第4話

 二人の激化する剣戟は、長い間続いた。

 どちらも一歩も引かず、一進一退の攻防戦が繰り広げられる。ギャラリーは盛り上がりを見せ、際限なく湧きたっている。


 当の二人は、余計なことは考えず、ただただ剣舞を踊った。


「はぁ!」

「うぉぉ!」


 完全に実力は拮抗していた。

 その二人の全力の剣閃がお互いの剣をはじき飛ばす。剣は明後日の方向へ飛んでいき、硬い金属音とともに地面へ叩きつけられた。

 武器を失った青年は、その剣を拾おうと後ろへ飛び上がろうとする。


 その瞬間。

 少女は服に忍ばせておいたナイフを取り出した。血痕の目立つ古びたナイフを。


 あの頃の、自分を。


「ぁああああ!」


 少女は青年に向けてナイフを真正面に突き刺した。深々とナイフが体内へ沈んでいく。


 青年は血塊を口から吐き漏らし、動きを止めた。そのまま前に倒れ、少女に力無く寄りかかる。


「それで、いい」


 青年は息を荒くし、しどろもどろになりながらも言葉を紡いでいく。


 少女はその瞳に透明な涙を貯めていた。

 青年を貫いたナイフからは、ぽたぽたと血液が流れていく。


「そうだ。生きろ。生きることが、全てだ。何があろうと、生きてさえいればどうとでもなる。お前は正しいことをした。生きるためなら何をしてもいいとまでは言わん。ただ、自身の命を、意思を守れないものに未来はない。それに、この戦いは、ただの命のやり取りなどではなかった。互いの大切なものを、懸けての、決闘であった。その果ての結末ならば、俺は笑い飛ばそう」

「い、やだ…………。死な、ないで」

「俺が逝っても、お前は大丈夫だ。お前は、そのナイフを自らのために使えた。もうお前は、一人前の人間だ。悔いるな。存分に生きろ。それが、人の業というものなのだから」

「……………」

「人を、殺めた、者は……、その人間の思いを汲み取り、生きなければならん。もし、お前にその気があるのなら、俺のこの思いを、お前の旅路に…………。連れて、行って、欲し、い…………」


 それが、青年の最後に口にした言葉となった。みるみる内に青年の体は体温を無くしていく。

 そして、完全に力を失い、少女の体からずり落ちていった。


 少女は涙を浮かべようとも、落涙することはなかった。必死に堪え、漏れそうな嗚咽も飲み込んだ。


 少女は、伏した青年を抱きかかえ、歩き出す。ギャラリーは自然と少女の道を開けた。

 少女は悠然と、凛とした足取りで観衆の群れを抜ける。


 そして、道の一端で呆然とする幼子へ目を向けた。


「ほら、行くよ」


 優しい、柔らかな口調で告げた。幼子の目は星のように輝きを放ち始めた。

 その光景は少女の心を暖め、懐かしさをはらませた。


 ああ、これが、この人が見ていた景色だったのか。青年の安らかな眠り顔を見て思う。

 幼子は、何も言わず少女の後をついていく。


 この時から、この少女と幼子の二人の物語が始まりを告げた──





♢





 あのとき、初めて語り合った場所。見晴らしもよく、心地よい丘の上。


 そこに、一つの墓を立てた。

 誰よりも人生を楽しみ、少女に生きることの大切さ、その意味を教えてくれた人のものだ。

 決して立派な墓標とは言えないが、そんなことあの青年は気にも止めないだろう。


 青年は、生きることに執着していた。それはきっと、一人の人間として、人生を楽しみたかったからだろう。

 何ものにも縛られず、ただ本から取り入れた浪漫に憧れただけなのだ。


 なんだかんだ言っていたが、結局は純粋に生きることが好きだった。

 それを、少女にも知って欲しかった。わかって欲しかっただけだったんだ。


 何も難しいことなんてない。


 貧民街で数十人の命を奪ってしまったことも、青年から命を奪ってしまったことも、少女は後悔していなかった。

 その人達の思いを胸に背負い、生きていくことこそが、大事なのだと。


 それが、あの人の最後の教えだった。

 だから、少女はその教えを守ろうと決意した。


 それさえも、青年の思いなのだから。


「そろそろいこーよー」

「うん、そうだね。行こっか」


 幼子と共に、少女は墓を後にした。


 次に帰ってくる時は、青年の分まで人生を謳歌できたらにしようと、そうささやかな願いを持って──。

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元貴族の青年と貧困街の少女 @root0

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