6

 柿谷が心配になり、立ち上がり隣の研究室へと入った。見渡すと、今までの部屋と違い大広間であることが改めてわかった。

 はじめが先頭に立ち懐中電灯で前方を照らし前進する。あたりを警戒し、更に歩を進めていく。ガラクタになった家具のほかに蜘蛛の屍骸しがいらしきものも散らばっている。隅々まで明かりで照らすが、朽ち果てた瓦礫がれき以外は真新しいものは見当たらないことがふたりにわかった。更に奥へと声を張り上げ進む。

「おーい、タカ。どこだ?」

 たしかに、柿谷は部屋に入ったが返事がしなかった。コミヤは不安の色を顔に出し始めていた。

「お、おい、は、はじめ、タカは、タカはどこにいるんだよ!」

 はじめは冷静に考えた。

「すこし、黙ってろよ!」

 おびえるコミヤにはじめまでも不安の表情が出てきた。

 ふと正面に黒い物体があることに気づいた。

 光りでそれを照らしてみると、箱の輪郭が浮かんできた。紛れもなく宝の箱そっくりの作りに驚いた。その大きさは、マジックショーでみる大人がふたり、子供なら3人は入るほどの幅がある。柿谷の言うとおり『大きな箱』だった。

 柿谷やコミヤの言うように『大きな箱』はあった。だが、依然として柿谷の姿がみつからない。


 これでモンスターか、箱を守る住人でもいれば、れっきとしたゲームが成り立つ、そう思った。だが、これは館の中の現実だと強制的に言い聞かせた。

 まさかと思い、箱を開けようと蓋を上げてみたが、ビクともしない。よくみると、鍵穴があり鍵が必要なのではないか、と考えここに柿谷が隠れていることはないと確信した。

 周囲を見るとミイラらしき遺体がいくつか見つかった。懐中電灯を周囲に照らし柿谷を探した。

「お~い、タカ! どこだ! 返事しろ!」

 やはり返事がなかった。どこに行ったのか、自分で様子を見に行かせたので余計に心配になった。 

「どこにいったんだろうな? まさか、ミイラにされちゃったなんて、ないよな?」

「そんなはず、あるわけない!」

「タカ、どこなんだよ! 冗談はやめろよ!」

 見ると『大きな箱』の後ろの隙間から柿谷の腕らしきものが見える。箱にもたれ柿谷が気絶しているようだった。近寄り柿谷を確認する。

「おい、タカ、タカ! どうしたんだよ!」

 一瞬、周囲が異質な空気に変わった。



 はじめにとって懐かしい匂いが漂い始めた。近くに誰かがいる。そんな気配があった。

「ユリ、ユリなのか……?」

 突然、理由のわからない名前を発したはじめの声に、コミヤが混乱する。

「ど、どうしたんだ? はじめ」

 ユリの気配を感じた。久しぶりの感覚だったがすぐにあの赤毛の少女の気配だとわかった。

「ユリが、ユリが近くにいるんだ!」

 はじめは叫んだ。

「ユリ? 少女の名前ってユリっていうのか?」

 コミヤがはじめに聞き返す。はじめは頷いた。

 その時、少女らしき声が、周囲の空気に混ざり聴こえてきた。

「カズ……クンなの?」

 姿はみえなかった。一瞬だが箱の真上に白いガス状の渦があるように見える。コミヤにも声は聴こえてきたようだ。どうやら、声が震えながら『カズ』という名前に戸惑っている。更に混乱しているようだ。

「カズ? 誰だ、カズって?」

 はじめは黙ったままだった。

「はじめ、おまえ……? お前のことなのか?」

「2年前まで俺は、『カズ』ってあだ名だったんだ!」

「え!?」

 ユリという赤毛の少女も『はじめ』という名前に困惑している様子だった。

「俺だ! カズだ!」

 はじめの声に反応し、赤髪の少女は柿谷の頭上に現れた。彼女は柿谷の身体を持ち上げ、その真後ろにぼんやりと発光してたっている。顔は幼く、白いワンピース姿だ。もの哀しい顔でこちらを見ている。

