9 エピローグ

○2012年5月7日 月齢15.8


「……続いてのニュースです。5月5日から6日かけての深夜、東京スカイツリーから発信される電波の不具合により、一部、放送が受信できなくなったトラブルについて、東京スカイツリーを管理運営する東武タワースカイツリー株式会社は、その原因を、設備の一時的な不具合であると発表しました。同社は既に不具合を改善しており、今後の再発防止に尽力するとのことです。今回のトラブルは、同時刻に東京スカイツリーの上空で発光現象を目撃した人物が多かったため、当初は雷による電波障害かと考えられましたが、その当時の東京の上空は雲ひとつない快晴であり、その可能性は否定されました。しかしながら、発光現象を目撃した人物が多いことも確かであります。専門家は、このような雲のない上空において雷が起こる可能性を調査した結果、稀にではありますが過去に前例があることを発見し……」

 時刻は朝の7時、ユキは朝食のトーストを食べ終え、制服姿でリビングに座ってラジオに耳を傾けていた。

 本来ならテレビが良かったのだが、生憎ハヤトが吹き飛ばしてしまった。

「おーい、ユキ。一緒に学校に行こう」

 振り返ると、ハヤトが、リビングの壁にぽっかりと開いた大きな穴から顔を覗かせていた。

「ハヤト!どうしたの?いつもは一緒に行くの嫌がるのに」

「――いや、あんなことが起こった後くらいはね……それにしてもすっかり風通しが良くなってしまったな」

 ハヤトは壁に開いた穴をまじまじと見つめながら呟いた。

 ――この穴も早いとこ修理してもらわないといけない。


 あの後――ハヤトとヤツカがゴルギアスを捕らえた後、ユキの知らない所で、二人はアガトンと合流したらしい。

 ヤツカはその時、すぐ月に帰るつもりだったが、アガトンは上層部にかけあって、ゴルギアスを捕らえた褒美として、例外的にヤツカの地球での二週間の滞在許可を取ってくれた。久しぶりの家族の再会をゆっくり味わえと言ってくれたのだ。

 ヤツカはアガトンにゴルギアスの身柄と鉢の研究データを引渡し、ヤツカは二週間、地球に滞在することになった。

 京介と誠一は、朝を迎えると自然と深い眠りから目を覚ました。見たところ、どこにも異常は見られなかったが、念のため病院に入院して、しばらく精密検査を受けることになった。

 特に京介は、案の定足の骨が折れていたらしく、しばらく病院のベッドに縛り付けられることとなった。

 

「さっきニュースでスカイツリーの事を言ってたよ。月人が関わってたとは誰も思ってないみたい」

「そうか……その方がいいだろうな。バレなくて良かったよ――それより早く学校に行こう。遅刻するよ」

 ハヤトに急かされて、ユキは鞄を持って、鍵の壊れた玄関から外に出た。

 あんな事件を経験した後に悠々と学校に通うなんて、ユキにはちょっと奇妙に思えた。しかしユキの身の回り人たちは、何も知らず、何も変わっていないのである。ユキ達は相変わらず、八王子の平凡な高校一年生なのだ。

 だが、それにしたって――

「ねぇ、ハヤト。やっぱりあんたくらいは今日は休みなよ。ヤツカがいるのに」

 ユキはハヤトと肩を並べて、近くのバス停に歩を進めながら話しかけた。

「う~ん。俺もそう言ったんだけどね。学校があるって言ったら、絶対休むなって言われたんだ」

 ハヤトは唇を尖らせながら言った。

「せっかくの再会なのに。しかも二週間だけの」

「――まぁ、学校に行っても夜には会えるしね。休みも挟むし。二週間なんて十分だよ」

 ハヤトがさっぱりとした顔で言った。ユキにとってはちょっと以外だった。

「以外と淡白なのね」

 ハヤトがフッと笑う。

「俺達はこのくらいでいいんだよ――それにヤツカの方はいろいろやることがあるらしい。今日は東京の街を見て回るって言ってたよ」

「一人で?大丈夫かな……」

「そういや、海に行ってサーフィンもしたいって言ってたな。俺がサーフィンのことを説明したら、いたく興味を持ってたよ」

 二人はこんな話をしながら、学校に向かった。

 ハヤトは以前に比べて、逞しくなったように感じられた。別に外見が変わったわけではないし、どこがと聞かれれば答えに詰まるのだが、ただなんとなく、という感じだ。

 それにハヤトは時折、大人びた表情を見せた。ユキはそんなハヤトの大人びた表情を見ると、少し胸がときめくのだった。

 学校に着くと、回りのいくらかの生徒は、ハヤトを見てニヤニヤと笑っていた。恐らく新入生歓迎イベントでのマジックのことだろう。もうすでに学校中に広まったらしい。

 ユキ自身は、そんな彼の横を歩くのには全く抵抗はなかったのだが、おそらくハヤトは落ち込んでいるだろう。

 ユキはちらりとハヤトの表情を伺った。が、ユキの予想とは違い、ハヤトはそんなの気にも留めていない様子だ。やはり彼は今回の事件を通して大きく成長したらしい。ユキは満足そうに微笑した。

