第6話 俺は誰?
次の日、朝起きると俺はすぐに公園に向かった。
さすがにこんな早い時間から公園にはいないだろうと思ったが、それなら待てばいい。
とにかく俺は早く真実を知りたかった。
公園に着くと、驚くことに彼女はもうそこにいた。
「おはようございます、やっぱり来ちゃいましたか」
来ちゃった? どういう意味だ?
聞きたいことはたくさんあったが、俺はとりあえず彼女の隣に座った。
「随分早いんだな」
「公園の主ですから」
そう言った彼女の顔は、前のような得意げな顔ではなく、ただただ、悲しそうな顔だった。
「来てすぐで悪いんだが、一つ聞きたいことがある」
ここまでくると、俺にはもう確信があった。彼女バイトについて何か知っているという確信が。
「……」
彼女は何も答えなかった。
俺はその沈黙をイエスと受け取り、さっき得た確信を口にした。
「君があのバイトを募集したのか?」
「……少し違います、私が募集したわけではありません」
彼女は未だ悲しそうな顔で、とても小さな声を出してそう言った。
「どういうことだ?」
「すみませんでした、私は今まであなたを騙してたんです」
「だからどういうことなんだ? 本当のことを教えてくれないか?」
俺はもう、思ったことを全部口に出していた。
いつもならもっと考えてから話すのに、今はそれができなかった。
「そうですね、まずあなたの正体から話しましょうか」
「正体?」
どういうことだ? 俺の正体って、俺には正体だとかそんな大層なものはない。
そもそもなんで俺の話になるんだ?
わけがわからなかった。
「そうです、正体です。あなたの正体は……」
彼女は少し話すのをためらっているように見えた。
少しして、何か決心をしたような目になって彼女は口にした。
「あなたの正体はレンタルフレンドです」
*
私は昔から友達がいませんでした。
周囲に馴染めなくて一人でずっと本を読んでいるような子供だったと思います。
家族も、父は割と大きな会社を経営していて家に帰ってくるのは夜遅く、母は私が物心つく前に死んでしまったので、私は広い家でずっと一人でいました。
中学生になっても、高校生になってもそれは変わらず、私はずっと人と関わらないままでした。
ただ、こんな私にも親しい友人や、温かい家族がいる生活に憧れがありました。
学校で友達と意味もなくお喋りしたり、そのことを家族と話したり、そんな生活をしてみたいと思ってたんです。
そんなある日、テレビで『レンタル家族』というものの特集をやってるのを見ました。
レンタル家族とはその名の通り、家族の代わりをしてくれる人の、貸し出しサービスのことです。お葬式とか結婚式での家族の代わりや、忙しい両親のために子供と遊ぶなど、他にもレンタルフレンドやレンタル彼氏とかもいるらしく、寂しい人の心を埋めるサービスだとのことでした。
そのテレビではレンタル家族について、批判的に特集されてたんですが、何を思ったんでしょうかね、私にはレンタル家族がすごくいいものに見えたんです。
私の心を埋めてくれるのはこれだと思ったんですよ。
その後すぐ私はレンタル家族を派遣する会社に電話しました。
そして父のいない休日にレンタル家族に来てもらうことになりました。
レンタル家族は本当の家族のように私に接してくれました。
一緒にご飯を食べたり、お料理をしたり、それは私にとって全部初めてのことでした。
それからは私は父がいない日は、ほとんどレンタル家族に来てもらうようにしました。
その時間は本当の家族のようで、本当に楽しかったです。
レンタル母とお裁縫したり、レンタル父とテレビを見たり、家族とすごすのはこんなに楽しいんだと思いました。
でも所詮それは幻にすぎませんでした。
時間になるとレンタル家族は帰っちゃうんですよ、そしてその後私は、広い家にただ一人とりのこされるんです。
その時間ほど虚しいものはありませんでした。
そんなことを何回も繰り返すうちに、私は一体何をしているんだろうと思うようになりました。
なんでこんな虚しいことをしてるんだ? と。
私はレンタル家族の派遣をやめにしました。
だけど私はレンタルサービスをやめようとは思いませんでした。
もうあの寂しい生活に戻るのは嫌だったんです。
だから今度こそ上手くやろうと決めました。
思えば家族という深すぎる関係をレンタルするのには無理があったんです。
だから友達にすることにしました。
そして今度は、相手に自分がレンタルフレンドだと知らずに、私と話して欲しいと思いました。
レンタル会社にそう頼むと、一つ案を出してくれました。
それは、普段レンタルフレンドをしてるわけではない何も知らない人を、どこかに呼び出してそこにずっといてもらうバイトとしてお金を払い、私もそこに行きそこでお話をするということでした。
その後友達になれるかは私次第と言われ、少し不安もありましたが、私はそれを頼むことにしました。
そしてバイトをしてくれる人も見つかり、場所も人気のない公園に決まりました。
そして決行の日、私は彼に話しかけました。
「涙の色は赤がいいと思うんですよ」
*
「これがこのバイトの真実です、本当にすみませんでした。私はお金で買ったんです、あなたを。最低ですよね……」
俺は何も言うことができなかった。
真実は俺が想像していたよりもあっけなく、それなのに悲しいものだった。
なんかもっと大きな陰謀とか謎がこのバイトにはあると思ってた。
その想像に比べたらよっぽど簡単な真実のはずなのに、それなのに俺にとってこれはとても悲しいものだった。
「本当にごめんなさい…… もうここには来ません、あなたの前にも現れません。本当にすみませんでした。私には無理だったんですね、友達とか家族とか。私はそんなもの望んじゃいけなかったんです」
そう言い残すと彼女は走って公園から出て行った。
俺はそれを止めることができなかった。
なんて言ったらいいかわからなかったんだ。
最低なのは俺の方だ、こんな時かける言葉もわからず、引き止めることもできない。本当、最低だ……
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