23.変わる未来
「ここが、盾娘の家か」
盾娘が走っていた小さな森を抜けて行くと、そこに見えたのは大きな洋館だった。大きいと言っても、多分洋館の中では小さい方だ。私の住んでいた街の近くには、貴族街があったがそれに比べると圧倒的に小さい。庭も狭く、このくらいなら庭師を雇う必要もないと思う。それに、この家には薔薇が一輪も植えられていない事が夜でもわかる。あの特徴的な甘い香りが全くしない上、赤紫や濃い青紫色をした大きな百合っぽい花が目に入ってくるからだ。
「薔薇が無い洋館……また、珍しいところだな」
「これ、私が植えたの。綺麗でしょ、私このお花大好きなんだ」
「……!?」
「私だよ、お姉さん」
後ろから突如声をかけられ、私は洋館を背に振り返った。多分声からして盾娘だろう……そう思ったが、私はその人物の足もとを見て驚くことしか出来なかった。それは、明らかに男物の革靴だったからである……
「……久しぶり。私の事を覚えているかな」
「な、何でお前がここにいるんだよ……」
そこにいたのは、燕尾服を着た男だった。手にはボイスチェンジャーが握られている。
「……次の狙いは、ここの貴族なのか」
「それは言えない、これは依頼だからな」
そう言って、燕尾服の男は私と同じ赤い瞳で小さく微笑んだ。
* * *
「ほ、本当にノアだよね?」
「信じられないか? 私がエレノアだよ」
「本当に生きていた……良かった。アストイル家の暗殺に行ってから帰ってこないから、駄目もとで訪れたのだけど……」
信じて行って良かったよ……
赤髪の幼馴染、ルナは安堵して私に微笑みかけた。私も、その笑顔につられて頬が緩んでしまう。ルナを街に案内することを理由に、彼女と二人きりになれた私は夢の内容を思い出しながら、彼女の無事を確認していた。
「やっぱあそこにいるってことは、奴隷として働かされているのか……? それを条件に命だけは……とか」
「ははっ、そう見えたか? あそこの主は世間知らずのお嬢様だぞ、そんな黒い考え方出来ないさ。もし、そんなことになったら私は自害を選ぶよ」
「じゃ、じゃあお前はいつになったらあたしの……いや、あたしたちの元に戻ってくるんだ? まさか、金持ちの暮らしに満足して裏切ったとか……」
「……そう見えても、仕方ないか」
でも、私は暗殺者の心を捨てたことなど無い。
そう言って、私は隣で並んで歩く相方の目を見た。悲しそうに私を見るその目は、あの夢で見た目と同じだった。心の底から、私に助けを求めるエメラルドの瞳……
「でも、あたし……もうノアと離れるのは嫌だよ。次離れてしまったら、もう会えないような気がして……」
「じゃあ、街で用事が済んだらお嬢様に相談してみるか……多分、一人くらいなら雇ってくれるだろうし……」
「……それは嫌だ。あたしは、あの少女を信じない。金持ちなんて……」
……良いように、貧乏人であるあたしらを利用しているだけさ。
そう言って、またルナは悲しげな表情を浮かべる。そして、何かを思い出したのか突然頭を抱え出した。
「大丈夫か……?」
「……大丈夫。最近、悪夢にうなされていて……それを思い出しただけ」
「え、お前も……?」
「も、ってどういうこと!?」
ルナと私は、その言葉に驚きを隠せずに口ごもった。私もつい最近、妙に現実味のある悪夢を見たばかりだから……偶然見る事なんて普通にあるはずなのに、どうもそれが偶然に思えず……
「……あのお嬢様に瓜二つの少女に、人体実験の材料にされる夢を見たんだ。どうも似すぎていて気持ち悪いくらいなんだけど……」
「……私は、そうされるルナを助けようとした。けど、助けることが出来ず屋敷の従者に殺された」
「な、にそれ……それってあたしとノアは、同じ夢を見ていたってこと?」
「そう、なるのか……」
私は、その偶然過ぎる偶然を受け入れられず、小さく笑うのだった。
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