31.カラドリュス


「さぁ、決着をつけようではないか」


そう射抜いた眼光に言葉を収めたゼウス。

かくして、打ち鳴らされる剣気と光に決戦の火蓋は切って落とされるのだった。


ルシファーの左腕には他者が行使できるはずのないアイレーナのアストラルを構え、まごうことなき鉄壁を返す。

もはや驚くまいとゼウスも雷光で織り成された攻守の盾を腕に、振るわれた苛烈な一撃に応える。すると砕け折れた雷光の一辺から紫電は稲光り、アドラスティアの剣身を走る。ダメージには至らなかったものの、攻め手を緩めたルシファーの行動にその力を推し量るのである。やはり片翼の背を観るに資質と許容を欠いているのは明らかだった。 以前ならこんな小手先の力の形質など受け付けもしなかったのだが、相殺に攻め手を欠くなど落ちたものと蔑むのであった。

かつての勇姿、その気概に免じて今一度その力をねじ伏せ、この因縁に終止符を打とう。

受太刀を流しその身で受け止めたアドラスティア。ケーニルスの輝光を収め懐に潜り込ませた切っ先が再び光を放つと、ルシファーの天装衣は腹部から胸元にかけて引き裂かれた。

(…体を貫くつもりだったが、いなされてしまったか…)と、ゼウスもアドラスティアの切り上げから同じような斬撃を負い、互いの剣圧に弾き出された。

一撃一撃に枷た質量の転化をこうまで自在に操ろうとは流石としか言いようがない。地力ならば我が上を行く者だろうが、背光の元には意味を成さぬ事と、不敵に笑んだその天装衣は背光の色めきと共に立ち所に再生されていく。対照的に埋め合わせるように再生されるルシファーの天装衣は歪な跡を残し繕うのだ。


(…そんな事は分かっていたさ)


…天概から目覚めたその時から結末を思っていた。及ばぬ事など最初から分かっていたのだ。それでも…天力を失い尽き果てるのならば、今一度ゼウスの前に立つ事を思っていた。


その身を呈してまで死地から救い出してくれた君の眼差し…


天眼の眼を開きながらも剣を止める事はなかったケーニルスの光…


生かされた命と復讐を望む心。

その狭間の中で彷徨い続けた日々も、時の流れの中で漸く行き着く先を観ていたのだ…

しかし…白面を失い床に伏せた君の面影を見て、そんな思いさえどうでもよくなったのかもしれない。


天力を疲弊する事なく無欠の状態で力を振るうゼウス。対等に及ぶ力を消耗し押され始めてからは、雪崩れ打つように呑まれるのだった。


決闘の領域。そして境界まで弾かれてしまったルシファーはアストラルを失った。


「(これまでだな?)」と、天言を上げるゼウスに割って入るように、状態を持ち直したアイレーナはラファールの制止を振り切った。

悠然と構えていたゼウスは、ルシファーの目前に舞い降りそして立ちはだかるアイレーナの姿に、あの日の光景が重なるようだった。

差し向けられ構成されていく剣身は欠落ちたように成されていたが、なぜこの決闘の領域において剣を手にする事が出来るのかと、そんな疑問にかられたのだ。

いいや、そもそもルシフェルが剣を手に回帰した時からだったのか?

…片翼の影響なのか?

それとも、この身から逃れようとしている背光が望んだ事なのか?

いずれにせよ決着は直ぐ着くのだ。


ハズミ枝の柄はこれまでの歴戦に耐えかねるようにその手の中で大きくヒビ割れ、余剰の光を漏れ出す。右腕の見かけはましになっていたのだが感覚はまだ元らずにダラリと下に落ちていた。


「(アイレーナ、頼む…引いてくれ)」


その疲弊した姿にいつにない声を上げたルシファーは、初めて表情を悲しげに歪めた。


(オレはまた同じ事を繰り返すのか…)


しかし毅然と振る舞うアイレーナはその切っ先だけを見据えるだけだった。


「(…ゼウスはきっとこの場にいる私達の命を奪い去るわ…それなら、最後の時まであなたと立ち向かっていたい…)」


天言領域の中で二人は向かい合っていた。


「(…ずっと思い続けていたんだ…あの時、どうしてリスティエルはオレを救ってくれたのかと…)」


「(そんな事を悩んでいたの?)」


「(…)」


「(…そうしたかったからに決まってるじゃない)」


その天言に立ち直ったルシファーは、翳されたアイレーナの左手をその一回り大きな右手で包み込んだ。


「(…そうだな)」


次の瞬間、ヒビ割れていたハズミ枝の柄は眩い光を放ち、二人の姿を搔き消していった。


一体何が起こったのか…


閃光の収束と共に姿を露わした光景に、動転したゼウスは後ろへとたじろいだ。


(…ば、馬鹿な!?)


思わず背光の輪に手を回したゼウスはその在りように気を取りなすと、強かに身構えるのだった。

ハズミ枝の柄はその構成を変容させ、古の時、ユグラシドよりもたらされたとされる神剣・カナディールへと輝くのである。

半ば呆然と剣の見掛けをなぞらえたアイレーナは、手を離していくルシファーの姿にその瞳を大きく開いた。

自身に起きた変化に戸惑いの表情を多少窺わせたルシファーだったが、対峙するゼウスの前に余計な推測などには浸らず、一歩、また一歩と踏み出していく。


「…後は任せろ」


肩先に触れ、そして離れていく指先。失った翼を取り戻し背光を背にした後ろ姿に、アイレーナは一筋の涙を零し微笑むのである。

それは過去に願ったリスティエルの流した思いだったのかもしれない…

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天後記 澄明 @daiyou5219x

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