第7話 涙の色は赤がいいだろ?
気づくともう日が落ちて、暗くなっていた。
彼女が公園を出て行ってからもう何時間も経ったのに、俺はまだここから動くことができなかった。
俺はいつまでここにいるんだろうか。彼女を追いかけるのか、家に帰るのか、どっちかでもすればいいのに。
俺はどっちもできないんだ。ここにいたって何にも変わらないのに。本当、俺は弱いな……
「どうしましたか? こんなところで」
突然横から声が聞こえた。
顔を上げてみてみると、そこには二十代後半くらいの男性がいた。
「大丈夫ですか? 何かあったんですか?」
大方、ベンチに座って俯いてる俺を見て、心配になって声をかけたんだろう。
おせっかいな人もいるもんだな。
俺は誰とも話したくなかった。
何も考えたくなかった。
だから、この人にどっかに行ってもらうためにも、頭によぎった一つの言葉をそのまま言った。
「涙の色は赤がいいだろ?」
なんでこの言葉を選んだのだろう?
彼女の顔が頭に浮かんだ。
まぁ、いい。なんにしろ、こんなわけのわからないことを言われたら、危ないやつだと思ってどこかへいくだろう。
しかし彼の反応は俺の予想とは違っていた。
「なるほど、なかなか面白い考えですね。確かに、涙の色が赤だと便利かもしれません。助けを求める涙として目立ちますしね」
なんなんだこの人は、こんなヤバそうな奴にこんなわけわからないこと言われたんだぞ、普通逃げるだろ。
「まぁ、貴方がなんでそう思ったのかはわかりませんが、一つだけわかるとしたら貴方に何か悲しいことがあったってことですかね」
「へっ?」
俺の口から間抜けな声が漏れていた。
どういうことだ?
「だってそうでしょ、悲しいことがなかったら涙の色の話なんてしませんよね?」
男性の言葉に一人の少女の顔が頭をよぎった。
「そうか、そうだ、そうだったんだ」
今度は大きな声が俺の口から出た。
「どうしましたか? 急に?」
男性は、突然叫んだ俺に驚いたようだ。だがそんなことはどうでもいい。
そうだよ、そうだったんだ。悲しくなかったら涙の話なんかしないんだ。
涙の話なんかどうでもよかったんだ。彼女は俺にSOSを出してたんだ。
助けて、と。
彼女の顔を思い出す。するとその笑顔の裏に、真剣な顔の裏に、得意げな顔の裏に、いろんな顔の裏に隠したその目には、赤い涙が流れていた。
彼女はいつも赤い涙を流してたんだ、ずっと。
何が言葉は嘘をつく、だよ。涙だって我慢しちゃうんじゃないか。
「どうしました? 大丈夫ですか?」
男性が俺に話しかけていた。
「はい、貴方のおかげでわかりました。ありがとうございます」
俺は早口でそう返した。
一刻も早くここから去りたかったからだろう。
「そうですか、なんのことかわかりませんが、力になれたのならよかったです」
男性は少し戸惑いながらもそう言った。
「本当にありがとうございます、あの、お名前聞いてもいいですか?」
「私は磯崎です。これは私の想像ですが、多分貴方にはこれから大変なことが待っているんでしょう。どんなことかはわかりません。でも、私も応援してます。頑張ってください」
磯崎さんはとても優しい顔でそう言った。
「ありがとうございます、磯崎さんですね。それじゃあ自分はもう行きます、本当にありがとうございました」
俺はそう言いながら、もう走っていた。
彼女のもとに行くために。
彼女のSOSに応えるために。
俺はどこに向かっているんだろうか?
自分でもわからなかった。
彼女がどこにいるかなんて、見当もつかない。
もし俺が青春映画とかのかっこいい主人公だったら、ここで今までの会話から彼女の居場所を導き出してかけつけるんだろう。
だが、生憎俺の青春と呼べる時期はとっくに終わっているし、かっこいい主人公というわけでもない。
でも、それでもいい。かっこよくなくても、主人公じゃなくても、彼女の居場所がわからなくてもいいんだ。
それでも俺は走り続ける。
彼女を見つけるまで走り続ける。
必ず彼女を見つけ出してみせる。
見つけ出した後どんな言葉をかけたらいいかなんてわからない、どうすれば彼女の赤い涙を止められるのかだってわからない。
それでも走るしかないんだ、俺は。
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