22.閉ざされた心
「……そういえば、リリアナの話を聞いていて忘れそうになったが、セリカが客人の対応をしているんだよな。ここで本来ならルナが来るはずだが……」
私は呆然とするリリアナを置いて、部屋を後にした。二階廊下を歩き、正面の螺旋階段を目指す。そしてそこから、一階を見渡すが既に応接間へ招いたらしく、執事が二人分の紅茶を運んでいる姿が目に入った。
「……客はやはり一人か。となるとやはり……」
「ノアちゃん……」
「……静かに声をかけるな、気配に気づかなかったらさすがに驚いた」
一階を覗きこむ私の後ろから、魂が抜け落ちたかのような死んだ目でリリアナが声をかけてくる。そして、ふわっと優しく私の両肩を掴んでくる。
「ねぇ、ノアちゃん。ノアちゃんに限って無いと思うけど、ギル君狙ってたりする?」
「それはない。あんな身体能力が脆い男なんて、興味の対象にもならない」
「え、基準そこなの? ルックスとか性格が基準じゃないんだ……」
やっぱり変わってる……
そうボソッと呟くのが聞こえる。貧民街育ちの暗殺者なら、誰もが強い男を求める……私も含め、それが至極当然だった。彼女のような、最初から良い生活をしている人間ならそんなことは…………
「……そんな風に言ってくるということは、お前はギルバートを狙っているのか?」
「そ、そそそんなことないよ!!」
「……そこまでわかりやすい奴、久しぶりに見たぞ」
図星を突かれたリリアナは、必死に首を横に振って否定してくる。振った時に、彼女のサイドにまとめられた髪先が当たって痛い。先ほどの死んだ目からは想像できないような、照れた顔が私の目に入ってくる。
「まぁ、お前が誰に恋心を抱こうと関係ないよ。私は仕事に戻るから」
「あ、ちょっと! そ、それはずるくない!?」
なんて一人でアタフタしているリリアナを無視して、私は階段を下りた。一階にたどり着いたと同時に、空のトレイを持ったギルバートが横切った。普通に歩いている私を見て、少し呆れた表情をしながら私を見る。
「お前、そんな普通に抜け出して大丈夫なのか? またリアに……」
「もう打ち負かしてきたから大丈夫だ。それより、何か仕事はあるか?」
「打ち負かすって……あいつと腕相撲にでも勝ったのか?」
「……あいつと腕相撲に勝てたら、もう怖いものなしだな」
あの怪力娘に……
さすがにそれはないか、とギルバートは苦笑して私を見た。そうだな……と少し考えると、ふと思い出したように手を叩く。
「セリカの部屋の掃除を頼めるだろうか? 俺が頼まれていたのだが、年頃の娘の部屋だろ……頼めるだろうか? 俺は打ち負かされたリアと、倉庫掃除をするから」
「わかった。まぁ……それをお前に頼むと言うことは、抵抗が無いと言う証拠だと思うけどな」
「……いい加減、男を部屋に入れる事に抵抗を覚えてほしいものなんだがなぁ。俺としては」
そう一言呟くと、頼んだよと私に言いトレイを片付けるために調理室へと、彼は歩いて行った。お嬢様の部屋となると三階……再び螺旋階段を上る。当然そこにはまだ、顔を真っ赤にしたリリアナがいるわけで……
「……まだ一人でそんなとこにいたのか」
「い、良いじゃない! ギル君を見る権利くらい、私にはある……!」
「……別にその権利を否定したわけじゃないって」
恋をした人間は、その人しか目に入らなくなると言うが……本当にそうなのかもしれない。今のリリアナを見てそう思う。いつも、仕事真面目なメイドリーダーがこんな調子で……
「……この屋敷に不安を覚え始めた」
* *
「……正直、何も考えずにセリカの部屋掃除を受けてしまったけど」
客人が誰なのか……確認するべきだったか?
