第4話 初めての彼女。
彼女と会うことになった。まあ、そういうものだろう。僕がどれだけ紆余曲折を経て彼女のメールを返したかについてはもはや語るまい。ずっと返信画面とにらめっこしながらようやく絞り出した答えは、こうだ。
「そ、そんなことないよ。あと、全然怒ってないし倦怠期でもないから」
批判は甘んじて受けよう。ちなみにこのあと特に当たり障りのなさそうなスタンプを送信したというさらに小市民な行動をとったことも追加しよう。毒を食らわば皿まで、批判されるならばとことん、だ。しかし僕に叙情酌量の余地があるとすれば、というかあるにきまっているのだけれど、これが初めて彼女に送ったメールだということだ。初めて彼女に送るメールに倦怠期というキーワードが出てくるとは思いもしなかった。そして、ナツさんという彼女は、
「ふうん。そういえば、今日会社何時に終わる?」
という返信を返してきた。まあとりあえず、前のメールにはっきり書かれていたセッ……なんとかについての事細かな言及とかそういうものがなくてほっとしたし、怒ってなさそうだし、せっかくの異世界、これを機会に彼女と会っておくのもいいだろう。まあ、心臓ばくばくしているんですけれどね。私童貞なんで。少なくとも心は。
少し洒落た、以下にも社会人カップルが好みそうな店の前で僕が童貞の定義とは何かウィキペディアとか見ながらぼんやりと、いや、至極真剣に、とっても真剣に考えていると、ナツさんから「ついた」というメッセージが届いた。そして脇腹に鈍痛。
「よっ」
持っていた社会人風バッグをわりと勢いよくぶつけて彼女は僕の前に立った。あ、可愛い。それが第一印象。おおよそ僕が間違えて世界を3回救うぐらいしないと得られないような可愛い女の子がそこにはいた。細かな描写は、まあ、挿絵がついたときに判断して欲しい、じゃなくて。あれだ、黒髪ロングで、社会人風に清楚にしつつちょっとクラブとかに言っちゃっても大丈夫なぐらいに垢抜けていて、それで背は小さくて小動物系で、とりあえず好みである。あー、僕はこの子と倦怠期なのか。なんという贅沢・怠慢。昨日までの僕に刺し殺されてもおかしくない。
「もうすぐ代理戦争だから仕事忙しいんじゃない? 大丈夫?」
「ま、まあ今日は冷凍メーサー先輩も優しかったし、特に問題ないよ」
「ていうか、代理戦争ってなにさ」
「あれ、違ったっけ。今週末かと思ってたけれど」
冷凍坂先輩といい、なんか資本主義の企業間の健全な競争を戦争とは。物騒な例えが僕の周辺で流行っている、ような気がする。
「それよりも本題。私たち、別れなくて大丈夫?」
いきなり本題きた。女子は会話の流れをぶったぎって自分の言いたいことを言う、の法則。ちなみにこれを熱っぽく語った大学時代、男子の一定の共感は得たものの女子に嫌われたから読者の皆様はくれぐれも思ってても口に出さないでもらいたい。
「いや、別れるも何も、今日が初対面なんだけれど」
とは言わずに。
「とりあえず、僕が冷たいとのことだけれど、具体的にどの辺が?」
「そこは気づいて欲しいけれど、だって、最近デートの帰りに会話が続かないし、あんまりその……そういうの求めてこないし。正直、私に飽きちゃったのかなと」
「……」
「返信も遅いし? 私も大人だしお互い社会人だから平日忙しいのはわかってるし、それに君は日課のアニメ見てる間は返信しないことも知ってるけれどさ。今期見てるアニメの時間を鑑みても、私に返信できそうな時間に返信ないとかよくあったし……」
「……」
「とにかく、単刀直入に、いまでも私のこと好きなの。どうなの」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……好き、です」
恋愛に浪漫を求めるみなさんに伝えたい。私、女の子に面と向かって好きと言ったのこれが初めてです! 初告白! しかも目の前にいる子は初対面で、流されて言いました! 今のところこの子の好きなところは見た目しかないです! だって初対面で、いきなり身に覚えのない過去の振る舞いを追求されてるんですもの!
