歩いていたルナの顔を見た。その瞬間……

「部外者は帰ってもらおうかしら」

「……!?」

「あ、あんたは……」

 貧民街の入り口で、微笑む桜色のドレスを身にまとう場違いな少女……そう、そこにはセリカがいた。彼女は一人笑顔で佇んでいる。

「な、なんでここに……?」

「先回りしてきたの、何か部外者にうちのメイドがたぶらかされてそうな気がして」

「たぶらかす……? 世間知らずなお嬢様が何を……」

「とにかく、うちのメイドを返してくれないかしら。彼女は大事な住人なの、一つ同じ屋根の下に暮らす家族なの。暗殺者の世界に戻すのはやめてもらえる?」

「……どこから聞いてたんだい」

 セリカは警戒心を丸出しでいるルナとは対照的に、いつも通りの余裕な表情で私の腕を掴んだ。そして、私にしか聞こえない声で呟き始める。

「……あなたの本心は屋敷で聞くわ。とりあえず、彼女を貧民街から出ないようにして」

 ……ここで、ルナを突き放せば彼女はもう私を追ってこない。彼女には申し訳ないけれど……私は、悲しそうに自分をコントロール出来ない彼女を思い出しながら口を開いた。

「……もうすぐ、夕食のお時間ですので失礼します」

 ……『お客様?』

 私は、そう言って精一杯の笑顔を作りセリカの手を取って貧民街を後にした。ルナの今にも泣きだしそうな顔が目に入るが、見ぬふりをした。

「ノア……その笑顔は何? あんたの居場所はここだよ……!! そんな屋敷に居場所なんてない! 騙されてるんだよ……!!」

 そう、叫ぶルナの声が耳に入った。その声は、私の胸を痛くする……実際彼女の気持ちは嬉しかった。彼女を守りたい、私の弱点は相方である彼女だ。それは十分承知していた、でも……ここまで突き放せばもう、大丈夫だろう? もう……表情が豊かな暗殺者の泣き顔を見たくない。

「これで、彼女は安全だ……」

 そう呟くと、どこかからフフッ……と小さく笑う声が聞こえた。

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