そう思うと、自然と足が動き出した。一人顔を真っ赤にする、馬鹿丸出しのリリアナを無視して再びギルバートの元へ行くために一階へと走り出す。
「ギルバート、いるか!」
自分でも、想像できないほど大きな声が出た。それに中にいたギルバートと、ヴィンセントは驚きを隠せない。二人は、どうした? と少し声を震わせながら私に声をかけてきた。その対応に、思わず私は「すまない……」と謝罪の言葉を漏らしてしまう。
「今、セリカが会っている客は誰なんだ?」
「赤髪に緑眼の女性だ。セリカに用があってここに来たらしい……赤の他人らしいから、俺が同席しようとしたらあいつが断った。だから、今は二人で……」
「……ルナッ!!」
私は、それを確信した私は応接室へと再び走っていた。勝手に入るなよ! と言うギルバートの言葉も、ほぼ聞かずに真っ直ぐ走る。すると、その応接室から二人が出てくるのが見えて……
「セリ……お、お嬢様! 場所を移られるのですか?」
「いいえ、お客様……ルナを近くの街に案内するのよ。私が行きつけの、あの街」
「それならメイドの私、ノアが承ります。お嬢様はお部屋で……」
そう言って、私はちらっと客人の顔を見た。赤髪に緑眼の女性……やはり、ルナだった。多少のズレがあるものの、私の見た夢と同じ流れになっている。私の顔をハッキリと見て彼女も確信したらしく、驚きの表情をしていた。
「そうね、そうしようかしら。彼女も……ノアに用があったみたいだし」
「かしこまりました。では、ご案内させていただきます」
「あ、でもさっきみたいな、はしたない走りは駄目よ!」
「き、気をつけます……」
そんなやりとりをみて、ルナが小さく笑うのが聞こえた。それにつられてセリカもふふっと楽しそうに笑った。
* *
「……久しぶりに見たかも、あんな安堵したノアの顔」
ノアとルナが街へと向かった後、セリカは二人の後姿を窓越しに見守っていた。
「暗殺者も、あんな素敵な表情を見せるのに私は……」
そう小さく呟きながら、セリカは近くにあった花瓶から一本のブーゲンビリアを抜き取った。そして、それを何も言わずに握りしめる。
「私の理想郷はここ!! ここに部外者が踏み込むなど、許されたことじゃない。暗殺者は今までも私の元へ来た、でもそれは全て予知できたもの! でも……ルナは出来なかった。ノアの存在も予知出来ていたというのに……なんで?」
見る見るうちに、自分の手に力が入って行くというのがわかった。それに気付いた時には、既に花の茎は折れてしまっていた。ポトッと静かに落ちる茎を、セリカは静かに拾った。そして花瓶の隣に、花のついた茎と一緒に置いておく。
「……絶対に壊させない。私の……」
「何を、壊させないんだ?」
一人でブツブツと呟きながら、歩いていると前からギルバートが歩いてきた。応接室の片づけをしていたところを、すれ違ったらしい。
「花を折るなとあれほど言っただろう。花だって無限に出てくるわけじゃないんだ、だから大切に……」
「そんなの、私が望めばいくらでも出てくるわ! 私の力を甘く見ないで!!」
「じゃあ、お前が望めば俺やヴィン、リアも……ノアも無限に出てくると言うのか?」
「……あ、当たり前でしょう。そんなこと簡単に……」
「……出来ないから、お前の兄貴はああなったというのに?」
そう、彼女にしか聞こえないボリュームで言う。その言葉に、セリカは黙りこむ。醜く狂った兄のことを思い出して……
「……私だって、そんな夢見ても良いじゃない」
「ああ、夢を見るのは自由だ」
だが、その夢を実現させようとするのならば別だ。
そう言ってギルバートは、セリカの左右色違いの瞳を見つめた。真剣な眼差しを向けられた少女は、目を逸らし逃げるようにその場を去った。
「何もわかんないわよ。私が、どんな苦労をしてきたかなんて……」
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