僕の人生において大切なイベントが、濁流に流されて消えていく……。
「よろしい。まあ、知ってたけれどね」
「ツンデレ属性?」
「うむ。かわいいでしょ?」
「確かにかわいい」
「では食事をするとしましょう」
「あ、かわいいってちゃんと言ってくれたの久しぶりだ」
「まじですか、こんなに可愛い彼女に私ときたら可愛いというのを忘れていたとは」
「お、おう。どうした突然私を絶賛して」
「なんというか、長い旅を経て、新鮮な気持ちで世界を見ているというか」
まさか本当に、全く真新しい気持ちで世界を見ているとは思うまい。そういえば、よく反転した世界というものがあるけれど、僕はこれまでこういう、店の中でのカップルの会話が「聞こえてくる」立場だったのが、今や「発する」立場になっているから、これは反転の世界なのかもしれない。それはともかく、スパゲッティ美味しい。
とりあえず、今後のために彼女の素性を引き出さなければ。僕はもうなかば諦めの気持ちでメール履歴を眺めながら、彼女と当たり障りない会話をしている。初めてのデートとか、初めてのお泊まりとか、思ったより淡白なやりとりが続いていく。「歯ブラシいる?」とか。過去の自分がこの淡白なメールを最大限にわくわくしながら送ったのかと思うとちょっと嫉妬する気分にすらなってきた。
長いメールも多い。趣味のこと、アニメのこと、健康のこと、友達の結婚式のこと、家族のこと、仕事のこと。返信時間の詳細なルールもここにあった。基本的に一時間以内。会話が続いているときは10分以内。ただし、お互いの趣味の時間を除く。彼女の趣味はなんだろう。
「ところで、ご趣味は?」
「ぶっ……ちょっと、突然お見合いの場みたいなこと言わないでよ。私たちそれなりに長いんだから」
「ごめんごめん、返信時間のルールを語り合ってる夜があったから改めて読み直すと、趣味の時間を除くって書いてあったから気になってさ」
「私の趣味、そういえばシキ君にはまだ公開してないね」
「ええ、趣味公開してないのに、これまで誕生日とかクリスマスどう乗り切ってきたの?」
「一緒に買いに行ったじゃない」
「そうね、ヒント欲しい?」
「うん」
「君の会社の冷凍坂先輩」
「それじゃあ冷凍坂先輩の趣味がわからないとわからないじゃん」
「だって、私たちをひっつけたの、冷凍坂先輩だよ」
思わぬ事実。冷凍坂先輩対処マニュアルを作るような僕が冷凍坂先輩と仲がいいとは思えないが、彼女はきっとちょっと体育会系よりな人間で、誘われるがままに飲み会(いわゆる飲みニケーション)をして、適度に酔っ払った僕が饒舌に彼女いないことを打ち上げたりしたのだろうか。しかしそれだとやっぱり仲がいい気もする。ここにいた過去の僕の人間関係がまだいまいちつかめない。
結局、いまひとつナツさんのことはわからなかったが、とりあえず流されていることにした。僕らは手をつないで駅まで歩いて、そして改札口で別れた。正直、手を繋ぐのも人生初で、女の子の手ってすごく柔らかいし、それに少し歩くだけで汗が手に滲んでくる感じのリアルさは2次元にはないものだった。僕は今日だけでどれだけの初めてをやり直すのか。ちなみに、ここは僕から手を差し出しましたよ。
余韻をかみしめながら、明日になったら元の世界で目が覚めてエロい夢を見た後のように切ない気持ちになるのかな、と思いながら電車に乗る。曲は「secret base」。ちゃんとこっちでも入っていた。
「突然の異世界でどうしようもなく」
なんちゃって。未だふわふわしていたのは、さっき彼女と飲んでほろ酔いになっているからか、それとも、新しい世界に座標がしっかり定まってないのか、わからなかった。
目が覚めたら妹と彼女がいて納期まで一週間 ソウナ @waruiko6
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