第8話 涙の色は?
彼女を探し始めてから一時間、俺に主人公になるチャンスが与えられた。
「どうしてここがわかったんですか?」
彼女は涙で腫れた目を拭いながら、弱々しい声でそう言った。
「ここで俺はそれらしい理由を言ってかっこよくきめるべきなんだろうな、だけど残念ながら、適当に走り回ってやっと見つけたんだ。俺にかっこよくきめるなんて無理みたいだ」
言葉の通り、俺にはなんで彼女がこんな廃ビルにいるのか見当もつかない。
ただ、このビルの近くにぐしゃぐしゃになった、上から落ちてきたであろう看板があって、少し気になったから入っただけだった。
彼女を見つけられたのは看板のおかげだな。
「なんですか……それ。なんで追いかけてきたんですか? 私、あなたをお金で買ってたんですよ。最低な人間なんですよ? なのにどうして……」
彼女の目からは涙がこぼれていた。俺にはその涙は、血のように濁った赤色に見えた。
「やっと見せてくれたな、涙」
「えっ?」
彼女は驚いたような顔で俺の方を見てきた。
「最初に会った時言ってたろ、悲しくないって強がったり、誤魔化したりしちゃう言葉の代わりに涙があるって。そんなこと言ったくせに泣かなかったじゃないか、ずっと我慢してただろ? 涙を」
そう、彼女はずっと嘘をついていた。ついてた嘘はバイトのことなんかじゃない。そんなことはどうでもいい。彼女がついてたのは私は悲しくなんかないという嘘。この嘘だけは見逃すわけにはいかない。
「ずっと気付けなかった俺が言えることじゃないのかもしれない、でも言わせてくれ。たとえ涙の色が赤じゃなくても、いや、涙すら我慢していたとしても、俺が必ず気づいてみせる。お前が悲しんでいるなら、俺が必ず気づいてみせる。だから、悲しい時は一人で抱えるんじゃなくて、俺に一緒に抱えさせてほしい。バイトの嘘なんてどうでもいい、でも自分の悲しいっていう気持ちに、寂しいっていう気持ちに嘘はつかないでほしいんだ。悲しい時は俺にも一緒に悲しませてくれないか?」
ここに来るまで彼女に何を話すのかずっと考えていた。でも、結局何を話していいのかわからなかった。だから自分が思っていることを全部言うことにしたんだ。
飾らない俺の気持ち、かっこ悪くてもこれが俺の本心だ。
「なんなんですか……本当に…… ずるいですよ。私のこと走り回って探してくれて……そんなこと言ってくれて……かっこよくないわけないじゃないですか。なんでそんな……ずるいですよ……」
そう言った彼女の目から流れた涙は透明だった。
「なぁ、名前教えてくれよ、まだ知らないんだ」
「倉敷です……倉敷彩乃です」
「そうか、俺は楠——」
「知ってますよ、あなたの履歴書見ましたから」
彼女は涙でくしゃくしゃになった顔で、少し口元を緩めて、またいたずらっぽく笑った。
俺はその顔にまた見惚れた。
「なぁ、彩乃」
「なんですか」
「やっぱり俺の勝ちだな」
「なにがですか?」
唐突に切り出した俺に、彩乃は戸惑ったような顔で聞き返した。
「涙の色だよ、赤よりそっちのほうが綺麗だ」
「ホントずるいですね……雅也さんは」
涙の色は赤がいいだろ? 湯浅八等星 @yuasa_1224
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