「おい、ハヤト!昨日のテレビ見たか!?」

 下駄箱の前で、ハヤトは中学からの同級生の友達に声をかけられた。

「じゃあ、私、先に行ってるね」

 ユキはハヤトにそう声をかけると、校舎の中に入った。

「あ、おい……」

 ハヤトは何か言いたげだったが、友達に捕まって言葉を遮られた。

 ユキは下駄箱で上履きに履き替えて自分のクラスを目指す。

「ユキ、待ってくれよ!」

 後ろから急いでハヤトが追いかけてきた。

「何?友達はいいの?」

「いいんだ。大した用じゃなかったし」

「ふーん……」

 ユキとハヤトは肩を並べて、廊下を歩いて行く。

 先日のイベントを通して、一年生達もだいぶ打ち解けてきたようだ。楽しげに笑い合っている姿が、以前よりも増えている。

 ユキが自分のクラスに行くために階段に足をかけて登り始める――

「ちょっとちょっと、どこまでついてくるの?」

 ハヤトはポカンとしている。

「ハヤトのクラスは一階でしょ?何、まだ自分のクラスの場所を覚えられないの?」

 ハヤトは頭を掻いた。

「あ、そうだった。忘れてたよ」

「もう、しっかりしてよね――じゃ、また」

 ユキはヤツカにそう声をかけて階段を登り始めた。

 やっぱりハヤトはハヤトらしい――ユキはフフッと笑い声を漏らした。

「おい、ハヤト!何で靴のまま校舎に上がってんだよ!」

 一階から男子学生の声が聞こえてきて、大きな笑い声が上がった。

 ――――

 ユキは階段を登る足をピタリと止める。


   * * *


 ハヤトがはっと目を覚ます。窓から差し込む陽の光の眩しさで目が覚めたのだ。

 枕の上の目覚まし時計を確認する。時刻は朝の9時――完全に遅刻だ。

 目覚ましはセットしたはずなのだが、切られている。

 止めた覚えは全くないのだが、一連の事件の疲れに加え、昨晩はヤツカと話していて眠りについたのが遅かったため、ほぼ無意識に止めて眠ってしまったのだろう。

 ジャックは今頃、朝の散歩で街中を飛び回っている。

 遅刻と分かったハヤトだったが、起き上がらなかった。今日くらいは休んでもいいだろう。ヤツカは学校に行けとうるさかったが――。

 昨日は、二人でゆっくりと夜を過ごすことができた。再会を祝って特に感動的な儀式を執り行ったり、感動的な言葉を交わし合ったわけではない。至って自然体で共に過ごしたのだ。

 お互い口には出さなかったものの、心の中ではその喜びを噛み締め合っていた。

 ヤツカは、地球の物について興味津々だった。昨日一緒に食べたコンビニの弁当については、その具材を一つ一つ質問してきたし、ヤツカの家の家具一つ一つについても、熱心に見入っていた。

 ヤツカはとにかく好奇心の強い性格だった。ヤツカはハヤトの部屋の物までも、興味深げに手にとって、いじり倒した。この様子を見て、ハヤトはヤツカのこれまでの生き方の一面を想像することができた。ヤツカは知識や経験を得るためには、少しも躊躇を見せないし、努力を惜しまない。

 確かにヤツカは堅い気質で少々無愛想なところはあるし、何を考えているか分からないことが多い。だが、ハヤトにはそれが十分魅力的に感じられた。

 ハヤトはベッドの中で気だるそうに大きく体を伸ばし、眠い目をこすりながら、ベッドの横、床の上に置かれた敷き布団に目を移した。

 しかしそこには、綺麗に畳まれた敷き布団が置かれているのみであった。昨日はヤツカがここに寝ていたはずなのだが……。

「ヤツカ?」

 ハヤトは奇妙に思って起き上がった。

 一階に降りて呼びかける。

「ヤツカ、いるか?」

 しかし返事はない。リビングや台所、トイレ、洗面所、客間と探すもヤツカはどこにもいない。ハヤトはとたんに焦りだした。

 ――まさか月に帰った?いや、もしかしたら敵にさらわれた……

 と、ハヤトはリビングのテーブルに一枚の紙切れが置かれていることに気がついた。

 ハヤトがその紙切れを取る。どうやら文字が書かれているようだ。通信講座で習ったかのような綺麗な字だ。

 ――――

 その文字を読んで、ハヤトは慌てて、玄関に向かう。

 ――ない。ハヤトの靴がない。

 そして二階に駆け上がり、自室のクローゼットを開ける。

 ――ない。ハヤトの制服がない。

 ハヤトは頭を抱えて、その場に座り込んだ。

『俺もハヤトやユキと同じ学校に行ってみたい』

 ヤツカの言葉がフラッシュバックする。

 ヤツカは好奇心が強い性格だ。おまけに行動力がある。そのことは短い付き合いだがよく分かった。

 ヤツカが言葉通り、実際に学校に行くことも十分に考えられた。

 そして、そんなヤツカがただ学校に行って大人しくしているだけのはずがない。きっと色々なことに首を突っ込む。一体どんなことをやらかしてくれるんだろう。

 ハヤトは頭を抱えつつも、あったかもしれないもう一人の自分、ヤツカの起こすであろうこれからの騒動を想像して、笑いがこぼれる――訳もなかった。

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フィフティーンス・ナイト 清水A璃阿 @area21_7

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