「カズクン? 本当にカズクン?」

 2年間経っていたユリにとって、はじめの容姿は様変わりしていたようだ。

「そうだよ! いつもこの屋敷に訪れていたカズだ!」

「うそよ! 私が知っているカズクンじゃない!」

 大きな箱が突如、部屋の反響で音を立て開く。中から出てきたのは体長70センチはあるだろうか、不気味な脚を持つ蜘蛛らしき生物が、何匹もでてきた。2人の生態を調べているのか箱の上でずっと身構えている。まるで、獲物を捕らえようとする捕食者だった。

「本当だって、信じてくれ! 君はもうこの世には存在していない」

「そんなの、嘘よ! 嘘に決まってる!」

「嘘じゃないんだ! 君との約束、守れなくてごめん」

 はじめは、ひざまづき『少女の幽霊』の前で許しをう。

 彼の行動にコミヤは、あわれにみえたようだ。リーダーシップのように強気な姿勢を執っていた彼がほとんど人前では見せないであろう行動をみたからだろう。

「ユリちゃん、本当に、ほんとうに約束、守れなくて……ゴメン!」

 理解したのだろうか、赤髪の少女は蜘蛛に制止させている。どうやら蜘蛛を自由自在に操り、隠し部屋に迷い込んできた人たちを餌にしていたようだ。しかし、赤髪の少女にはどういうわけか逆らえないようだ。

 コミヤは、おぞましい蜘蛛の接近に怯えはじめる。

「ユリちゃん、カズを許してやって! どんな約束か知らないけど、きっと何かあって破っちゃったんだよ!」

「……許さない! 私は、私はカズクンの言葉を信じて、ずっと待っていたって言うのに……」

 声を上げたのは、彼女に精神を乗っ取られているはずの柿谷だった。

「ま、まって……」

 どうやら柿谷本人は今までのことを聴いていた様だ。

 訴えるように彼の声が、必死に頭上の少女に呼びかけた。

「は、……じめは、悪く……ない。2年……前の今日、風邪をこじらせ学校さえ……来られず君のことを……すごく心配していた。オレは……よく覚えてる」

「そういえば……」とコミヤが呟いた。

 思い出すようにはじめも、

「ああ、ちょうど2年前の約束の日が今日だった」

 ポケットから少女にとって懐かしいものを取り出す。少女が片時も離さずに身に着けていた赤いリボンだ。

「ゴメン、今日まで大事に預かっていたものを君に返すよ」

「!! ……」

 少女の幽霊は沈黙し、両手で口を押さえていた。彼女の頬からあふれるばかりの涙がこぼれ落ちてくる。

「これ、本当なら約束を守って返すはずだったけど、2年間も遅れちゃって、本当に……ゴメン!」

 はじめはリボンを柿谷の掌に乗せた。リボンのみが、少女の手に渡り宙に浮かんでいた。少女の手のぬくもりがはじめにわかった。

「本当の、本当にカズクンだったんだね……約束憶えててくれたんだ! 疑ったりしてゴメンね!」

「いいんだ! やくそく……本当に約束、守れなくてゴメンね。ユリちゃんと過ごした記憶は絶対忘れない!」

「うん、私もカズクンと遊んだこと、忘れない」

 大きな箱の上に蜘蛛はいなかった。幻覚を見ていたのだろうかと錯覚さえあった。

「カズクン、お別れだね。バイバイ」

 少女は光りの階段を昇り、天上へとあがっていった。柿谷は無事に解放された。途端に、まぶしい光が箱からあふれ出した。

 気がつくとそこは、屋敷の入り口だった。何もかもが夢のように思えた。


 数日後、1学期の終業式が行われた。噂話はいつの間にかどこかへと消えていた。

 夏休み中に、あの屋敷は解体されることが市役所のホームページで掲載され、いち早くコミヤがはじめと柿谷に知らせてきた。

 あの日以来、森の中に木漏れ日が戻ってきた。どこからともなく、セミの鳴き声もやかましいほど響き渡っている。

 屋敷からの負のエネルギーは、森にも広がっていたのかとはじめは思った。

 解体される前にもう一度だけはじめは、昔の自分に出会うため、そしてユリに最後の挨拶をするため、屋敷の庭へと入り込んだ。彼女の笑顔と昔の自分と遊んでいる姿が、目に浮かんできた。

 はじめはユリの誇る庭に向け、手を振った。

「ユリちゃん、思い出をありがとう。バイバイ!」

                    

                                                                    完

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ヒトカケラの思い出 芝樹 享 @sibaki2017

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