恐怖の二股トンネル

仁和 英介

恐怖の二股トンネル

 今から20年近く前、インターネットがあまり普及しておらず、それほど娯楽が多くなかった頃、学校が春休みの俺はアルバイトをしながら暇を持て余していた。


 そんなある日の夜、手に入れたばかりの折り畳み式ガラケーが鳴った。表示されている名前は友人Tだ。


 Tは暇ならこれから遊びに行こうと言う。どこへ行くのか聞いてもTは話をはぐらかして教えてはくれなかったが、どこでも良かった俺は特に気にすることも無く、近所のコンビニで午後11時半に待ち合わせをした。


 4月の夜はまだ涼しく、Tシャツの上に長袖のシャツを羽織ってコンビニまで車を走らせる。待ち合わせの時間より少し早めに駐車場へ着くとTはもう待っており、俺の車に乗り込むと今日の目的地を告げた。岐阜県八百津町にある二股トンネル、別名朝鮮トンネルと言い、過去に大勢亡くなっていて本当に幽霊が出ると噂の場所らしい。


 俺は幽霊なんかに全く興味は無かったが、夜中のドライブも暇つぶしにいいだろうと考えて、地図を見ながらそこへ向かう事にした。


 目的地の二股トンネルは丸山ダムの奥、国道418号線の途中にある。


 待ち合わせのコンビニから下道を走り、1時間弱で国道418号線へ着いた。だが、それは国道というにはあまりにも粗末なものだった。ダムの縁に沿うように曲がりくねった道は、すれ違いも困難なほど道幅が狭く、所々ガードレールが無いためハンドル操作を誤ればダムにそのまま転落してしまう。それにアスファルトも補修されずひび割れており、状態が悪い。


 森の奥へ続く道は完全な暗闇に覆われ、ヘッドライトの光だけを頼りにゆっくり慎重に進む。視界が開けた場所から下を見ると、ダムの湖面があるはずの場所に何も見えず、不気味な漆黒が広がっているだけだ。


 少し心細くなり携帯を見ると、いつの間にか圏外だった。


 放置された林道のような道を進み、ここへ来たのを後悔し始めた頃、やっと二股トンネルが姿を現した。古ぼけたコンクリートの入り口は半円より縦長で、車一台が通るにはかなり余裕がある。有名な心霊スポットとはいえ平日の深夜だったせいか先客はいない。


 とりあえず、車に乗ったままゆっくりとトンネルの中へ入る。


 トンネルは300~400mの長さで中間がカーブしている他、特に変わったところも無く普通のトンネルだった。地味な灰色の壁面を眺めながらトンネルと抜けると、道のすぐ先にはバリケードと通行止めの看板があり、その向こう側は森に侵食されていた。


 バリケードの手前には何とか車が方向転換できるだけのスペースがあったので、仕方なく再びトンネルへ戻る。このままトンネルを抜ければあとはもう帰るだけだ。


 しかし、せっかく来たのにこのまま帰ったら面白くない……俺は急にそんな気がして、Tにトンネルの中を歩いてみないかと提案すると、Tもそう思っていたようで喜んで乗ってきた。


 トンネルの中央まで車を進め、エンジンを止めると全ての音が消え、ヘッドライトを消すと完全な暗闇に包まれる。


 車から降りてルームランプが消えると、目の前に手を近づけても視覚を失ったように何も見えない。とりあえず、ポケットの携帯を取り出し開いてみると、液晶画面の光で2、3メートルほど先までぼんやりと見えるので歩くことは出来そうだ。


 小さな音がトンネルの奥の方まで響く。意味もなく大声を上げてみると、長い余韻を残してゆっくりと声が消える。

 俺達は何度も大声を上げながら、200mほど先にあるバリケード側の出口へ向かった。既に一度通った場所なので、特に怖さは感じない。


 トンネルの外は風も音も無い漆黒の世界だった。携帯の暗い光で照らすと周りの草木がうっすら見える。これ以上ここに留まっていても仕方がないので、すぐに俺達はトンネルの中へ戻る事にした。


 二人分の足音をトンネルの奥へ響かせながら、50mほど歩いたところでふと足音以外の音が混じっている気がして、俺は足を止めてみた。同時にTも足を止める。


 するとすぐ、無音となったトンネルに、ガシャンという金属的な音が響いた。さっき見たバリケードの方からだ。俺は驚き、空耳じゃないのを確認しようとTに尋ねると、やはりTにもしっかり聞こえたようだ。


 それ以上Tと話す間もなく、また後ろからガシャンと音が響いた。そしてまた。

 何かは分からないが、これは逃げないとまずい。そう感じて、俺とTは車へ向かって走り出した。


 遠くに聞こえていた金属的な音はトンネルの中に入ったようで響きを増し、ガシャンガシャンと激しい音を出しながら近付いてくる。


 俺達が全力で逃げるより、謎の音の方が明らかに速い。この音に絶対に追いつかれてはいけない! そんな危険を全身で感じながら必死で走る。それがすぐ後ろに迫っている事は間違いなかった。


 攻撃的な意思をも感じさせる激しい金属音はどんどん迫り、肩を掴まれそうな所まで近づいた。何かは分からないものの、見てはいけないと感じて振り向くことも出来ない。


 ガシャガシャと金属を叩きつけるような音は背後でさらに勢いを増す。


 追いつかれる、もうダメだ! そう思った時、トンネルの中央に止めていた車にやっと辿り着き、俺達は大慌てで乗り込んだ。


 大急いでキーを回しエンジンがかかった瞬間、アクセルを床まで踏み込んでヘッドライトを点ける。見てはいけない気がして、後ろをルームミラーで確認する事は出来なかった。


 フル加速した車は猛スピードでトンネルを飛び出した。あまりの恐怖で話せるような状態じゃないのはTも同じようで、硬直したようにずっと正面を見たままだ。


 もしかしてまだ追ってきているかもしれない……そんな恐怖からスピードは落とせない。俺はダムへ転落しないよう集中して運転を続け、細い山道を抜けた所にあった小さな公園に車を止めた。激しい動悸と体の震えを感じながら車から降り、恐る恐る振り返ってみると、暗い森は何事も無かったように静まり返っていた。

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