ありがとう③

ある日、cha-chaは旅に出た。


それからもう4か月が経とうとしている。

外への出入りは自由だったため、

以前も家出をしたことは何度かあった。

しかし、今回ほど長くはなく、大抵1週間ほどで帰宅した。


…とうとうこの時が来たか…。


覚悟する時間はあった。

旅に出る1か月ほど前に、急に食欲が落ちた。

なんとなく顔色が悪い気がする。

ひどくなる前にと、くだんの犬猫病院を受診した。


「猫エイズと猫白血病のダブルパンチをくらってる。」


普段の厳しい顔をますます厳しくさせて獣医が言った。

食欲が落ちたのは、エイズウィルスによって免疫機能が低下し、

口腔内に口内炎が出来ていたため。

顔色が悪く見えたのは、白血病により赤血球が壊され、

立って歩いているのも不思議なくらいの重度の貧血だったため。


先述のとおり、cha-chaは外への出入りは自由だったため、

よく他の猫とケンカして、怪我を負うことも多々あった。

きっとその際にキャリア猫と接触、感染したのだろう。

予防としてワクチンは摂取させていた。

それにも関わらず感染、

そしてダブルで発症してしまった。


いつから?

ずっとそばに居たのに気付けなかった。

きっと小さなSOSはたくさん出していたはずだ。

それなのに、気付いてやれなかった。


思わず抱きしめて、その首元に顔をうずめた。

片手に収まる程の小さな茶色い毛玉は、

両腕で抱えないといけない程の大きな大きな、

かけがえのないものになっていた。

まだ逝くとは決まってない。

泣いたらそれを肯定してしまう。

そう強く思ってみても、あとからあとから溢れ出てくる。

後悔と悔しさと寂しさと不安と申し訳なさで、

私はしばらく顔をあげることが出来なかった。


生きとし生けるものは、いつかは旅立つ。

それはcha-chaだって同じだ。

だが、いつまでも傍に居るものと錯覚してしまう。

愛していればいるほど、そう願うからだろう。


診断を受けてから、cha-chaは外出をしなくなった。

お気に入りの場所で寝ている事が多くなった。

たまにウザくなるほどの後追いもしなくなった。

ただ、私が寝る時だけ、枕元の定位置に移動してきた。

手を伸ばせば届く距離だ。

だんだん痩せてくるその身体を、

そっと撫でながら一緒に眠りについた。

最後の最後までこうやって一緒に居よう…。

そう覚悟したある日。


cha-chaは旅に出た。


「猫は死期が近づくと身を隠す」

よく聞く言葉だ。

猫らしかぬ猫のcha-chaだったが、

最期は猫らしく振る舞いたかったのだろうか。


でもね、cha-cha。

お母さんは君の最期を看取りたかったんだよ。

最後の1秒まで。

どんな姿になろうとも。

この腕の中で冷たくなっていこうとも。


でもね、cha-cha。

きっと君は、

泣き続けるお母さんを見たくなかったんだよね。

最期を見せない事で、

「旅に出た」と思い込ませ、泣かせないようにと。


でもね、cha-cha。

それは失敗だったようだよ。

君が居なくて泣かない訳がない。

旅に出る前日の朝方、枕元で突然

「なーーーーーーぉ!」

と、滅多に鳴かない君が発した最後の声が、

今でも空耳となり聞こえるんだ。


でもね、cha-cha。

4か月が経った今、

やっと君の写真を見れるようになったんだよ。

LINEのプロフィール画像も君に変えた。

写真を見るとやっぱり、その顔を両手で挟んで、

ムニーーーってしたくなるけどね。

それと、やっと君の事を文章にする事が出来た。

君が邪魔をしに来てくれないから、

結構さくさくと文章を打てる事が出来たよ。


cha-cha。

私のところに来てくれてありがとう。

猫アレルギーを否定してくれてありがとう。

たくさんの笑いをありがとう。

たくさんの癒やしもありがとう。



ありがとう。

cha-cha。

いつかまたお母さんのとこに、おいで。

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